バロック演劇を初めて観た。美術史を研究する者にとって、バロックとは、イタリアを中心としたルネサンスにおいて理想とされた均整のとれた構成よりも、意図的にバランスを崩したダイナミックな表現を特徴とする。また、カラバッジョなどの画家に象徴されるように、光と影の劇的なコントラストも、バロック美術の大きな特徴と言えるだろう。
「舞台は夢」は、こうしたバロックの要素をすべて備えていながら、フランス人ならではのエスプリをスパイスとして加えている。俳優の卓越した身体表現によるダイナミックな動き、しばしば見られる光と影の激しいコントラスト、起承転結のはっきりしたギリシア悲劇などとは異なる不条理ともいえる予測不可能なストーリー、シニカルでコミカルなユーモア。こうした要素が、この作品を他の作品と決定的に分かつとともに、観者に緊張感と集中力をもたらしている。
そしてこれらの要素に加え、今回の演出において特筆すべきなのは、映像、カメラの効果的な導入である。舞台に映像、カメラを導入した例は、最近では佐々木蔵之介が演じた『一人マクベス』があるが、この作品ではさらに効果的に用いられている。
普段我々が目にするSPAC俳優は、言うまでもなく「舞台俳優」である。したがって、映画やテレビにおける俳優とは性質を異にしている。舞台における俳優の最も重要な役割は、「身体表現」である。SPAC俳優は、この「身体表現」において、他の劇団の俳優を遥かに凌駕している。しかし、こと映像、カメラを前にしては、彼らは不慣れであり、さらに言えば「無防備」である。具体的に言えば、カメラの前では、彼らが最も得意とする「身体表現」を十分に発揮することはできず、顔の表情など表現方法は限定される。もちろん、一般的には、舞台俳優と映画やテレビといった映像の俳優を器用に使い分ける者もいる。しかし、SPAC俳優は、誤解を恐れずに言えば、専門の「舞台俳優」である。この舞台俳優をカメラの前に立たせる。この大胆で斬新な演出によって、彼らは普段舞台ではけっして見せることのない表情を見せる。さらに言えば、彼らはカメラの前で、素顔や生のままの内面をさらけ出すことになる。この言わば専門の舞台俳優が素人同様の扱いをカメラの前で受けることで、しかもその映像が舞台の上で繰り広げられ観客に提示されることによって、そこにある種の「イリュージョン」が生み出される。この舞台と映像とを俳優が行き来することで生まれる「イリュージョン」こそが、この作品の表現や物語をより豊かにかつ深遠にしている。
この作品は、その意味においてまさに「舞台は夢」なのであり、夢なのは舞台なのか、あるいは観ている我々なのかさえも、もはや分からなくなる。しかしながら、いかに舞台が夢であり、イリュージョンだとしても、舞台に立つ俳優が、ありのままの自分をさらけ出していることは、まぎれもない真実なのである。この作品がSPACの新境地になることを期待したい。
泰井良(たいい・りょう)
1972.9.5、神戸市生まれ
関西大学美学美術史専攻を経て、静岡県立美術館学芸員。
現在、静岡県立美術館上席学芸員、俳優。
(一財)地域創造公立美術館活性化事業企画検討委員、全国美術館会議地域美術研究部会幹事など。展覧会企画のほか、市内劇団でも活動中。
SPAC 秋→春のシーズン#1
『舞台は夢』
公演日時:9月23日(水・祝)、26日(日)15:00~
9月27日(日)14:00~
10月10日(土)、11日(日)14:00~
公演会場:静岡芸術劇場