2017年11月7日

【変身】パフォーマーとしての語り手(粉川哲夫)

Filed under: 2017

 カフカの小説には〝主人公〟が3人いる。ひとりは普通の意味での主人公、ふたり目は語り手、そして3人目は読者である。この3者がたがいの距離を微妙に変えながら展開するのがカフカの小説世界である。
 語り手が〝主人公〟である以上、この語り手は、読者にむかって客観的な報告をするとはかぎらない。通常、語り手は、〝ありのまま〟を語り、読者をからかったり、韜晦(とうかい)したりはしないことになっている。『変身』の語り手が、「朝、胸苦しい夢から目をさますと、グレゴール・ザムザは、ベッドの中で、途方もない1匹の毒虫に姿を変えてしまっていた」と語れば、読者は、それを〝事実〟として受け取る。そういう暗黙の了解が前提されている。
 しかし、カフカの小説の語り手は、冗談を言うかもしれないし、小説内の〝事実〟と異なることを語るかもしれないのである。つまり、この『変身』の場合であれば、「・・・毒虫に姿を変えてしまっていた、なんてネ、ハハハ」という含みで語ることもありえるということだ。
 こうした語り手の特異性は、カフカのドイツ語が、19世紀から20世紀初頭のチェコ領内に浮島のように存在したユダヤ系ドイツ人コミュニティ独特の言語、チェコドイツ語であったことも関係している。標準ドイツ語の側からすると、「パサパサの紙のような」印象をあたえるチェコドイツ語の特性をカフカは逆手に取り、標準ドイツ語とは異質のアイロニーや人工性をとり込んだ。
 カフカの小説では語り手はつねに饒舌であるが、『城』のように、主人公の体内にもぐり込んで、あたかも主人公と一体をなしているかのような素振りをすることもある。これをうっかり主人公の内的独白のようなものと混同するととんでもないことになる。『変身』の場合は、一見、古典小説のように、弁士的な解説口調なので、これまた、読者は簡単に乗せられてしまう。いずれにしてもカフカの語り手には要注意である。
 この語り手は饒舌なだけでなく、その身ぶりも多彩である。それは、その語りのあいだから透けて見える身ぶりであって、ト書きが書かれているわけではないが、少なくとも、お前は誰なんだという問いを発したくなるほどあつかましいこの語り手は、ソファーにくつろいで淡々と物語っているような古典的な語り手とは全然ちがうのだ。
 『変身』は、家族のような暗黙の了解が前提されている者どうしのあいだですら、コミュニケーションが一瞬にして途絶えてしまうもろさと、その断絶の複雑な屈折をあらわにする。カフカの世界では、安心して寄りかかれるような基準はどこにもない。グレゴールは、巨大な甲虫に変身してしまったと語り手は言うが、本人はそのことに気づいているかどうかはわからない。グレゴールの仕草や行動の説明は、あくまでも語り手の観察ないしは、意図的な〝歪曲〟にすぎない。
 この語り手をどうとらえるか、詐欺師かパフォーマーかエンターテイナーか、はたまた多弁症の狂人なのかを決めるのは読者の役割であり、その加担の度合いが深まれば深まるほど、読者が〝主人公〟になる度合も強まる。カフカの小説は、アレゴリーや象徴やメタファーを形にしているのではなく、読者が作品への姿勢を変えさえすれば、作品そのものが変貌する即物装置である。
 もし、語り手の〝報告〟を話半分に受け取るならば、ザムザが変身していない可能性だってありえる。そしてそのとき、『変身』は、病人や高齢者を〝座敷牢〟の〝囚人〟にしている家族のエクスキューズ(弁解)の物語にもなる。ヒキコモリであれ、認知症であれ、麻薬中毒であれ、家族のなかに〝厄介者〟が突如出現したときに見せる家族の反応と対応のすべてがここに潜在している。
 カフカ自身は、『変身』を失敗作だとみなした。その理由は、主人公グレゴールが、終始、家族のなかの厄介者としてあつかわれ、そのまま破滅するというメロドラマのパターンを踏んでいるからである。カフカは、厄介者であることのもっと積極的な可能性に興味を持っていた。
 このままだと、たとえば、主人公が甲虫になったのち、人間の家族と共生してしまったというような話に飛躍するのは無理である。会社をさぼること、怠業としてのヒキコモリは、ここでは敗北に向かう。これに対して、晩年の『城』では、主人公は、ある意味、ずっとさぼり続けたまま居直る。語り手も、主人公Kの体内にもぐりこんで表には姿をあらわさないようにしている。ここには21世紀を悩ます社会症候群のひとつであるヒキコモリへの根源的な転換が示唆されている。

