▲オセローPV出来ました!演出・宮城聰のロングコメント付きです!
シリーズ第2回は、ミヤギ能『オセロー ~夢幻の愛~』の謡曲台本を執筆した平川祐弘東京大学名誉教授のインタビューです!
それでは早速インタビューへ……行く前に。
先ずは「謡曲」についての豆知識をどうぞ。
ズバリ!謡曲とは、能のセリフ(詞、詞章)のことです。これらは節を付けて謡(うた)われます。謡曲は「セリフ」と「地の文」とで構成され、引用や掛詞、枕詞などのたくさんの修辞技法が使われます。また、次第、名のり、道行きなど細かな「小段」(場面)を組み合わせて一本の作品が構成されています。
この「オセロー」では、「シテ」と「ワキ」のやり取りが謡曲になっています。
西欧、日本文学の研究や翻訳など比較文化で多数の受賞歴を持ち、半世紀以上、日本の知をリードしてきた平川祐弘氏。今回はシェイクスピアの『オセロー』を夢幻能の形式で書き上げるに至った経緯などを伺いました。
(本インタビューのショートver.は、「すぱっく新聞4号」、「グランシップマガジン12月号」にも掲載されています。)
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——『オセロー』を夢幻能の形式に仕立てた経緯を教えてください。
イギリスの東洋学者でアーサー・ウェイリーという人がいましてね、1919年に『マルフィ侯爵夫人』という戯曲を日本の「夢幻能」の形式に置き換えるとこうなる、と説明したんです。日本ではあまり有名じゃないんですが、『マルフィ侯爵夫人』はジョン・ウェブスター(イギリス・エリザベス朝期の劇作家、シェイクスピアと同時代に活躍)の代表作で、私は大学4年生の時にたまたま習い、非常に印象深かったんです。当時のイギリスではウェブスターが再評価されていて、この戯曲はよく知られていたので、ウェイリーの説明は分かり易かった。でも、日本でウェブスターは知られていない…。能を大成した世阿弥も言っていますが、能は話の筋が知られている有名な作品、例えば『源氏物語』などを題材に扱っていて、観客は筋を知った上で観ているわけでしょう。ですから、日本でも知られているシェイクスピアの戯曲を「夢幻能」に置き換えてみることにしたんです。
でも、シェイクスピアの戯曲なら何でも良いわけではなくて、能の台本には、何か気の利いたセリフ(言葉)がないといけない。夏目漱石はシェイクスピアの戯曲をいくつも俳句にしていて、中でも『オセロー』は秀逸で。「白菊に しばし躊躇う 鋏かな」と詠んだ。白い肌のデズデモーナを白菊に、黒い肌のオセローを鋏に例えて。この句を目にした時、「これは使えるな」と思ってね。試しにこの句をセリフに取り入れて学生たちに講義したら、非常な喝采で。
そこで「文学界」という雑誌にこれを書いたところ、僕は全く面識なかったんですけど、宮城さんから夢幻能オセローの脚本を書いてくれという依頼がきて。面白いから改めて原作を読みなおして書いたんです。
——シェイクスピアの『オセロー』という戯曲について、どのように捉えていらっしゃいますか?
改めて原作を読み直してみると、黒人と白人の人種間問題が実に露骨に出ている作品で驚きました。現代では異なる人種間での結婚は普通にありますから、演出家は、この問題に重きを置かないで、人間の嫉妬とかそういう一般論を中心に据えて解釈し、演出していますが、原作には「白いヤギと黒いヤギが混じって」とかあからさまな表現もたくさんあります。この戯曲のベースに人種間問題があると考えたからこそ、あえてそういったセリフも残しました。
——『オセロー』は、主人公のオセローを中心にした「嫉妬の物語」として描かれることが多い中、オセローではなくデズデモーナを中心としたのはなぜですか?
「夢幻能」は、この世に想いを残した死者(シテ)が、旅僧や旅人(ワキ)の夢の中に亡霊として姿を現し、在りし日の栄光や苦しみを話すことで、最後は成仏するという形式を取ります。デズデモーナは罪もなく殺され、「自分は本当は潔白だったんだ」という想いがある。それは、オセローの真実を知った故の後悔よりも強くこの世に残るでしょ。だから誤解からオセローに殺されたデズデモーナの方がシテにふさわしいんですよ。
それに、能の登場人物というのは、近代的な解釈では測れないところが面白いんです。例えばある人間のジェラシーを特化して、「ジェラシーの権化」として登場させたりする。今の演出家は、しばしば登場人物の細かい心理描写に注意し過ぎていると感じます。一種の近代病みたいなものですね。だから逆に登場人物の力が弱くなってしまうこともあるわけです。
——2005年の東京国立博物館 日本庭園 特設能舞台での初演から13年、今回の再演への期待をお願いします。
シテの美加理さんがデズデモーナとオセローを一人二役で演じる、それがまあ上手くて盛り上がりました。「夢幻能」は、リアリズムではなく霊の世界。日本は八百万の神、亡霊がたくさんいる国で、死者と我々の間に会話が成り立つんです。デズデモーナを演じた美加理さんは、まさにスピリチュアルな存在で、憑依という言葉がふさわしい、あの世の人の思いを伝える迫力がありました。私が言うのもおこがましいが、彼女の迫力に脚本が合っていた。詩的な言葉になっていたと思いました。今回も演技と言葉がかみ合って、素晴しい舞台になることを期待しています。
2017年10月17日(平川氏のご自宅にて)/聞き手:SPAC制作部(内田、中尾)
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SPAC秋→春のシーズン2017-2018 ♯4
ミヤギ能 『オセロー ~夢幻の愛~』
2018年2月11日(日)、18日(日)、24日(土)、25日(日)
3月3日(土)、4日(日)、11日(日)
各日14:00開演 ★2月24日(土)のみ18:00開演
演出:宮城聰
原作:ウィリアム・シェイクスピア (小田島雄志訳による)
謡曲台本:平川祐弘
出演:阿部一徳、美加理、大内米治、片岡佐知子、加藤幸夫、木内琴子、桜内結う、鈴木陽代、関根淳子、大道無門優也、寺内亜矢子、布施安寿香、本多麻紀、三島景太、森山冬子、吉植荘一郎
静岡芸術劇場
*詳細はコチラ
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