宮城作品においては、俳優による打楽器の生演奏が作品を構成する重要な要素の一つになっています。もちろん、新作『冬物語』でもそれは健在。そこで、このたびその音楽をつくっている舞台音楽家・棚川寛子さんに、お話を伺いました♪ 棚川さんはなんと楽譜が書けない!?そうですが、その作曲の舞台裏とは・・・?
(本インタビューのショートver.は、12/15発行の「グランシップマガジン」に掲載されています)
==========
宮城演出作品に欠かせない俳優による生演奏
目指すのは、動き・台詞・音楽の三位一体
――まずは、棚川さんのお仕事について教えていただけますか?
肩書きは「舞台音楽」を名乗っています。もともと肩書きはなかったのですが、学校でワークショップなどを行う際に肩書きがないと不便だと言われたことがありまして。音楽家でもないし、俳優でもないし、バンドをやっているわけでもないし……と悩んでいたところ、「舞台の音楽を作っているから、『舞台音楽』でいいんじゃない?」とのアドバイスをいただき、以来、舞台音楽という肩書きを使っています。
芸術総監督・宮城聰演出のSPAC作品を観たことがある方ならご存じだと思いますが、宮城作品ではよく、劇中で音楽が生演奏されます。その音楽を作るのがSPACでの私の仕事です。ちなみに、演奏しているのは音楽家ではなく出演している俳優たち。このスタイルは宮城作品ならではで、俳優に曲を覚えてもらうのも私の仕事です。
――どのような流れで音楽を制作されているのでしょうか?
台本が出来上がるタイミングや制作期間などにもよりますが、まずは台本を読んで、全体の流れを考えます。台本が楽譜代わり、という感じでしょうか。でも、曲のイメージが一番湧くのは稽古場なんです。俳優の声も作曲の重要なヒントとなるので、稽古を見ながら作曲することが多いですね。
曲ができたら俳優に演奏を指導していくわけですが、実は私、楽譜が読めないし、書けないんですよ。音符はオタマジャクシにしか見えない(笑)。だから、教えるときは自分で実際に演奏して、「こんな感じかな」と説明しています。1人に教え終わったら、その人が練習をしている間に別のパートを担当する人に教えるというのを繰り返して、5人ぐらいに演奏を教え終える頃に1曲仕上がっているという感じです。びっくりするぐらいアナログですよね。俳優からも「楽譜を書けるようになってよ」と言われます(笑)。あ、努力しようとは思っているんですよ!
――どんな楽器を使っているのでしょうか?
使用する楽器は打楽器がメインです。音階がある楽器も叩けば音が鳴るものばかり。楽器の演奏経験がない俳優も多いので、特別な技術がなくても音が出るという点が大切なんです。
――作曲には時間がかかりますか? それともすぐに思いつくのでしょうか。
作品によります。SPACの作品でいうと、2017年2月から再再演となる『真夏の夜の夢』は、曲の完成がかなり早かった作品の1つです。野田秀樹さんの脚本がとてもリズミカルだったおかげで、曲が浮かびやすかったのをよく覚えています。ほかには、三島由紀夫作の『黒蜥蜴』もわりとすんなり作曲できましたね。もともとの文章に力があるといいますか、文章自体が音楽を持っているといいますか、そういった作品は、どんな音楽が良いのかを台本が教えてくれる感じで、わりあいスムーズに進みます。
ただ、そんな風に順調に出来上がることなんてほとんどなくて、たいていはものすごく苦しみます。正直、音楽をつくるのは毎回しんどいです。好きでやっている仕事なんですけど、それでも、「しんどい」「もうやだ」「今回こそ間に合わない」と思いながらやっています。
――先ほどのお話にもありましたが、練習もかなり大変そうですね。
そうですね。俳優から私に、「申し訳ないんだけど、いったん練習やめてもいい?」と泣きが入ったこともあります。男性の俳優にグロッケンという楽器のパートをお願いしたときのことです。彼に担当パートを教えたあと、それを延々と繰り返し演奏してもらっていたんですよ。その曲を聴きながら、次のフレーズを考えようと思って。でも、なかなかひらめかなくて……。ついには、俳優が音を上げてしまいました。グロッケンは鍵盤がすごく小さくて、それを手の大きな男性俳優がずっと演奏するわけですから、窮屈でしんどかったはず。「頭がクラクラしてきた」と言っていました。あれは申し訳ないことをしましたね。