【筆者プロフィール】
粉川哲夫 KOGAWA Tetsuo
東京の下町に生まれ、渋谷で育つ。疾風怒涛の青春を送り、上智大学、早稲田大学で哲学を学ぶ。メディアと都市と電子テクノロジーを現場にして批評、自由ラジオ、ラジオアートに横断的に関わる。https://anarchy.translocal.jp


2017年10月7日

【病は気から】演じる喜び=生きる喜び!? モリエール&シャルパンティエ『病は気から』について(秋山伸子)

Filed under: 2017

 『病は気から』はモリエール最後の作品である。アルガン役を演じたモリエールは、4回目の公演を終えた後、自宅で息を引き取った。自分は病気だと信じ込む男の役を演じたモリエール自身が病に苦しんでいたという皮肉な状況にあったことが信じがたいほどに、この作品には病を跳ね返すほどの生命力が、生きる喜びがあふれている。
 モリエール作品では、多くの人物が「演じる」喜びに身を委ねる。『町人貴族』においては、貴族に憧れる主人公が自ら貴族の役を演じることで、深い満足感を得る。アルガンもまた、自ら医者に扮し、その役を演じることで病の呪縛から解放される。音楽とダンスの力がみなぎる儀式のうちにアルガンは医者の学位を授けられ、舞台全体が言い知れぬ至福感に包まれて芝居は終わる。
 処方された薬の代金を勘定するアルガンの独白で幕を開けるこの芝居において、薬漬けのアルガンの「病気」のもう一つの治療法、伝統的な医療や薬に頼らない治療法としてまず提案されるのは、芝居を見ること、とりわけ、モリエールの芝居を見ることである。だが、それ以上に効果的な治療法として示されるのが、アルガンを医者にするための音楽とダンスのスペクタクル(一種の音楽療法とでも言えようか)である。即興のこのお芝居でアルガンはじつに自然に生き生きと演じているのだが、その素養の一端は、自らの死を演じてみせる場面にすでに垣間見える。
 妻がどれほど自分を愛してくれているかを再確認するためにアルガンは自らの死を演じてみせる。むろんこれは、アルガンの財産を狙う後妻のたくらみを暴くために小間使いがこの演技に誘い込むのだが、死んだフリをするという演技によって妻の本心を知ることができたことに味をしめたアルガンは、この直後、今度は娘の本心を確かめるため、またしても自らの死を演じてみせる。妻相手の演技に入る前には、「死んだフリなんかして危なくないかな?」とためらっていたことが嘘のように、再び演技の喜びに身を委ねるのである。
 アルガンばかりでなく、小さな子供でさえも、演技の喜びには逆らえない。父親の怒りをかわすため、幼い娘は死んだフリをする。これを見るやアルガンは動転して嘆き悲しみ、自らが素朴で信じやすい観客であることを示すのだが、「ねえパパ、そんなに泣かないで。あたし本当に死んじゃったわけじゃないのよ」という娘の言葉に胸をなでおろす。
 恋の障害に直面した若い恋人たちは即興のオペラに託して互いの想いを伝え合い、その自由奔放な生命力の前に、医者の息子トマ(今回の上演では「トーマス」、以下同様。)の融通のきかない硬直化した言葉は敗れ去る。丸暗記した言葉を機械的に繰り返すことしかできず、アンジェリック(アンジ)への贈り物として医学論文を差し出し、(お芝居にご招待とかではなく)ある女性の死体解剖にご招待しましょうと申し出る珍妙な求婚者トマに対し、クレアント(ケロッグ)は音楽の先生に変装し、アルガンやトマの前で即興オペラをアンジェリックとともに歌ってみせる。「恋するふたりがやむにやまれず、自ら沈黙を破り、その場の気持ちに任せて語り合う様子を歌にした」この即興オペラは、ヒロインの悲愴な決意(意にそまぬ相手と無理やり結婚させられるくらいなら死を選ぶという)を歌い上げ、これを見た観客アルガンの反応を引き出す。「で、これに父親は何と言うんだね?」ナイーヴな観客としてこの「けしからんオペラ」に対して激しい拒否反応を見せたアルガンが、一線を踏み越えて、見る側から演じる側へと身を移し、自らの死を演じてみせるとき、そこに新たな地平が開かれる。
 死は再生につながり、アルガンは自らの演技による象徴的かつ通過儀礼的な死を通して、自分を取り巻く人たちの本心を知り、新たな人生の可能性に目覚める。最後にアルガンを医者にする儀式でコーラスが歌い上げるのはまさに横溢する生への賛歌にほかならない。マルク・ミンコフスキ指揮、レ・ミュジシャン・デュ・ルーヴルによるもの、ウィリアム・クリスティ指揮、レザール・フロリサンによるもの(ともに1990年)、どちらのCDもそれぞれ味のある演奏で、はじけんばかりの生きる喜びをたたえたシャルパンティエの音楽を聞かせてくれる。

