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2015年3月20日

【新人は見た!/『盲点たち』稽古場日記】vol. 2 戯曲と翻訳について

 本日、翻訳家の平野暁人さんから新しい台本が届きました!
 今回は、戯曲と翻訳についてご紹介したいと思います。

 まずはモーリス・メーテルリンクMaurice Maeterlinckについて。

 メーテルリンクは19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した、いわゆる「象徴主義」時代の作家です。日本でも大正期にブームとなり、多くの作品が翻訳されました。中でも『青い鳥』や『ペレアスとメリサンド』は日本人にとっても馴染みの深い作品ではないでしょうか。『群盲』《Les Aveugles》(※SPAC版では『盲点たち』)は、上記の作品が書かれる前に書かれました。「死」をテーマに、日常生活に溢れている人間の悲劇性をピックアップした作風が特徴です。誰にでも分かる簡素な言葉と、「こういう人いるよね」と思わせるような登場人物を用いて、人間存在の普遍的で、深いテーマを彷彿とさせます。

 演劇祭期間中の4月28日(火)には「目に見えぬ美をめぐって-反自然主義の系譜-」と題してメーテルリンクから現代までの演劇史を紐解くレクチャーを行います。(詳しくはこちら

 レクチャーもとっても楽しみですが、日々稽古場で変わっていく翻訳もとても刺激的です。拙いながらも私、SPAC新人の横田が今回の戯曲翻訳についてご紹介差し上げたいと思います。

 今回、メーテルリンクの『群盲』《Les Aveugles》を平野暁人さんによる新訳によって上演します。SPACのクリエイションでは、新たな翻訳を行うことも珍しいことではありません。演出家ダニエルが日本語の一音一音に耳を傾け、平野さんが稽古場で俳優の演技を見ながら、最初に脱稿した台本を修正していきます。
 新たな翻訳を使うことに決めたのは、ダニエルが「現代人の使う言葉遣いで改めて上演したい」という演出意図に基づくもの。メーテルリンクの言葉はありふれた表現で、至極簡素な言葉であること。またそれによって一つ一つの単語が多様な意味を持って響くこと。ダニエルはメーテルリンクの文体を日本語でも尊重したいと考えています。

 もちろんこの翻訳、一筋縄ではいきません。フランス語が簡素であればあるほど、音と意味が深いつながりを持つので、日本語が元来持っている音と合う音を探していく必要があります。発語としての言語である、戯曲の翻訳ならではの難しさです。

 まずダニエルが注意深く直していったのは、繰り返しの表現です。目が見えない登場人物たちは、「ジュ・クロワ・クJe crois que(~と思う・信じる)」や「イル・ム・サンブル・クIl me semble que(~のように思え
る)」などといった推量の表現を多用します。普通の人の会話であれば「ねえ、あそこの人、美人だね」「そんなことないよ」というところを、視覚を頼りにせずに言おうとすると「ねえ、あそこの人、美人のように思えるんだけど」「そんなことないように思えるんだけど」となります。美人がそこにいるのかいないのか、聞いている第三者の方もよく分からなくなってくる。そんなちょっと不思議な世界に引き込まれそうになりますね。目が見えない登場人物同士の会話に見られる、この不思議な世界が、繰り返しによって表現されています。翻訳の過程で、「ジュ・クロワ……ジュ・クロワ……」(croisはcroire「信じる」の一人称形)というフランス語のリズムを、日本語に移し変えていきます。

 また、ダニエルがしばしば耳を傾けていたのは、「おお!Oh !」や「モン・デュ!Mon Dieu !(神よ!)」などの感嘆詞です。全体に静かな戯曲ですが、世界を引き裂くように時折出てくる「おお!」という表現。これを日本語でどう表現するか。俳優の小長谷さんに何度も変更した台詞を言ってもらって、日本語としても変ではなく、原文の持つリズムを活かせる訳語を探していきました。

 そして何よりも大事なことは、今回の出演者の性格や感性に合う言葉遣いを探していくこと。ダニエルは言います。「この作品には、プロ・アマチュア問わず参加する。それぞれ違った人たちが、同じ空間に共存している。それはまさに共同体とは何かを問うことであり、人間性を扱うことだ。」プロ・アマチュアを含む12人の出演者たちそれぞれの声、それぞれの個性が台詞となって音楽を作ること。ダニエルが新訳に求めているのは、そんな日本語のリズムだそうです。……なんと、難しい作業でしょうか!
 翻訳家の平野さんは、毎日毎日、ダニエルや俳優さんと打ち合わせをして、微妙なニュアンスを調整くださっています。こうした地道な作業は本番時には気付かれないかもしれませんが、今回のクリエイションでは翻訳の第一稿ができてからも大分時間をかけながら台本の修正をしていきました。

 上演される頃には、台本に更なる変更が加えられるかもしれません。これからまだまだ進化する『盲点たち』……! これからどうなるのか楽しみです!

創作・技術部 横田宇雄
2015.3.19

「新人は見た!」・・・創作・技術部の横田が『盲点たち』のクリエイションから見える様々な見どころを紹介していきます。

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SPAC新作『盲点たち』
日時:4/25(土)、5/2(土)、5/4(月・祝)、5/5(火・祝) 各19時(集合時間) 
会場:日本平の森
http://spac.or.jp/15_the-blind.html
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