また、演奏の練習のために演じている俳優が台詞を繰り返し言わなければならないときもあって、演技するほうも大変なんです。たとえば、演技している俳優の台詞がきっかけで、音楽がはじまったり、終わったりする場面があります。こういう場合は、俳優に実際に台詞をしゃべってもらって、それに合わせて演奏の練習をしなくてはならないため、台詞を話す俳優のほうが先に疲れてしまうこともあるんです。はじめのうちは本番同様に声を張って台詞を言っているのですが、それをずっと続けていると喉が辛くなってしまう。だから、「すみません、声のボリュームは落とさせてもらっていいですか?」と言われたりします。
演奏は演奏だけ、演技は演技だけ、と別々に練習できたら効率が良いのですが、演出上、演奏と演技を一緒に練習しなくてはならないことも多く、時間はものすごくかかりますね。
――演技もして演奏もして…。俳優さんたちは大変ですね。
本当に大変だと思います。台詞と動きを覚えるだけでも大変なのに、そこに演奏が加わるわけですから。当然、練習時間も長くなりますし、上演中も、自分の出番がない間は舞台の袖で休む、ということもできません。まるでトライアスロンのよう。宮城作品に初めて参加する俳優の多くが、「こんな面倒くさいやり方するの?」と驚きます(笑)。
さらに、上演中の舞台と並行して、次の作品、そのまた次の作品という具合に、1日に3作品分の本番や稽古をすることもあって、そんなときは頭を切り替えるのがとても難しいんです。
――指揮者も俳優さんがやっていらっしゃるんですよね。
そうなんです。指揮者がまた大変な役目でして……。指揮の動きが目立つとお客様の観劇の邪魔になるので、宮城からは「指揮を振っている腕がお客様から見えないよう、指揮者は自分の体の幅のなかで手を動かして」と言われます。だから、その通りに極力腕を動かさないように指揮をするわけですが、そうすると、端のほうにいる演奏者には指揮が見えにくい。当然、俳優たちからは、「指揮が見えにくいからもっとはっきり振ってほしい」「終わるタイミングがわからない。どうにかして」といった要望が出ます……。
――『真夏の夜の夢』のように上演が2回目、3回目となる作品は、音楽も以前と同じなのでしょうか。
再演、再再演にあたり曲に多少手を加えることはありますが、基本は、以前と同じ曲での上演となります。だから、以前と同じパートの演奏を担当する俳優は、少しは負担が減るかもしれません。ただ、配役が変われば出番のタイミングも変わるので、当然、パートや担当楽器が変更になることも……。また、俳優によって得意不得意があるので、自分の配役が以前と同じで「だから担当する演奏パートも同じだ!」と喜んでいたら、そのパートが別の俳優の担当に変更されてしまい、「え、俺も覚え直し!?」という羽目に陥ることもあります。
――ただ、楽譜がないわけですよね? 楽譜がない音楽を皆さんどのように覚えているのでしょうか。
過去の上演の映像があるのでそれを見て思い出す感じですね。あと、自分が担当したパートを楽譜に残している俳優もいます。私が楽譜を書けないので、俳優が逆にしっかり楽譜を書いているという……。ひどい話ですよね(笑)。
もちろん、私と同様に楽譜を書けない俳優もいます。楽譜が書けない俳優は、普通のノートに「○○○のシーン、適当にいい感じに」とか「楽器は△△△。ダダズダ」とか書いてあるだけ。これ、楽譜っていうの?みたいな(笑)。
(後編につづく)
================
SPAC秋→春のシーズン2016 ♯4
シェイクスピアの『冬物語』
一般公演:1月21日(土)、22日(日)、29日(日)
2月4日(土)、5日(日)、11日(土)12日(日)
演出:宮城聰 作:ウィリアム・シェイクスピア 翻訳:松岡和子
音楽:棚川寛子 出演:SPAC
静岡芸術劇場
*詳細はコチラ
================