【筆者プロフィール】
秋山伸子 AKIYAMA Nobuko
青山学院大学文学部フランス文学科教授。『モリエール全集』全10巻(臨川書店、2000-2003年)の翻訳により、第10回日仏翻訳文学賞受賞(2003年)。著書『フランス演劇の誘惑―愛と死の戯れ』(岩波書店、2014年)等。


2017年2月21日

【真夏の夜の夢】『野田版 真夏の夜の夢』——「知られざる森」の「知られざる物語」(田中綾乃)

 シェイクスピアの作品は数多あれど、その中でも『真夏の夜の夢』と聞くと、心躍るものがある。第一に、タイトルにもあるように、この作品が<現実>ではなく、<夢>の物語であるということ。第二に、作品の舞台であるアテネ近郊の森で活躍する悪戯好きの妖精パックの存在。第三に、この物語が二組の男女の恋の行方を描いていること。そして、幻想的な夜の森の舞台に散りばめられた美しい詩的な台詞と共に、妖精と人間たちが織りなす真夏の夜の夢。何ともロマンティックでファンタジーに溢れている。
 この作品が執筆されたのは1590年代の半ば。17世紀を目前にしたヨーロッパでは、自然科学の発展に伴い、理性に重きを置いた近代が幕を開けようとしていた。よく言われるように、『ハムレット』(1600)には、デカルトの近代的自我を先取りした悩める主人公が登場する。“万の心を持つシェイクスピア”は、人間の心に潜む欲望や野心、嫉妬からの悲劇を描写するが、そのような中で『真夏の夜の夢』は、妖精と人間との戯れという前近代的な雰囲気を色濃く残す宮廷喜劇として描かれたのである。
 それから約400年後。近代化した東アジアの島国でひとりの演劇人がこの作品を潤色していた。そして、21世紀を目前にした1992年の夏、日生劇場にて初演されたのが『野田秀樹の真夏の夜の夢』(以下、『野田版』)である。野田秀樹によって料理されたこの作品では、異国の貴族たちの物語が日本の割烹職人たちの物語に、アテネの森は富士山の麓の「知られざる森」にすり替わっている。そして、駆け落ちするライサンダーとハーミアは、板前ライとときたまごに。ハーミアを追う婚約者のデミートリアスは板前デミ、これを追う元恋人のヘレナはそぼろと役名もすり替わる。
 原作では、森に迷い込んだ若者たちに妖精パックが間違って惚れ薬を塗ることで、二人の男がヘレナを巡って大騒動となる。『野田版』では、この筋を継承しながらも、騒動を起こす引き金として悪魔のメフィストフェレスを登場させる点が巧みだ。原作では重要な役回りである妖精パックも、『野田版』ではメフィストによってすり替えられてしまう。メフィストは、人々が「コトバにならず呑み込んだコトバ」—例えば、欲望や野心、憎悪や嫉妬の感情など—を契約によって実現させていく。そして、メフィストの企みは、人間たちの憎悪を増幅させることで、妖精が棲む「知られざる森」を焼き尽くすことである。
 「知られざる森」とは、「人が置き忘れた知られざること」、言い換えれば大人になったら忘れてしまうことが「富士の山ほどある」森である。この意味で、「知られざる森」とは、まさに<ワンダーランド>であり、<ネバーランド>でもある。そして、この森を焼き尽くすということは、人間の<夢>をバクのように食い尽くすことである。
 『野田版』は、メフィストを登場させることで、原作の『真夏の夜の夢』までをもあらぬ方へすり替えようとする。原作を知る者としては、この物語の行く末にハラハラするが、この換骨奪胎こそ劇作家・野田秀樹の真骨頂とも言える。終盤、『野田版』では、『不思議の国のアリス』のごとく、誰がこのメフィストを森に呼んだのか「最後の証人」を招く。ここで明らかになるのは、この<真夏の夜の夢>を見ていたのは、他の誰でもないそぼろであったということである。そぼろは、この夢が自分の呑みこんだコトバ(願望)から作り出されたものであることに気づく。原作のヘレナは、どんなにデミートリアスに邪険にされても、忍耐強く、従順な女性である。しかし、『野田版』では、原作では決して明らかにされなかったそぼろ(ヘレナ)の心底に迫ることで、この物語をそぼろ(ヘレナ)の欲望から紡ぎ出された夢として呈示するのである。
 だが、この欲望の物語は悲劇ではない。いつしか希望の物語へとすり替わっている。メフィストと結んだ目に見えない契約は、目に見えない力で破棄するしかない。その目に見えない力とは「お話」=物語である。妖精の女王タイテーニアは「人間が呑みこんだコトバはゴミばかりではない」と言って、そぼろに美しい物語を語らせることで、メフィストの心を癒し、涙の雨で森の火を鎮める。同時に、そぼろの目に見えていた妖精たちは、見えない存在となる。美しさと切なさで溢れるこの場面は、実に詩的であり、コトバ(物語)に託す劇作家の想いを汲み取ることができる象徴的な場とも言える。
 このように大胆な書き替えと卓越した言葉遊びのセンスによって、『野田版』は原作を越え出た重層的なイメージを伴う美しい物語へと生まれ変わった。そして、21世紀を跨いだ2011年、富士の麓の静岡芸術劇場において、この「知られざる物語」が蘇った。折しも、3.11後の上演となったわけだが、宮城聰の演出は、薄暗い森の中に一筋の光を当てるような祝祭劇を展開した。SPACの俳優たちの身体によって奏でられた美しいコトバ (詩) と音楽は、観客の心を躍動させたのだった。その後、2014年の再演を経て、今回、待望の再々演である。
 現在、“post-truth”と言われ、表面的な言説が溢れ、何を信じたらいいのか戸惑う中、改めてコトバや物語の力を再認識させる壮大なファンタジーが求められている。そのような思いを抱く作品である。

