SPAC文芸部 横山義志
2015年6月29日
いよいよ初日。スタッフは今日も9時に劇場集合。俳優は12時のトレーニングから。
いつも楽屋口から入って、薄暗い楽屋で過ごしていたが、はじめて劇場のロビーに出てみると、外光がふんだんに入って、けっこう明るい。かなり広いバルコニーがある。
劇場の外は噴水があるすてきな公園になっている。笛を吹く牧神。
このモソヴィエト劇場も、ふだんは俳優のアンサンブルがあるレパートリーシアター。演劇祭の受け入れ担当者アンナさんによれば、モスクワにはこういう劇場が300くらいあるという。世界でも有数の劇場都市。この町の目が肥えたお客さんたちは、どう受けとめてくれるのだろうか。
ロシアの劇場では、よく「劇場美術館」というのがあって、ロビーの一角に劇場の歴史に関する展示がある。
そして廊下には、これまで劇場に所属していた俳優や上演してきた作品の写真がびっしりと飾られている。
もちろんチェーホフの作品はどこの劇場でも必ず上演されている。
このモソヴィエト劇場は1940年から1977年まで、ソ連時代を代表する演出家・俳優の一人、ユーリー・ザヴァツキーが芸術監督を務めていた。ザヴァツキーはスタニスラフスキーの弟子で、ソ連邦人民芸術家や労働英雄の称号を得て、スターリン賞やレーニン賞を受賞している。名前の通り、ソ連を代表する劇場だったと言える。
ザヴァツキー時代のフランスツアーのポスター等々
昨日の大高さんへのインタビューでスタニスラフスキーやチェーホフについての質問が出たのは、こういう歴史を前提としているわけだ。この劇場で極東の劇団がヒンドゥー教の神話を上演するというのも、モスクワっ子にとってはちょっと複雑な心境なのかも知れない。
モソヴィエト劇場を襲撃する象の群れ。象はスタニスラフスキーシステムでは演じにくいかも。
18時15分ロビー開場。ビュッフェでコーヒーを飲む方がちらほら。徐々にお客さんが増えてくる。入り口で立っていると、プログラムを売っている女性が、「コンニチワ!私、北海道に行ったことがあるんです。ボリショイ・サーカスで」と話しかけてきてくれた。なんと以前はアクロバットをやっていらしたらしい。一緒に「ドーブルイ・ヴェーチェル(こんばんは)!」とお客さんを迎える。19時開演だが、定時になっても人の流れは全く途切れず。開演は基本10分押しらしい。
月曜日の夜だが、客席はほぼ埋まっている。演奏隊の俳優が一人登場してくるたびに拍手が起きる。ちょっとおとぎ話的な舞台に、お客さんもはじめはどう反応していいか戸惑っているような印象だったが、猟師がダマヤンティー姫を口説く「Love is touch!」の台詞でどっと受け、あとはどんどんお客さんが乗ってきた。「婿選び式開催記念、ダマヤン・ティー、新発売。フクースナ(おいしいよ)!」と、コサックダンスバージョンになったCMの場面ではかなり盛り上がった。
ロシアのお客さんは打楽器の演奏をかなりじっくり聞いてくれている。お客さんのなかで、スタニスラフスキー的感性とストラヴィンスキー的感性が闘っていたのではないか。最後の場面、ドラムに合わせて手拍子が起こり、演奏が終わった途端に次々と人が立ち上がっていく。ドラムソロへのリスペクトなのか、特に吉見さんへの拍手が大きい。
劇場を去って行くお客さんに「スパスィーバ(ありがとう)!」と声をかけると、多くのお客さんが、笑顔で胸に手を当ながら「スパスィーバ!」と応えてくれる。なんだか去りがたい感じになっているのは、公演がうまくいった証拠だろう。
終演後、国営放送による宮城さんのインタビューがあった。洗濯等を終えて、23時頃退館。