こんにちは。はじめまして。
4月より制作部のメンバーに加わりました内田稔子(うちだとしこ)と申します。
どうぞよろしくお願いいたします。
制作部では、広報を中心にシアタークルーに関する業務、県民劇団などを担当することとなりました。
真に演劇を必要とする人に作品を届けられるよう、また演劇の楽しさ、奥深さを少しでも多くの人に知ってもらえるよう、日々真摯な姿勢で演劇に向き合っていきたいと思います。
さて、「演劇」とは、何でしょうか?
「何らかの動きをする人とそれを観る人、ただそれだけで、演劇は成り立つ」と私は考えています。
また観る人が演ずる人に感情移入することで得られる「カタルシス」も演劇の効果であると言えましょう。
先の「ふじのくに⇄せかい演劇祭2014」では、私は『ピーター・ブルックの演劇的冒険-アフリカの100日』という映像作品に最も感動しました。
演劇は、どこまで人を動かす力があるのか…?
文明化された西洋社会の通念も、未開の地では全く通用しません。
この作品は、演劇、すなわち人間の想念やそれに伴うアクションが、どこまで言語や社会通念を超えられるかというP.ブルックの挑戦の記録でした。
そして、作品を通じ、演劇は、言葉や既成概念を超えて、人々に感動を与えられる、そんな潜在的な力を改めて感じることができました。
私が公務員という規制概念をぶち破り、SPACで演劇人となったのも、演劇の潜在的な力を信じたからです。
この作品には、笈田ヨシさんという俳優の若き日の姿がありました。
彼はP.ブルックから「即興で演じられる東洋人が欲しい」と言われ、訳も分からず、アフリカでの活動に参加したそうです。
彼には、上手く演じようとか、格好良く見せたいといった考えは全くありませんでした。
だからこそ彼の演技は、言語の通じないアフリカの人々の心を動かしたのだと思います。
三島由紀夫に見出され、三島の生き写しとまで言われた男がたどり着いたのは、ひたすら自分を裸にし、剥き身の自分を曝け出すことでした。
【『ピーター・ブルックの演劇的冒険-アフリカの100日』のワンシーン】
再び、演劇とは何でしょうか?
それは、自らのすべて、内面、心情、人生、愛や情念を虚飾することなく、曝け出すことなのではないでしょうか。
そこには、一人の、ただ一人の人間しか存在しないのです。
制作部 内田稔子