(※註)
原題の“A Midsummer Night’s Dream” のMidsummerは、夏至を意味する。ヨーロッパでは、キリスト教の聖ヨハネの祝日に夏至祭が行われるが、Midsummer Nightとはその前夜を指す。前夜祭では、人々は一晩中、焚火をたいて踊り、お祭り騒ぎをすると言う。また、この日に摘む薬草は、不思議な力を発すると考えられている。それ故、Midsummer Nightとは、一年の中で最も短い夏の夜の間に繰り広げられるドタバタ騒ぎ、そして不思議な出来事が起こる儚い夜を意味するのである。

【筆者プロフィール】
田中綾乃 TANAKA Ayano
三重大学人文学部准教授(西洋哲学・演劇評論家)。カントの哲学研究を行う一方、演劇批評にも携わる。現代劇の批評を中心にしながら、古典芸能(文楽・歌舞伎)の解説や評論を筋書やパンフレットなどに寄稿。


2017年1月22日

【冬物語】 「奇跡」の軌跡・シェイクスピアの『冬物語』

 シェイクスピアのロマンス劇とは、晩年(といっても40代)に執筆された4作品『ペリクリーズ』、『シンベリン』、『冬物語』、『テンペスト』を指すが、これらの作品は当時から「ロマンス劇」と呼ばれていたわけではない。シェイクスピアの没後1623年に出版された初のシェイクスピア全集ファースト・フォリオには、歴史劇、喜劇、悲劇の3つの区分があるのみで、『冬物語』と『テンペスト』は喜劇に、『シンベリン』は悲劇に分類されている(『ペリクリーズ』はファースト・フォリオ未収載)。1608年頃に流行した「悲喜劇」(tragicomedy:例えばボーモントとフレッチャー共作の『フィラスター』など)のスタイルでシェイクスピアが執筆したこれら4作品を、現在ではロマンス劇と称している。
 「悲喜劇」はその名の通り、喜劇的な要素と悲劇的な要素が混在した作品である。そもそも、後世の古典主義者たちから「統一を欠いている」と批判されたシェイクスピアである。喜劇に悲劇的な場面を、悲劇に喜劇的な場面を混在させるなどお手のもので、ロマンス劇にも人生を織りなす悲劇と喜劇を思う存分盛り込んでいる。ロマンス劇では家族の別離と再会、罪の赦し、奇跡などが主なモチーフとなるが、物語の展開に飛躍があり、どこかおとぎ話的で古風な印象が漂う。 
 悲喜劇であるロマンス劇の中でも、とりわけ『冬物語』で描かれる悲劇と喜劇は空中分解しないのが不思議なほど、振り幅が大きい。前半シチリアの場面で不可解な嫉妬に狂うレオンティーズの激しさと過剰さは、ギリシャ悲劇の主人公さながらで(アポロンの神託も登場する)、果たしてこの絶望の深淵からの救いは訪れるのかと観客は不安に陥る。しかし、一転して牧歌的で祝祭的な中盤のボヘミアの場面を経ての最終場面では、観客はおそらくシェイクスピア作品中で最も感動的で劇的な喜劇の極致に立ち会うこととなる。レオンティーズと供に観客がたどるのは、まさしく「奇跡」の軌跡である。
