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2013年6月26日

「イロトピーのこと」 横山義志(SPAC文芸部)

イロトピーの主宰者、ブリュノ・シュネブランとはじめて会ったのは2003年の夏のことだった。ブリュノが住む、ローヌ川の河口近くの川中島。そこで、なぜか留守番をしていたのである。ダチョウや巨大なイヌなど、どこから来たのかよく分からない生き物たちに、四、五日ほどのあいだ、毎日餌をやっていた。

夏休みに入る頃に、ダニエル・ジャンヌトーから電話がかかってきた。一昨年SPACで『ガラスの動物園』を演出してくれた演出家だが、そのころはまだクロード・レジの舞台美術も手がけていた。ダニエルから、共通の友人の子どもたちを連れて、川中島で留守番をしないかと誘われた。何の話だかよく分からなかったが、とりあえず他に予定もなかったので、行ってみることにした。

町のスーパーで買い出しをして、大量の水道水を汲み、モーター付きの小さいボートに乗って川中島へ。ちょっとディズニーランドのトムソーヤ島を思い出して、なんだかうきうきする。島に着くと、何匹もの犬が寄ってくる。島の中央には大きめの平屋が建っていて、屋根には太陽光パネル。鬱蒼と茂る木をかき分けながら一周してみると、他にも小さな家がいくつか建っていて、川の上に浮いている家まである。

一番大きい家には蛇口もあって、ローヌ河の水でシャワーを浴びたり、食器を洗ったりすることもできる。夜には太陽光発電でランプを点けることもできるが、他の家ではろうそくを使っていた。もちろん電話もインターネットもない。昼間は子どもたちと一緒に、島を探検して虫を見つけたり、水に入ったり、動物と遊んだり。夜はチェスをやったり、本を読んだり。(そういえば、ダニエルはこのときにサラ・ケーンの作品を何冊か持ってきて読んでいた。)このローヌ川河口のあたりは、カマルグと呼ばれる湿地帯で、野生動物も多いが、蚊も多くて、寝るときにはうまく蚊が入らないように蚊帳を吊らなければならない。

そんなこんなで、数日が過ぎると、イロトピーの面々が島にやってきた。ブリュノはすっかり陽に焼けて、髪はもじゃもじゃで、アインシュタインが船乗りになったような風貌。息子のティモンはかなりの男前で、筋肉質で、やはり陽に焼けて、「あちーあちー」などといいながら、素っ裸で川に飛び込んでいく。女性のメンバーも、同じナチュラルスタイルで川に飛び込んでいったりして、目のやり場に困る。

聞けば、海外ツアーをやってきたらしい。ブリュノは今では全く都会育ちには見えないが、実は生まれも育ちもパリだった。パリでは船上に住み、パフォーマンスを行っていたが、やがて都会暮らしも、パリの限られた観客に向けて作品を作るのも嫌になって、1978年にパリ脱出を図る。一人で舟を出して運河を抜け、ローヌ川を下っていった。そして、この川中島に空き家になった掘っ立て小屋があるのを見つけて、住みついてしまう。ブリュノはここを拠点にして、パフォーマンス集団「イロトピーIlotopie」を立ち上げた。「イロ(îlot)」は、フランス語で「小さな島」という意味。それと「ユートピア(utopie)」を組み合わせたわけである。六八年五月革命世代の「想像力に権力を!(Imagination au pouvoir)」という言葉を実現するような活動がはじまっていく。

ブリュノは「劇場に来ない人たちに観てもらえるものを作りたかった」と言う。アヴィニヨン演劇祭で、郊外の廃墟化した高層アパートの全体を使った作品を発表したり、全身を赤や青や緑に塗って裸で街を歩く『有色人種(Les Gens de Couleur / Coloured People)』というパフォーマンスをやったりする傍らで、「水上演劇」の技術を開発していく。そしてローヌ川河口の町に、路上パフォーマンス作品制作のための拠点「ル・シトロン・ジョンヌ(黄色いレモン)」を設立。この活動が認められ、これがフランスではじめての「国立路上パフォーマンスセンター(Centre National des Arts de la Rue)」となって、今では年間に何組ものパフォーマンス集団を受け入れ、創作を支援し、フェスティバルも開催している。

イロトピーは、今では海外での活動が70%にのぼるという。日本では、1992年に「野毛大道芸」(横浜)に参加して路上パフォーマンスの作品を発表しているが、今回は20年ぶりの来日となり、「水上演劇」の上演はこれがはじめて。今回上演される『夢の道化師(Fous de bassin / Water Fools)』はイロトピーの代表作で、シドニー、シンガポール、グリニッジ、シカゴなど世界各地で上演されてきた作品である。you tubeをチェックしてみれば、ブリュノが水のうえで新聞を読んでいる映像が世界中のあちこちで見つかるだろう。

「今では多くの人たちが、蛇口をひねって出てくるのが水だと思っている。歯を磨いて口をすすいだあと、水がどこに行くのか、考える機会もなかなかない。海面は上昇しているのに、世界中で水が足りなくなっている。人間は水がないと生きていけないが、同時に水は恐ろしいものでもある。水のもつ神話的な力に対する想像力を取り戻すことで、もっと水のことを考えてほしい」と、ブリュノはまさに水を舞台とする信じられないような作品をいくつも作ってきた。水上で上演される作品を手がけるのはSPACでもはじめてで、技術・制作スタッフが海上保安庁などと必死に調整を重ねているらしい。

富士が霊峰と呼ばれるのは、いきなり海から突きだしているからでもある。その意味でも、清水港からの富士の眺めは特別なものである。今週末は、日が暮れてから、夜の海をゆっくり眺めてみてほしい。一見まどろんでいるかのように見える水が、どくどくと脈打ち、私たちに何かを伝えようとしていることに気づくだろう。

イロトピー『夢の道化師 ~水上のイリュージョン』
6月28日(金)、29日(土)20時開演
会場:清水マリンパーク

Water Fools