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2015年1月9日

【『グスコーブドリの伝記』の魅力 #11】 ドラマトゥルク取材日記5

「ドラマトゥルク取材日記」では、
『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当するライターの西川泰功が、
宮沢賢治にまつわるネタを紹介していきます。

第5回は、静岡県富士市にある本國寺の住職・上杉清文さんにお話を伺いました!

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 上杉清文さんと言えば、2014年2月に静岡市寿町のアトリエみるめで上演された演劇『此処か彼方処か、はたまた何処か?』(大岡淳演出)の劇作家として記憶に新しい。上杉さんは、日蓮宗本國寺の住職である。

 宮沢賢治は、生前、日蓮宗系の宗教団体・国柱会に入会し、熱心な信者だった。特に日蓮宗で大切にされる法華経に関心を持った。その信仰心は、法華経1,000部を配布するよう遺言したほど。賢治の宗教面について聞きたくて、上杉さんを訪ねた。

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↑ 本國寺住職・上杉清文さん

 上杉さんは、「ポジティブなことは言えない…」と話す。「賢治生誕100年のときに、宗教団体が宮沢賢治を持ち上げました。まるで法華経の詩人のように言われるようになりましたが、私はそうは思わない」。上杉さんは、宮沢賢治の「利用」のされ方に、疑問を持っている。

 有名な『雨ニモマケズ』という詩がある。これはもともと、逝去する2年前に、病床の賢治が手帳に書きつけた言葉。詩として書かれたかどうか疑わしく、一説には、法華経に出てくる常不軽菩薩(じょうふきょうぼさつ)について書いたものだと考えられている。

 しかし、上杉さんは、「菩薩とデクノボーでは違うでしょう」とバッサリ。

ヒデリノトキハナミダヲナガシ
サムサノナツハオロオロアルキ
ミンナニデクノボートヨバレ
ホメラレモセズ
クニモサレズ
サウイフモノニ
ワタシハナリタイ
(宮沢賢治『雨ニモマケズ』より)

 「修羅の人が、デクノボーになるなんておかしい。堕落したからデクノボーになるんじゃないでしょうか。私はなりたい、と言うより、もうなっていたんじゃないかな…」

 詩人としての賢治の代表作は、生前に自費出版した詩集『春と修羅』である。「修羅」は、仏教用語「阿修羅」の略。「阿修羅」は、生物が輪廻転生する6種の世界(六道)のひとつであり、帝釈天と争う悪神の名としても知られる。ここから転じて、「修羅」と言えば、醜い争いや果てしのない闘いを意味する。確かにデクノボーではない。

 「どういう時代、どういう状況で書かれた言葉なのか。言葉を部分的に取り出すときは、注意が必要です。背景を何も知らなければ、言葉を単にありがたがることになってしまう」

 上杉さんの賢治に対する問題意識は一貫している。自身が編集に携わる雑誌『福神』で2008年に宮沢賢治特集を企画した。宮沢賢治批判の書として知られる『宮沢賢治殺人事件』(太田出版1997年/後に文春文庫)の著者・吉田司氏の巻頭インタビューをはじめ、賢治にまつわる状況を辛辣に批判する誌面を展開した。

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↑ 雑誌『福神』12号(福神研究所発行/三一書房発売)

 「いやー、評判は最悪でした。賢治を批判すると、怒る人がたくさんいるんですね」

 賢治作品が「利用」されやすいのは、未完成ということにも関係がありそうだ。「完成これ未完成なり、と賢治の『農民芸術概論要綱』にありますが、賢治は、一度仕上げた作品を何度も書き直しました。新校本の全集では、消された文字まで復元されています。賢治作品は全て未完成なのかもしれません」

 『グスコーブドリの伝記』も、発表されるまでに「書き直し」の変遷がある。『ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記』『グスコンブドリの伝記』のほか、「ノルデメモ」と呼ばれる構想メモ「ペンネンノルデはいまは居ないよ 太陽にできた黒い棘をとりに行ったよ」などが、『グスコーブドリの伝記』発表以前に書かれ、関連するとされる。

 賢治ほど、推敲の移り変わりを細かく研究されている作家もいない。作品自体が流動体。ソリッドな物体にくらべ、部分を抜き出すのは簡単だ。喩えるならば、覗き込めば、顔が水面にうつる、川の流れ。流れは絶えず変わっているのに、うつった顔は水面にぼんやりとどまり続ける。賢治作品は川、読者は顔である。

 「賢治を演劇にするならば、全集をまるごと演劇にしなければいけないのではないかとさえ思います」

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↑ 上杉さんの書斎に積まれた宮沢賢治関連本

 日蓮宗の僧侶である上杉さんには、賢治と無関係でいられない、という意識があるようだ。書店で賢治関連本を見つけると買い求める癖がついた。賢治を決して神格化しない――上杉さんの眼に、SPAC版『グスコーブドリの伝記』は、どううつるだろうか。
 
 
2014年12月20日 静岡県富士市の本國寺にて
 
SONY DSC文・西川泰功
ライター。SPAC『グスコーブドリの伝記』でドラマトゥルクを担当し、原作の脚本化のサポートをはじめ、俳優や技術スタッフとディスカッションをしたり、広報用の記事を書いたりしている。SPACでは2009年より中高生鑑賞事業用のパンフレット編集に携わる。その他の仕事に、静岡の芸術活動を扱う批評誌「DARA DA MONDE(だらだもんで)」編集代表(オルタナティブスペース・スノドカフェ発行)など。
 
 
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SPAC新作
『グスコーブドリの伝記』
2015年1月13日~2月1日
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