 『冬物語』のこの奇跡を可能にするのは、3つの力である。全てを癒す「時」の力。16年という時が「赦し」には必要だった。そして、ポーライナの智慧、パーディタの若い生命力、ハーマイオニの寛容さといった人間自身が持つ力。最後に、演劇の力である。今ここで詳しく書くことは控えるが、生身の役者の身体を通して現実を超えるリアリティを表現し共感を呼ぶ「特権的」な演劇の力こそが、この物語の信じがたい奇跡を得心させてくれるのだ。シェイクスピアは、五感をフルに働かせてその瞬間に立ち会ってこそ味わえる実に演劇的な感動を最終場面の奇跡の核心に据えている。
 イギリスでは、ロマンス劇は頻繁に上演されている。なかでも『冬物語』は、イアン・マッケラン、ジェレミー・アイアンズ、パトリック・スチュアート、アントニー・シャーなど名だたる名優がレオンティーズを演じた優れた舞台が多い。一昨年ロンドンのウェスト・エンドで上演されたケネス・ブラナー・カンパニーの『冬物語』では(日本でもブラナー・シアター・ライブとして各地の映画館で放映され、静岡では2月下旬を予定)、演出のブラナー自身がレオンティーズを、ジュディ・デンチがポーライナを演じていた。ジュディ・デンチと言えば、1969年にイギリスのロイヤル・シェイクスピア劇団が初来日した際に上演した『冬物語』(トレヴァー・ナン演出)でハーマイオニとその娘パーディタの二役を演じて話題をさらったが、半世紀近くを経て出演した今回の作品でも、圧倒的な存在感でポーライナを演じきり、シチリアの宮廷を取り仕切るのみでなく、「時」と肩を並べて、レオンティーズやハーマイオニの運命を操っているようにさえ見えた。一方、日本では、ロマンス劇はなじみが薄いためか上演回数は限られている。最近の『冬物語』では、2013年の劇団AUNの公演(吉田鋼太郎主演)と2009年の蜷川幸雄演出(唐沢寿明主演)が印象に残っている。
 この悲劇と喜劇の振り幅の大きな「奇跡」の物語を、今回のSPAC公演では「二人一役」のスタイルで上演するという。リアリズムを超えたロマンス劇の新たな切り口を見せてくれるに違いない。

【筆者プロフィール】
末松美知子 SUEMATSU Michiko
群馬大学教授。専門は比較演劇論。共著書に、Shakespeare in Asia: Contemporary Performance ほか。アジアのシェイクスピア上演映像を収めたウェブ・アーカイブ A|S|I|A共同代表。


2016年12月1日

【サーカス物語】幼ごころの君を求めて(河邑厚徳)

