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2022年6月22日

「ふじのくに⇄せかい演劇祭2022」レポート(SPAC文芸部・横山義志)

横山義志(SPAC文芸部)

 
「ふじのくに⇄せかい演劇祭2022」では、3年ぶりに海外アーティストを招聘し、4月29日から5月8日までの会期を無事に終了することができました。「くものうえ⇅せかい演劇祭」となった2020年以来、コロナ禍の影響はまだまだ続いていますが、相変わらずかなりのすったもんだはあったものの、どうにか「国際演劇祭」らしくなりました。10日間を写真とともにレポートします。

★4月29日(土)・30日(日)
『カリギュラ』

ブルガリア・イヴァン・ヴァゾフ国立劇場『カリギュラ』は、まさに波乱の幕開けでした。なんとか総勢34人が渡航できたと思いきや、初日の一週間前、上海ロックダウンの影響で貨物が間に合わないことがわかり、代わりの舞台装置・衣裳・小道具を3日で用意することに…。それでも、どうにかこうにか幕を開けることができました。あまりに強大な権力をもってしまった独裁者の狂気を描く『カリギュラ』は、ふたたび戦火の時代を生きる私たちに響く舞台となりました。ドブレヴァさんは、この独裁体制が「庶民の夢」から生まれたものなのだともおっしゃっています。
ブルガリアは演劇が盛んな国で、一世紀以上の歴史を誇るイヴァン・ヴァゾフ国立劇場ですが、来日は初めて。初日の終演後には、アラバジエヴァ駐日ブルガリア大使から日本語でご挨拶をいただき、今後の交流の礎となるような公演となりました。
 



★4月29日(土)・30日(日)
『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』

そしてすっかり定番となった日本平・有度山での『ふたりの女』初日は大雨…。『私のコロンビーヌ』上演のために来日していたオマール・ポラスさんが「こんな雨で上演するのは世界でもSPACくらい」とおっしゃっていましたが、それでも本気の雨具で上演を心待ちにしてくださるお客さまがたくさんいらしたことに心を打たれました…。今回は4回目の上演となりましたが、伊豆の精神病院や富士スピードウェイなど、話の半分くらいは県内で展開することもあり、思い入れをもってくださっている方も少なくないようです。俳優がセットの廃材の山の上に飛び乗り、スタスタと歩いていく場面では、今にも滑り落ちないかと、観ているほうもドキドキでしたが、日本平の森のなかにヒロイン(のうちの一人)のアオイが消えていく場面がひときわ美しく見えました。
 



★5月3日(火・祝)・4日(水・祝)
『私のコロンビーヌ』

この作品は「ふじのくに⇄せかい演劇祭2020」で上演予定だったのですが、2年を経て、ようやく静岡でご紹介することができました。始まりはコロンビア、アンデス山脈の文字を読めない農民の息子が学校で読み書きを学び、本を通じてヨーロッパに憧れ、なぜかスイスで劇場のディレクターになってしまったというオマール・ポラスさんの半生に触れると、演劇がこれだけ人生を変えうるんだと実感させられます。広場トークで司会をしてくださった中井美穂さんは「日本中全ての劇場でやるといい、と思った」とおっしゃってくださいました。
一見するとシンプルな一人芝居なのですが、今回静岡芸術劇場という大きな舞台で上演することになって、オマール・ポラスさんたちは照明に徹底的にこだわり、日本語のセリフも交えるなど、数年前にアヴィニョンの小さな劇場で観たバージョンからだいぶアップデートされていました。
 

 



★5月2日(月)・3日(火・祝)・4日(水・祝)・5日(木・祝)
『ギルガメシュ叙事詩』

3月にパリの国立ケ・ブランリー美術館クロード・レヴィ=ストロース劇場で初演された『ギルガメシュ叙事詩』が、駿府城公園で野外バージョンとなってスケールアップ。ギルガメシュの物語をよくご存知という方は日本では多くないでしょうが、静岡版では県内各地の方言を駆使したあらすじ解説の寸劇「ミニギルガメシュ」も導入され、より親しみやすい作品になりました。今回はチェコを拠点に世界的に活躍する人形劇師・沢則行さんとのコラボレーション。沢さんが作成してくださった森を守る巨大な怪物フンババが、駿府城公園の木々を借景に登場。自分の街を飾るためにフンババを倒してレバノン杉を伐採し、永遠の命を求めたという4000年以上前の王の物語が、今こそアクチュアルなものであることが実感させられました。

