劇場文化

2018年7月16日

【ROMEO&JULIETS】劇的舞踊・新作~『ROMEO&JULIETS』に向けて(立木燁子)

カテゴリー: 2018

 日本初の公立劇場専属舞踊団として意欲的な活動を続ける新潟市りゅーとぴあNoism1。芸術監督の金森穣は、現代バレエの巨匠モーリス・ベジャールの下で学び、その後イリ・キリアン率いるNDTやフランスのリヨン国立バレエ団などヨーロッパの名門で活躍をしてきた舞踊界の俊英である。バレエとコンテンポラリー・ダンスを見据えた広い視野で総合芸術としてのダンスの可能性を探ってきた。洗練された作風で高い評価を受けてきたが、ここ数年、抽象性へ偏りがちのコンテンポラリー・ダンスの風潮に一石を投ずるかの如く、演劇とダンスの境界を越えた新たな挑戦を続けている。
 2010年から継続的に発表している劇的舞踊シリーズ。物語の筋を描くのではなく、「劇的」とは何かという舞台芸術の原点に光をあて、物語の底に潜む“劇的なるもの”の本質に迫ろうとする。舞踊一筋に、恵まれた環境でダンスの王道を歩いてきた金森が演劇表現へと関心を深めるのには一つの刺激的な出会いがあった。日本に本格的に帰国し、りゅーとぴあの芸術監督(舞踊部門)に就任した時期、鈴木忠志の舞台と演劇理論に出会い触発を受けたのだ。日本の現代演劇を牽引してきた鈴木の演劇理論と俳優訓練法―西洋の舞踊理論とは異なり、重心を低くとり、足裏で床面を捉えてすり足で移動するスズキメソッドにも興味を抱いた。鈴木の代表作のひとつに、テキスト中心の従来の演劇に異を唱えた『劇的なるものをめぐってⅡ――白石加代子ショウ』(1970)がある。演劇の現場性=俳優の肉体すなわち身体性を強調し、多様な言葉と対峙させた鈴木の演劇に共鳴するものを覚えた。「今・ここ」で生成される舞踊という磁場に、奥行を生み出す言葉と身体を多義的、重層的に交錯させることでスケールの大きな世界を開示することができるのではないかと考えたのだ。
 2010年『ホフマン物語』、2014年『カルメン』と劇的舞踊シリーズの創作が続けられるが、なかでも鮮烈な印象を残したのが、第三弾『ラ・バヤデール-幻の国』(2016)である。マリウス・プティパの古典バレエ『ラ・バヤデール』の世界を下敷きに現代史を彷彿させる物語を描き出した意欲作であった。オリジナルの翻案原稿を平田オリザが担当し、古代インドのカースト制を背景とした悲恋物語を現代史の問題として大胆に読み替えて秀逸だった。老人の記憶を辿るように描かれるのは、政治、民族、宗教などの対立を経て崩壊していく“幻の国”の物語である。演出を金森穣、振り付けをNoism1が担当し、Noismのダンサー達に加え、SPACの気鋭俳優達が参加した。
 美しい動きで魅了する井関佐和子がミラン、彼女を愛する戦士バートルを中川賢が踊り、SPACの俳優達がスリリングに絡まる。草原の国マランシュを巡る筋の流れはやや複雑だが、言葉として発せられない「状況」を断片的な言葉と強度のある身体が鋭く共振して描きだし、記憶と歴史を喚起する重層的な物語を浮上させた。音楽はミンクスの楽曲と笠松泰洋のオリジナル曲で構成、空間を建築家・田根剛、衣裳を宮前義之(ISSEY MIYAKE)ら隙のない布陣で刺激的な舞台に仕上げていた。
 実は、金森には劇的舞踊以前に小規模の見世物小屋シリーズと呼ばれる一連の作品があり、なかでチェーホフの短編『黒衣の僧』『六号病室』を下敷きにした『Nameless Poison~黒衣の僧』という秀作も思い出される。高度電脳社会が生み出す「意識」の肥大化と身体感の希薄化。生身の他者との関係性を失いつつある現代人の抱える深い孤独を浮き上がらせた。黒衣の僧とは不安や恐れ、虚無など人間の心が生み出す幻影である。日本の伝統演劇や鈴木の演技術とも響きあう抑揚の強い身振りや舞踊語彙も用いられていた。本作はモスクワのチェーホフ国際演劇祭との共同制作で創作され、ロシアでも上演された。
 創立15周年を迎えるNoism1の新作『ROMEO&JULIETS』は舞踊と演劇の境界を越えて新たな作品像を生み出す。よく知られたシェイクスピアの悲劇がどのような形で翻案されるのか。今回は、演出・振付を担当する金森自身がオリジナルの台本を執筆、舞台を病院に設定して現代社会の問題を追究する。そこでは、恋愛ドラマにとどまらず、精神疾患的な現代人気質、監視社会、医療信仰から死生観まで、重層的なパースペクティブで現代の問題が分析されている。“真のライバル”と金森が敬愛する鈴木忠志はかつて、病院を舞台に『リア王』の世界を鮮烈に描き出した。Noismの舞踊家11名にSPACの気鋭俳優達8名が出演する。鍛えられた出演者の身体が金森演出に応え、現代社会を照射するどのような世界を現出させるか、期待される。

【筆者プロフィール】
立木燁子 TACHIKI Akiko
舞踊評論家・ジャーナリスト。寄稿媒体:『シアターアーツ』などの舞台芸術専門誌のほか一般紙誌。読売新聞で舞踊評を担当。ドイツの国際的舞踊専門誌『tanz』の日本のコレスポンデント。