 ミヒャエル・エンデの戯曲が静岡芸術劇場で公演されます。東欧の陰影が色濃い『サーカス物語』をインドネシアの鬼才がどう演出するのかワクワクします。エンデは児童文学者という先入観で見られがちですが、幅広い才能にあふれ、近代西洋思想を批判する思想家でもありました。青年時代には舞台に立ち、戯曲も書いていましたが無名でした。エンデが世に出たのは『ジムボタンの機関車大旅行』。大ベストセラーになってドイツ児童文学賞を受賞しました。その後は『モモ』や『はてしない物語』など永遠に残る傑作を書き続けてきました。児童文学と並んで、エンデの創作の大きな柱が『遺産相続ゲーム』や『ハーメルンの死の舞踏』などの戯曲でした。葬儀にはエンデの仕事を代表して、ドイツ・バイエルン地方の方言で書かれた『ゴッゴローリ伝説』が上演されています。
 エンデの死は1995年ですが、私は89年、NHKスペシャル『アインシュタインロマン』(91年放送)のプロデューサーとしてミュンヘンを訪れました。シリーズはアインシュタインの相対性理論を映像で表現しようというものでした。時間と空間の新しい関係を明らかにして20世紀の科学技術万能時代の幕を開いた天才の頭脳は何を考え、何を発見したのか。シリーズのうたい文句は「知の冒険」でした。しかし、手放しでアインシュタインを賛美するのではなく、現代文明の功罪も問いかけようとするものでした。『モモ』は理論物理学の時間とは違う、いのちの時間を描いた作品です。アインシュタインをエンデはどう見るのか?
 エンデは企画書を読んで、「私は自然科学の専門ではないし、アインシュタインを批判するつもりはない」と返事をくれました。しかし、「もし私に出来ることがあるとすれば、自然科学的思考が未熟であることを指摘することです」と書かれていました。エンデは、自然科学は、主観と客観を分断することで発展し、その前提に欠陥があると指摘しました。「客観的な真実」からは、研究し、実験し、思考をめぐらせた科学者自身の姿は消えています。その結果、科学者の研究は中立不偏で研究の目的や結果への責任が問われないことになります。
 アインシュタインは、神の謎を解きたいと考え、相対性理論を発見した自由で創造性にあふれた天才です。しかし、第二次世界大戦中には一人のユダヤ人として、ルーズベルト大統領へのマンハッタン計画を推進する手紙にサインをしています。ナチの核開発を憂慮しての行為でした。核兵器や原発を生んだ核エネルギーは、特殊相対性理論がこじ開けた秘密の扉だったのです。科学の中立性は現代の神話かもしれません。地球規模で科学技術の開発競争が進み、国家、大学、企業などが巨額の投資をして成果を求め、特許で保護された研究から膨大な利潤が生まれます。ES細胞、クローン技術、臓器移植、遺伝子操作作物…。未来に何が起こるのかが不透明なままに、何かが暴走しています。エンデは、科学技術はモラルではなく常に成長することを強いるマネーの論理により、牽引されていると警告しています(河邑著『エンデの遺言』より)。この奔流に対抗できるのは人間の新しい想念以外にはありません。
 エンデは繰り返し未来を創造する力の源泉はファンタジーだと語りました。そこにエンデの渾身のメッセージがあると思います。
 「ファンタジーとは現実から逃避する手段であり、どこかで空想的冒険をするためにあると考えられています。しかし私にとってファンタジーとは、新しい観念を形成する、または既存の観念を新しい関係形態に置く人間の能力なのです。現代人にとって具体的なファンタジーを発達させることほど必要なものはないのです。それによって私たちはまだ見えない、将来起こる物事を眼前に思い浮かべることが出来るのです。読書を通じて、または映画、演劇、絵画など創造的能力によってそれをしなければなりません。」(『アインシュタインロマン6』NHK出版より)
 エンデは、近代合理主義に対抗する叡智を東洋思想にも求めました。大乗仏教の唯識論は、人の意識のレベルを八段階にわけて意識の下に、末那識(まなしき)、阿頼耶識(あらやしき)という二つの無意識世界を置きました。それは科学的方法では証明できない、ファンタジーの住処ではないでしょうか。『はてしない物語』で虚無の世界に対抗するファンタージエン国。エンデは、科学の知と様々な民族が生み出した神話の知の統合を夢見て世を去りました。

【筆者プロフィール】
河邑厚徳 KAWAMURA Atsunori
映画監督。東京大学法学部卒業後NHK入局。在籍39年間で『がん宣告』『アインシュタインロマン』『エンデの遺言』などで新しい映像表現を開拓する。最新作『笑う101歳×2 笹本恒子 むのたけじ』が17年春より全国順次公開予定。


2016年10月29日

【高き彼物】マキノノゾミの類まれなる才能に惚れ込んで(衛紀生)