 

★5月3日(火・祝)・4日(水・祝)・5日(木・祝)
関連企画 ストリートシアターフェス「ストレンジシード静岡」

ストレンジシード7年目の今年は気持ちのいいお天気に恵まれ、多くのお客さまにご来場いただきました。
ふだんは劇場で公演している演劇人やダンサーも、ストレンジシードでは街中や公園で作品を見せてくれます。静岡に住んで、ふだんは別の仕事をしたり、学校に通ったりしている人たちが、多くの観客や通りがかりの人の前で踊ったり、歌ったり。そして気がつくと、さっき出演していたアーティストが観客として隣で見ていたり。静岡で日々すてきな街をつくっている方々、それをもっとすてきにしようと全国からやってくるアーティストや制作者、そしてそれを楽しみに静岡内外からいらしてくれる方々のおかげで、いつもは足早に通り過ぎる街が、今年も人の顔が見える「劇場」になりました。年々の積み重ねで、この「まち」がもっと「劇場」になってきているような気がします。
 


★5月5日(木・祝)
関連企画 広場トーク

駿府城公園のフェスティバル・ガーデンにブルガリアから『カリギュラ』演出のディアナ・ドブレヴァさん、スイスから『私のコロンビーヌ』演出・出演のオマール・ポラスさん、そして南アフリカから『星座へ』コンセプトのブレット・ベイリーさんをお招きしてトークを行いました。南アフリカからの渡航者は隔離が必要になり、ベイリーさんは都内のホテルから直行して、なんとか開始直前にご到着。
そんななかで、「演劇はなぜ必要か」という問いに対して、三者三様のお答えをいただきました。「世界は神がつくった演劇で、人は演劇によって生きる理由を見出すもの」だというドブレヴァさん、「劇場は私たちの文明において、人々が思いを一つにすることができる最後の場」だとポラスさん。一方ベイリーさんは、「アパルトヘイト時代の南アフリカでは、西洋式の劇場で行われる演劇は黒人に対する白人の優位性を示すためのプロパガンダの装置でもあったので、単純に”演劇”全般を肯定するわけにはいかない」とおっしゃいます。それに対して宮城さんは、日本で戦時中に演劇人が戦争協力を行った事例に言及しながらも、「演劇は途方もない孤独に向き合うための精神の先端医療として、どんな地域、どんな時代でも必要とされてきたのではないか」と語りました。短時間ながら、「今の私たちにとって必要な演劇とは何か」を深く問いなおす時間になりました。

 


★5月6日(金)・7日(土)・8日(日)
『星座へ』

今年の演劇祭に向けて、南アフリカの演出家ブレット・ベイリーさんの別の作品を招聘する準備を進めていたのですが、オミクロン株の流行で渡航が困難になりました。南アフリカもコロナ禍で甚大な被害を受け、劇場閉鎖が長くつづいたので、ベイリーさんはそんななかでも上演できる作品を考えました。夜の森のなかで、火を囲み、アーティストの語りや歌を聞いたり、踊りを見たりするひととき。これは人類が最も古くから行っていたパフォーマンスの形態なのかもしれません。静岡版ではSPAC文芸部大岡淳のキュレーションで、全国から11人のアーティストが選ばれました。日本平の森に夜が訪れると、次第に鳥のさえずりが静まっていき、蛙の鳴き声が響きはじめ、やがて虫の声が支配するようになります。一晩中つづく森の生き物たちの交歓のなかで、はかない人の行いがいとおしく思われる貴重な時間になりました。お客さんからは「毎年やってほしい」との声も聞かれました。
 
世界中で、少しずつ演劇の国際交流が息を吹き返しています。日本でも遅ればせながら、ようやく海外のアーティストを招聘できるようになりました(まだまだかなり大変ですが…)。インターネット上で世界中のものが見られる時代になりましたが、それでも私たちは「自分が見たいもの」しか見ることができません。海を越えて人が来ることで、自分が見ようともしていなかった世界が、自分に迫ってくる。「ふじのくに」と「せかい」がダイレクトにつながる「ふじのくに⇄せかい演劇祭」らしい感覚を、久々に味わうことができた演劇祭になりました。
 
ふじのくに⇄せかい演劇祭2022
https://festival-shizuoka.jp/
2022年4月29日(金・祝)~5月8日(日)
静岡芸術劇場、舞台芸術公園、駿府城公園ほか