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2014年12月19日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #6】 ドラマトゥルク取材日記3

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第3回は、SF映画『インターステラー』を取り上げます!

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 『グスコーブドリの伝記』の世界は、イーハトーブという、宮沢賢治が名づけたユートピア。主人公グスコーブドリは、イーハトーブの幸せを願っている。自然の脅威に対して苦心し、被害を食い止めるよう働きかける。この童話は、人類救済モノだ。

 人類救済モノと言えば、ハリウッド映画である。『ツイスター』『アルマゲドン』『2012』など、地球環境の変動により、人類に危機が迫るとき、主人公が救済のために立ち上がる物語は、確固としたジャンルになっている。

 その最先端と言っていい映画が公開された。クリストファー・ノーラン監督の『インターステラー』。砂嵐によって食料危機に陥る近未来を舞台に、移住環境を求めて宇宙探索をするSF大作である。

 この映画を見て、賢治について、ひとつの疑問が解けた気がした。「なぜ宮沢賢治は、愛されるのか?」という疑問である。

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↑ 新静岡セノバで。『インターステラー』ポスター。

 ノーラン監督と言えば、『メメント』『インソムニア』『プレステージ』『ダークナイト』『インセプション』などを手がけたヒットメーカー。複雑な物語構造を論理的につくり上げる手腕で、高い評価を得ている。

 『インターステラー』では、冒頭の、屋内までしつこく入る砂嵐の描写と、時折挿入される被災者らしき人たちのインタビュー映像を見た瞬間、『グスコーブドリの伝記』だと思って、前ノメリになった。砂嵐による凶作というモチーフは、1930年代の大恐慌時代に、実際に起こった自然災害からインスパイアされている。

 主人公クーパーは、元宇宙飛行士だが、農園で働いている。宇宙開発への社会的希望は、今や地に落ちており、かつての月面着陸は、教科書にも掲載されない「ウソ」。軍隊さえ、もはやない。科学の進歩に信頼を失った人類は、食料危機に対して、なす術を持たないかに見える。その時、宇宙から信号を受け取った主人公と、その娘は、隠れて活動を続けていたNASAの基地を発見し、宇宙コロニーの開発計画を知る…。

 エコロジー社会にナイーブなユートピア感を持つ現代人の感性に、ユートピアとディストピアが表裏一体である未来像は、じわっと来る。

 特筆すべきは、人類救済モノにありがちの、「俺が地球を救う!」というヒロイックな欲望を、巧妙に回避する工夫がなされている点。ネタバレになるので詳しく書かないが、指摘したいのは、その仕掛けに、物理学の相対性理論が用いられることである。

 相対性理論は、あの有名は物理学者アインシュタインによって提唱された。映画に特に応用されるのは、ワームホール理論や、俗に言う「時間の遅れ」である。本作は、タイムマシン理論で著名な物理学者キップ・ソーンが監修をしている。

 この世界観は、いくぶんか賢治的である。

記録や歴史 あるいは地史といふものも
それのいろいろの論料【データ】といつしよに
(因果の時空的制約のもとに)
われわれがかんじているのに過ぎません
〜〜中略〜〜
すべてこれらの命題は
心象や時間それ自身の性質として
第四次延長のなかで主張されます

(宮沢賢治『心象スケッチ 春と修羅』「序」より)

 3次元は、縦・横・高さの3つの座標軸で表される空間。ここに時間軸を追加して、4次元になる。アインシュタインは、4次元時空を想定することで、時間の相対性を導き出すことができた。物理学の発展にとって、4次元は、重要なアイディアである。

 賢治と相対性理論の関係は、度々指摘されてきた。1921年にノーベル物理学賞を受賞したアインシュタインは、1922年に来日し、熱狂的に迎えられる。賢治26歳の頃である。先の引用は、1924年に書かれた。

 「なぜ賢治は愛されるのか?」。それは、賢治が「第四次延長」にとどまったからである。時代の制約かな、賢治の想像力も、その先の次元へ入ることはできなかった。

 『インターステラー』では、驚くべきことに、さらに高次元時空の映像化が試みられている。映像である限り、仮想でしかありえないが、それでもそのファンタジックな想像は、ファミリー映画(映倫区分G)の真骨頂。この高次元時空が、「自分自身」と重ねられるに至っては、ほとんど悟りであった。

 「第四次延長」に拘泥した賢治は、たぶん、悟ることができなかった。時間と空間に制約される、せいぜい太陽系規模の想像力では、成仏できない。賢治は、だから愛される。

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↑ 『インターステラー』チラシとパンフレット

 ハリウッド映画で、光と闇は、明確である。闇を駆逐するために、光が求められる。賢治は、そうではない。『グスコーブドリの伝記』は、ひとりぼっちになった子どもの遍歴譚だが、山あり谷ありの生涯は、たくましく生きるブドリの姿を光らせる。闇の中に光があり、光の中に闇がある。

 賢治の想像力は、最先端の自然科学、その光に触発された。他方で、激動の時代の現実、その闇に打ちひしがれてもいた。結局は、強い進歩主義に裏打ちされる『インターステラー』の世界を眺めながら思った――賢治のヒロイズムは、まぶしいというより、あたたかい。
 
2014年11月30日 新静岡セノバ・シネシティザートで鑑賞
 
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
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