ボゴタ演劇祭参加の記
SPAC文芸部 横山義志
4/1
ついにどきどきの初日である。
朝からうれしいニュース。初日に合わせたかのように、行方不明になっていた女優池田さんのスーツケースがホテルに届く。どうも本当に神様はいるらしい。
スタッフは連日朝9時から作業。俳優は11時15分から訓練。
午前中、昨日通し稽古を見た劇場カフェのカルメンサさんから、「すごく美しい舞台だったのに字幕が読めなくてとても残念だった」との指摘があった。この方、いつも気がつくと舞台や客席に顔を出して、舞台の進行を見守っていた。どうもかなり芝居が好きらしく、15年前から劇場に勤めていて、この劇場でやった全ての作品を見ているという。他の劇場にも足を運んでいるらしい。こういう方の意見は貴重である。
早速、字幕を見やすくするために案を出し合い、百家争鳴・試行錯誤の末、上部にあった字幕を取り除き、左右に出すことに。思えばこれも海外公演の初日のたびにこんなことをやっている気がする。
舞台の作業に区切りをつけ、午後は舞台稽古。
ムーバー*の女優たちの稽古。着物の裾の動き、帽子の飛ばし方など、昨日の通しでうまくいかなかったところを、舞台の感触を確かめるようにして、何度も繰り返していく。
スピーカー*の男優たちによるコロスの稽古。微妙な音程・間合いをお互いの声を聞きながら調整していく。
パーカッションの演奏もあって舞台上には音が溢れているので、ガヤガヤの中から一つの声が飛び出していくところなど、きっかけをつかむのがとても難しい。ちょっと間を間違えると、重要な台詞が埋もれてしまう。
女優たちによる演奏稽古。やはり舞台上では多くの音が混じってしまうので、語りの声に合わせるところなどは難しいらしい。モニター**を細かく調整しながら、音響空間をつかんでいく。アフリカンパーカッションが次第に盛り上がっていくところでも「我を忘れず、Be coolで!」と声を掛け合う女優陣。廊下に出てみると、ジャンベのリズムに合わせて掃除のおばさんが踊っている。さすがサルサの国である。
*この作品は二人一役で、動く俳優と語る俳優に別れている。動き担当の俳優をムーバー、語り担当の俳優をスピーカーという。
**客席で聞こえる音を舞台上にいる人が聞こえるようにするためのスピーカー(こちらは俳優ではなく電気器具)
15時、プレス用リハーサルとインタビュー。コロンビアのテレビ・新聞など八社が熱心に取材。熱心すぎて、いきなりカメラが演出家席の真ん前に陣取ってしまったり。舞台を背にしてリポーターが(一応ひそひそ声で)「ただいま稽古がはじまりました!」などと(たぶん)実況中継。
さらに稽古を重ねたあと楽屋入り。いよいよ本番である。
20時、開演時間。ソールドアウトと聞いていたのに、まだけっこう客席が空いている。5分押しで20時5分には開演、という段取りだが、不安。
と思っていると、その5分間のあいだにドッと観客がおしよせ、みるみるうちに900席が埋まってしまった。本物の超満員である。
人形のようにまばたきもせず、客席側を凝視しつづける、美加理演じるメデイア。客席も固唾を飲んで見守っている。これだけ動かない俳優を見るのはきっとみんなはじめてだろう。
字幕で時折笑いも起きる。劇的アイロニーが伝わっていて、ホッとする。
悲劇が完結し、パーカッションの最後の音が鳴り止んだ瞬間、割れるような拍手。暗転後さらに熱い拍手とブラボーの声で四回のコールがあり、最後には客席の半分近くがスタンディングオベーションで、一階席では観客がどんどん舞台に近寄っていっていく。
満面の笑みを投げかけてくる観客にグラシアス!と声をかけると、グラシアス!と答えてくれる。なんだかとても幸せな初日であった。
気を引き締め直して、明日は二日目。