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2014年12月26日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #8】 ドラマトゥルク取材日記4

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第4回は、波力発電の研究を進める東海大学教授・田中博通さんのお話を伺いました!

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 宮沢賢治『グスコーブドリの伝記』は、1932年(昭和7年)に発表された。この童話の中に、潮汐発電所という言葉が出てくる。イーハトーブの学校で教鞭をとるクーボー大博士が、潮汐発電所の建設を進めようとする。

 電気事業連合会ウェブサイト上の年表「電気の歴史」によると、1927年に電灯普及率は87%。1929年に工場の電化率が69%。主要な発電方法は、水力と火力だった。

 流体工学を専門とする田中博通さんは、日本の現状を憂えている。再生可能エネルギーに積極的に取り組むドイツやオーストリアの現状を話しながら、「日本は世界に目を向けていない。哲学がない。情けない」

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↑ 東海大学海洋学部教授・田中博通さん

 田中さんは、再生可能エネルギーである木質バイオマスガス発電に、いち早く注目してきた。昔は、三保松原でも松の枯れ葉をエネルギー利用していた。今では掃除の対象でしかない。荒廃した森林を、循環型の自然に変える試みが必要だと、田中さんは考えている。

 「三保や安倍川沿いの枯れ葉を利用することで、山に手を入れ、循環する自然をつくり出すことができます。日本の山が、針葉樹中心になったのは戦後。木材利用するつもりが使われず、鬱蒼とした山ばかりになってしまった。土壌への日光を遮るため、昆虫も鳥も少なくなり、山が荒廃します」

 暗い山のイメージは一般的だと思われるが、田中さんいわく、それは戦後の荒廃した山だ。「山は、黒々しているものではありません」。そう言って、近くにあった印刷物の鮮やかな緑色を指差した。「木々の間から日光が降りて、こういう色になります」

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↑ 2004年4月21日静岡新聞記事。木質バイオマスガス発電の研究が紹介された

 田中さんが、今、力を注いでいるのが、波力発電の研究である。

 賢治が『グスコーブドリの伝記』で書いた潮汐発電所は、満潮と干潮の高低差を位置エネルギーに変える発電方法である。海洋エネルギーには、その他、海流・潮流発電、波力発電、海洋温度差発電、塩分濃度差発電などがある。

 それぞれの発電方法に開発競争があり、効率のよいエネルギー利用を実現するために、世界中で研究が続けられている。スコットランド自治政府は、2009年9月より、海洋エネルギー利用技術を対象とする世界公募のサルタイヤ賞を設けた。賞金は1000万ポンド(2014年12月23日現在のレートで約18億円)。ノーベル賞の10倍以上。実用性の高い海洋エネルギーへの期待のあらわれだ。

 田中さんは、波力発電の中でも、越波式波力発電の研究を手がける。斜面を流れ上がる波が、貯水槽に入り、周辺海域の水位まで落ちる。貯水槽の底にはプロペラがついていて、この回転によって発電する。

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↑ 越波式波力発電の構造図

 賢治が1932年に潮汐発電所を取り上げたことを聞いて、田中さんは驚いた。潮汐発電所が世界で初めて実現したのは1967年、フランスのランス川河口。その後、中国や韓国でも実用化されているものの、日本にはない。

 「平均潮位差の問題だと思う。日本はあまり潮位差がないです」。潮汐発電では、潮汐の干満差があるほど、大きなエネルギーを生み出すことができる。ランス川の平均潮位差は8.5m。2011年に完成した韓国・始華湖潮汐発電所は5.6m。だが、日本の気象庁が毎月発表している潮汐概況の2014年11月版を見ると、月間の最高潮位と最低潮位の差でさえ5mもある地域はない。

 地球温暖化は、ますます緊急の課題になっている。種の絶滅や食料問題など、人類の基盤をも揺るがす。再生可能エネルギーへ期待が高まるのは必然だ。それはまた、雇用を生む大きな産業に発展する。田中さんの頭の中には、未来社会の青写真がある。

 「人間も生物ですから、自然循環の中で生きるべきだと思う」

 田中さんは、こうも語る。

 「永遠に存在するものはない。色即是空。人間がつくったものは、いつか壊れます」

 田中さんの言葉の節々に、2011年から現在も続く、福島第一原子力発電所事故の影を感じる。賢治は、童話の中に、貧欲に科学技術を取り込んだ。それは夢に溢れていたが、今の日本を生きる以上、そうとばかりも言えなくなった。

 田中さんが言うように、「自然循環」と「色即是空(物質はすなわちこれ虚無なり)」は、指針になりそうだ。賢治が、詩や童話で、念仏のように繰り返したフレーズを思い出した。

まづもろともにかがやく宇宙の微塵となりて無方の空にちらばらう
(宮沢賢治『農民芸術概論要綱』より)
 
 
2014年12月19日 東海大学海洋学部2号館 田中博通研究室にて
 
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
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