 マキノノゾミの舞台を初めて観たのは1994年の近鉄小劇場でのことです。『青猫物語』です。昭和8年の築地小劇場のすぐ裏にある「青猫」というカフェを舞台に、真面目な新劇青年八起静男を軸に展開する、彼の得意分野のひとつである疾走感あふれる青春群像劇です。ロビーで現在は私の妻になっている柴田英杞からマキノを紹介されました。180センチはゆうに超える偉丈夫で、演劇人にありがちな不健康さは微塵もない押し出しにいささか気圧された記憶があります。ちなみにその時あわせて紹介されたのが、その後マキノの重要なスタッフに名を連ねる舞台美術家の奥村泰彦で、彼は翌年の第1回OMS戯曲賞受賞作である松田正隆の『坂の上の家』で卓抜な舞台をデザインして、『青猫物語』に引き続きその舞台に接して、いつかは高く評価される美術家に数えられるだろうと予感しました。閑話休題。『青猫物語』での邂逅以後、私はマキノの舞台には、演劇評論家という肩書を外して、かなり熱心な観客の一人になりました。
 その後、宮城大学・大学院の教員を辞して可児市文化創造センターに職場を移してから、可児市民がどのように彼の舞台を受け止めるか分からないが、いつかはマキノノゾミという、人間の心の襞に染み入る舞台を創り上げる類まれな演劇作家を可児市民に紹介したいという思いがありました。そして、館長に就任した翌年に次年度のレパートリーを探っていて俳優座劇場プロデュースの『東京原子核クラブ』が旅に出ることを知って上演交渉を始めました。結果は客席稼働率30%台というガラガラの集客でしたが、休憩時間に小耳にはさんだ可児市民の評価は「結構面白いね」というもので、演劇を観る人口が当時は極端に少なかっただけに、初めて演劇に触れた市民の率直な感想と私は受け止めました。「マキノは可児市民にとって共感の持てる初めての演劇作家になる」と考えました。翌年は青年座の『赤シャツ』(宮田慶子演出)を上演して今度は50%を超える客席稼働率で、その年、私は翌年の4本の演劇系の事業をすべてマキノノゾミ作品と演出舞台で通す「マキノノゾミ・イヤー」とすることを企画しました。
 そして、人口10万人の町で8回公演1765人の未曾有の観客を集めたアーラコレクション・シリーズVOL.5『高き彼物』につながったのです。『高き彼物』は間違いなく彼の代表作であり、傑作であると思っています。むろん1ヶ月半の可児滞在型のアーチスト・イン・レジデンスで創るアーラコレクションの強みが、市民との日常的な交流を生んで「創客」につながったことも影響したでしょうが、リピーターが非常に多かったことをみても「マキノノゾミ」という類まれな才能に可児市民が深く共感した結果の「1765」という数字だろうと私は考えています。アーラコレクションに特徴的な市民サポーターの作品・キャスト・スタッフを支える動きがきわめて活発だったことも『高き彼物』の特筆すべき点で、それだけ市民サポーターたちが「私たちの物語」というひたむきな思いの中で動いたのだろうと思います。それだけ『高き彼物』は人びとの心を衝き動かす力を持った作品です。「普通の人々」の生活にかすかに立った波紋のなかで、いかに良心を持って事に当たるか、いかに正義を貫こうとするかという一人の元教師の人間ドラマです。私は『高き彼物』の客席に起こった共感の波動をいまでも昨日のことのように思い起こせます。この時の『高き彼物』は関西の十三夜会賞を受賞しました。
 そして、あれから4年が過ぎて、多くの国民市民が激しく変化する社会の中で孤立を一層深める今だからこそ、もう一度上演されるべき「必要とされる舞台」なのではないかと思っています。混迷する社会にあって、いま一度立ち止まって「人間」という存在を深く洞察する機会をつくってくれる作品であると、私は強く確信しています。

【筆者プロフィール】
衛紀生 EI Kisei
可児市文化創造センターala 館長兼劇場総監督。演劇評論家。県立宮城大学事業構想学部・大学院研究科教授を経て現職。主著に『芸術文化行政と地域社会』『これからの芸術文化政策』『阪神大震災は演劇を変えるか』『21世紀のアートマネージメント』『地域に生きる劇場』など。


2016年9月28日

【東海道四谷怪談】悪女、それはお岩(古井戸秀夫)

