ふじのくに⇄せかい演劇祭2015の演目をランダムにご紹介していきます。
第二回目は、無垢舞蹈劇場による『觀』。
アジアのコンテンポラリーダンスでは最も世界的に評価されているカンパニーの一つですが、日本では今回が初めての紹介となります。
圧倒的な身体性
これほど身体性に圧倒された作品は近年なかった気がします。二年ほど前、台北の稽古場にお邪魔させていただいたのですが、非常にゆっくりとした動きなのに、一挙手一投足に緊迫感があり、丹念に彫り込まれた彫刻作品のようでもありました。
時間をかけて作品を生み、育てていく
それもそのはずで、この作品、なんと9年もかかって作られたのだそうです。無垢舞蹈劇場は創立から20年くらい経っているのに、そのあいだにまだ三作品しか発表していません。この『觀』は「天地人三部作」の完結編と位置づけられています。
一つの作品を、ゆっくりと時間をかけて生み、育てていく林麗珍さんのやり方は、この無垢舞蹈劇場自体が生まれた過程とも結びついています。
林麗珍(リン・リーチェン)さんは台湾南部の基隆市の生まれで、台湾の大学で舞踊を学んだのち、ダンサー・振付家として活躍してきました。その後、出産を契機に約7年振付活動を休止し、育児をしながら、台湾の民衆文化や、特に南部に色濃く残っている原住民文化のフィールドワークをしていました。「原住民」というのは、漢民族が来る前から台湾に住んでいた人々の子孫を指す言葉で、他の太平洋の島々とも文化的な共通点が見られます。こうして台湾の風土のなかで長年かけて培われた文化を見つめなおしたのちに、無垢舞蹈劇場の活動がはじまりました。
生活者の命が宿る衣裳と小道具
歌や踊りを採集すると同時に、衣服や工芸品の蒐集にも力を入れています。林麗珍さんは服飾デザインでも知られていますが、無垢舞蹈劇場の作品では、こうして蒐集した本物のアンティークの生地や民芸品にこだわっています。そこにはそれを長年使ってきた人たちの人生が込められているから、と林さんはおっしゃっていました。林さんはこれを素材にして、豊かなイマジネーションで、新たな命を吹き込んでいます。
世界的評価
これほどのスローペースで作品を発表しながら、これほどの規模の舞踊団(今回は30名以上メンバーが来日の予定です)を運営することができているのは、作品が世界的に評価されてきたからでもあります。アヴィニョン演劇祭やリヨン・ダンス・ビエンナーレ(フランス)、チェーホフ国際演劇祭(ロシア)、セルバンティーノ国際フェスティバル(メキシコ)、北京五輪芸術祭など、数々の国際的なフェスティバルにメイン演目の一つとして招聘されることで名声を得て、台湾の国立劇場の全面的なバックアップのもとに作品を作ることが可能になっているのです。
人類と自然をめぐる壮大な物語
『觀』は文字通り、壮大なヴィジョンを提示する作品です。原住民の神話にもとづいていて、悠久の時を生きてきたタカの一族に、一羽の美しい白い鳥が迷いこむところから物語がはじまります。欲望から嫉妬が生まれ、破壊の衝動が生まれ、気がついたときにはもう取り返しのつかない道へと踏み込んでいます。鍛え上げられたダンサーたちの身体がきわめて繊細かつ強靱に欲望の道行きを表現する一方で、この作品には、人類の歩んできた道を鳥瞰するような視点が与えられています。
この強烈な緊迫感を放つ舞台を見せてくれたあと、林麗珍さんがおいしい台湾高山茶をごちそうしてくれたのをよく憶えています。一歩稽古場を出ると、ほがらかで気さくな方で、ちょっとほっとしました。
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日本初演 ダンス/台湾
無垢舞蹈劇場 『觀 ~すべてのものに捧げるおどり~』
芸術総監督・振付: 林麗珍 (リン・リーチェン)
製作: 無垢舞蹈劇場
5/2(土)13:30、3(日)14:30
静岡芸術劇場
http://spac.or.jp/15_song-of-pensive-beholding.html
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