インタビュー 宮城聰
新演出作『黒蜥蜴』の世界
三島由紀夫の精神を受け継ぐ――。
ヒット作に秘められた作家の挑戦とは?
SPAC芸術総監督・宮城聰が、次回作を語る。
【前編はこちら】
■高度経済成長期・日本の風景
江戸川乱歩による小説『黒蜥蜴』は1934年発表ですが、三島由紀夫の戯曲『黒蜥蜴』の時代背景は、戦後の高度経済成長期に置き換えられています。原作に出てくる大阪の通天閣が、東京タワーに変わっているんです。確かに昭和初期にもモダニズムの流れがありました。これは世界的なことでしょうけど、テクノロジーの発達によって人間の内面すら進歩していくのではないかと思われるような時代があったのかもしれません。そこから時代は進んで、三島は、戦後の日本は空虚なものだと考えているわけです。
その見方で言えば、東京タワーだってひどく空虚なもののはずです。ぼくの小さい頃に、遠い親戚で、よく海外に行っているおばさんがいました。1960年代前半でしたが、しょっちゅう海外に行っているものだから、日本を馬鹿にしていて、「エッフェル塔と比べると東京タワーはしょぼい」と言っていた、「風が吹くと揺れる」って(笑)。三島も東京タワーについて聞かれれば、「ただの真似で恥ずかしい。二度と建てないでほしい」と言ったのではないでしょうか。でも、戯曲を読むと、東京タワーについて、そんなにシニカルな目線があるだろうか。意外にそうでもないんじゃないかと思うんですね。
高度経済成長期の初期の段階では、まだ、三島も未来を信じられたのかもしれない。いくら「東京大空襲の火で全て失われて、空虚だ」と口では言っていても、右肩上がりの時代精神に染まっていたかもしれない、という気もしないではない。今回は、そういうところも、三島という人を読み解く上で、おもしろいかもしれないと思っています。
■情緒に没しない知性の怪物
ぼくは演劇の様式性を20数年追求してきましたので、その成果を黒蜥蜴の人物造形に活かしたい。一方、明智小五郎は、「論理」が着物を着ている、知性の怪物として演出します。日本語をしゃべりながら情で成立していない身体をつくるのは容易ではありませんが、三島ががんばっているところです。
川端康成、谷崎潤一郎、三島由紀夫…翻訳されても論理性が残ることにトライした作家たちがいます。中には安部公房のように日本語としては痩せたもの、カラカラに乾いたもの、頭の中で最初から英語で考えられているような独特のアプローチもあったと思いますが、三島は、いっけん日本語でしかできないだろうと感じられるレトリックをおもいきり使います。日本語のわかる人は、「この文学は日本語がわかる人でないとおもしろくない」とちょっと思うわけですが、天ぷらの衣をはぎ取った時に出てくるエビは、ヨーロッパでも通用するようにつくってあります。
明智も黒蜥蜴も怪物です。2人の怪物……『サド侯爵夫人』で、ルネは「私は貞淑の怪物になる」と言うんですね。貞淑を論理的に突きつめて行けば、普通の人が考える「貞淑な女房」では全然なくなります。三島の場合、自分の中にある相容れない2人、3人を想定し、対話させることで、論理性をつくっていきました。三島の体の中にあった相容れない2つを、それぞれ歪なままに形象化できれば、戯曲の身体化が可能になるのではないかと思います。
三島が考えた西洋対東洋、欧米対日本、その演劇上の闘いを、きちんとやりたい。歌舞伎の演出のおもしろがらせ方もうまく取り入れています。戯曲のシアトリカルな楽しみはなるべく残し、演劇を初めて観る人にも、演劇ならではの楽しさを感じてもらえると思います。
■「演劇の教科書」を目指して
SPACのレギュラーシーズンのプログラムでは、もし演劇の教科書がつくられるならば、必ず掲載されるだろう作品群を選んでいます。何年か観劇すると、演劇史の基本知識が身につくプログラムです。
音楽や美術に比べ、演劇は、学校教育で習いませんよね。音楽と美術は、学校の教科に入っていますから教科書があります。演劇は教科書がないので、シェイクスピア(※)とチェーホフのどっちが昔の人かと言われても、ほとんどの日本人はわからないのではないでしょうか。何でもそうですが、基礎知識を持っているほうがいっそう楽しめますし、外国の人と話すと、教養として演劇の知識を求められる場合が多いです。
また、商業的な観点から今の日本で受ける演目を選ぶと、偏った紹介になってしまいます。SPACは公立劇場ですから、世界のあらゆる地域や時代の古典と呼ばれる演目を、少しずつでも観てもらいたい。
そう考えた時に、日本の劇作家で誰を選ぶべきか。世阿弥、近松門左衛門、鶴屋南北、三島由紀夫、それから泉鏡花…そういう感じではないでしょうか。世界的な知名度で言えば、世阿弥、近松、三島でしょう。中学や高校の国語の授業で夏目漱石を1回は読んでおくべきだというのと同じ意味で、SPACのプログラムに三島が入っているべきだと考えました。
三島はたくさんの作品を書きましたが、歌舞伎の戯曲もあれば、いわば背徳的な、あえてスキャンダラスでセンセーショナルな作品も書いている。三島という人は、色々な方向に欲を持った人で、芸術の世界、文壇や演劇界だけにとどまっているのはおもしろくないと考えていました。違う言い方をすれば、新聞の文化欄ではなく社会面で取りあげられるような作品をつくろうとしていた。三島の作品は、光の当て方によっては世俗的です。
鑑賞事業の公演では中高生に観てもらいますので、教育の一環。SPACのプログラムとして選ぶ時には、普遍性の観点から戯曲を見直していく必要があります。その上、一般的な意味でワクワクする魅力を持った作品でないと、初めて演劇を観る中高生には難しいでしょう。
『黒蜥蜴』は、作家自身が抱えていた問題がはっきりと表れていると同時に、観客を楽しませる要素も盛り込まれていて、その基準にぴったりだと考えました。演劇の魅力を探しに劇場に足を運んでいただければと思います。
聞き手・構成:西川泰功
※註
・シェイクスピア:イギリスの劇作家・詩人。1564年生まれ、1616年没。四大悲劇『ハムレット』『オセロー』『リア王』『マクベス』等、37編の戯曲を残した。世界で最も有名な劇作家と言っても過言でない。
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1~2月 SPAC新作
『黒蜥蜴』
演出:宮城聰/原作:江戸川乱歩/作:三島由紀夫
音楽:棚川寛子/舞台美術:高田一郎/照明デザイン:沢田祐二
出演:SPAC
静岡芸術劇場
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