 悪女というと現在では、男を誑(たら)して手玉に取る、そんな美女のことをいう。昔からの譬えでは「外面(げめん)如菩薩(ぼさつ)、内心(ないしん)如夜叉(やしゃ)」。見た目は美しい仏さまだが、心の中は怖い鬼。小悪魔というのは、その別名である。
 ほんらいの悪女にも「外面」と「内心」があった。見た目が醜い醜女。性格が悪い女。後者はのちに、毒婦と呼ばれるようになる。
 お岩のモデルも、悪女であった。外面は生れ付きではなく、重く患った疱瘡すなわち天然痘の後遺症であった。ワクチンの種痘が普及されるまで、疱瘡は子供たちの通過儀礼。お岩はそれが遅れた。大人になってから罹患して、醜い女になったのである。 Read the rest of this entry »


2016年7月17日

【ラ・バヤデール―幻の国】バレエと小劇場運動を結ぶ――金森穣『ラ・バヤデール』の見どころ(三浦雅士)

Filed under: 2016

 金森穣の新作『ラ・バヤデール』は傑出した作品である。平田オリザに脚本を依頼し、SPACの俳優3名を加えて舞台化しようとしたその方針そのものが傑出していたといっていい。金森とNoismには、舞踊家としてそれだけの自信があったということなのだろうが、結果は予想をはるかに上回るものになった。振付の水準もダンサーの水準もこれまでのそれを大きく超えている。異常な成長である。
 特筆すべき点は二つ。それがそのまま最大の見どころになっているのだが、ひとつは、この「劇的舞踊」が、1960年代に登場し、日本と世界の舞台芸術に大きな影響を与えたいわゆる小劇場運動と、80年代以降、コンテンポラリー・ダンスの呼称のもとに展開してきた舞踊運動との、いわば完璧な結合以外の何ものでもないということである。小劇場運動は60年代から70年代を通じて、寺山修司、唐十郎、鈴木忠志といういわゆる御三家によって担われたが―その最大の特徴は歌と踊りと劇の結合である―、長く伏流水となっていたそのエネルギーがコンテンポラリー・ダンスの現場において突如噴出したのだ。金森にしてみれば突如などではないだろうが、小劇場運動とコンテンポラリー・ダンスの結合ということでは、前作『カルメン』を上回っている。 Read the rest of this entry »


2016年4月28日

【ふじのくに⇔せかい演劇祭2016】寄稿一覧

Filed under: 2016

「ふじのくに⇔せかい演劇祭2016」で上演された作品の寄稿は、
演劇祭のウェブサイトにてご覧いただけます。

※リンク先のページの「寄稿」ボタンをクリックしてください。

【イナバとナバホの白兎】
『古事記』の「稲葉の白兎」挿話における八十神の身分をめぐって (イグナシオ・キロス)

【三代目、りちゃあど】
『三代目、りちゃあど』をめぐって ―― 近過去を再訪する (内野儀)
オン・ケンセンと『三代目、りちゃあど』 (横山義志/SPAC文芸部)

【オリヴィエ・ピィのグリム童話『少女と悪魔と風車小屋』】
芸術と娯楽 オリヴィエ・ピィ『少女と悪魔と風車小屋』について (横山義志/SPAC文芸部)

【ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ】
演じられる「真実」を切り裂く (溝口昭子)

【火傷するほど独り】
ワジディ・ムアワッドとロベール・ルパージュ『月の向こう側』から『火傷するほど独り』へ (藤井慎太郎)

【It’s Dark Outside おうちにかえろう】
認知症の人の生きる世界にどう寄り添い、描くか―『It’s Dark Outside おうちにかえろう』の上演に寄せて (六車由実)

【アリス、ナイトメア】
わからない「わたし」と「あなた」のためのアラブ演劇 (鵜戸聡)


2016年3月12日

【ロミオとジュリエット】ロミオとジュリエットは、笑いから悲しみへ向かう(河合祥一郎)

Filed under: 2016

 オマール・ポラスの稽古場に立ち会って、彼の才能を確信した。付け耳・付け鼻やユニークな衣装を用いるオリジナルな演出は『ロミオとジュリエット』前半の喜劇性を効果的に強調するものであり、こんな突飛なアイデアはよほど深く作品を理解してないと出てこないからだ。ロマンティックな美しい影絵に目を奪われることになるが、これも喜劇性とのコントラストがあればこそ、一層効果的になっている。
 前半の喜劇性というのは、この作品の重要なポイントだ。『ロミオとジュリエット』がシェイクスピアの四大悲劇(『ハムレット』、『オセロー』、『リア王』、『マクベス』)のなかに入らないのは、この喜劇性ゆえだと言ってもいい。マキューシオや乳母が下ネタ満載のジョークを連発し、前半は悲劇どころか笑劇のようでさえある。 Read the rest of this entry »