LESSON3「儀礼」
4日目。WS最終日です。5人の現地(日本の)出演者が決まります。
昨日来日した美術担当のガブリエッラが稽古場に来てくれて本番で行うシーンを見せてくれました。とても美しくて残酷なシーンでしたが、ネタバレになってしまうので書けません。残念。それは小道具が多く登場するシーンなのですが、1つ使いにくい小道具がありました。この小道具は使えないかも、と3人に伝えるととても驚いていました。文化の違いを強烈に感じたようです。
美しいシーンを見た後はみんなでシーンの創作です。「変身を感じる儀式的なシーン」というお題です。2グループに分かれてシーンを作り、感想や意見を述べ合う時間になったのですが、パティから「親密さはあったか?」と問いかけられました。
親密さってなんでしょう?
2人の説明を聞いて理解した俺の解釈なので、間違ってるかもしれませんが、こんな感じ。
儀礼は遊びから生まれる。混沌とした遊びから、ルールのあるゲームになり、一般化された儀式になる。
たとえば、鬼に触られると動けなくなるが、頭をなでられるとまた動けるようになるという鬼ごっこが生まれたとする。それが長い年月をかけて儀礼的なものになる。普段の生活の中に見えない鬼がいて、ツカ(憑か)れたり、ケガ(穢)された人はある場所にいき、いつもとは違う服をきて、ツカれたり、ケガされていない人に頭を小枝で軽く叩かれるとまた、普段の生活に戻ることができる・・・みたいな儀式に。
いまある様々な儀式や儀礼もそんな風に遊びから生まれたんじゃないかな。
儀式、儀礼は認識を共有することに役立ちます。20歳になって成人式にでることで大人になったって、みんなが知るわけです。
儀礼における1つ目の親密さは、社会との、他者との繋がり。2つ目は過去の記憶との親密さ。今いる社会を作ってきた先祖も同じような儀式をしていたわけだし、もっと古代の人も、それは遊びやゲームだったかもしれないけれども同じようなことをしていたわけです。儀式によって、過去を思い出すわけです。
・・・濃密な四日間でした。楽しかったー。そして、最後のインタビュー。
・稽古場の暗闇は全然怖くないんです。むしろ、安心する。寝室にいるときの闇のほうが怖い。幽霊がいるような気がして。(Q.他者の存在を感じることで安心や恐怖っていう感情が生まれるってことは、存在感みたいなものに良くも悪くも惹かれるってことなんじゃない?)考えたことないですけど、そうかもしれないですね。幽霊に出会ってしまったら、どうなるんだろう。そういえば、遠くで聞こえる枝のこすれる音とか好きなんですよ。(女性)
・心が閉じちゃうときがあります。頭で考えてしまうというか。もっと心を開かないと・・・。(Q.心を開いてどうしたいの?)えー?どうしたいんだろう。いままで孤独感みたいなものを感じてたから、それを解消したいのかな?(Q.心を開いたり、閉じたり、ということをコントロールしたいっていうのとは違うのかな?本当は孤独感って、嫌いじゃないんじゃない?)言われてみれば、嫌いじゃないですね。そう、開きたいときに開くことができて、閉じたいときは閉じたいんです。孤独感というより、うまく自分をコントロールできない無力さを感じてたのかもしれないです。(女性)
・感覚とか他人を意識するとか、そういう方法論が演劇にあることは知ってたけど、あまり興味がなかった。OWSに参加したが、正直、興味がわいたとはいえない。でも、気持ちが落ち込んでて、死んだようになっていたので四日間、ここにいれたこと、みんなと色々やったことで救われたような気がした。(女性)
『よく生きる/死ぬためのちょっとしたレッスン』は単にゲームを楽しみましょう、という参加型の公演ではなさそうです。五感を呼びおこし、自分の体にストーリーを生み出す。そして、それはちょっとしたルールによって、会場に来た人たちと共有できる。凝縮された体験に満ちた「経験型の公演」なのです。
レポートは終わり!いかがでしたか?雰囲気をお伝えできていればいいのですが。それでは!
Photo : Chiye NAMEGAI
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『よく生きる/死ぬためのちょっとしたレッスン』レポート
LESSON1「耳を傾ける」
LESSON2「ゲーム」
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