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2015年3月28日

*ふじのくに⇄せかい演劇祭2015 見どころ紹介(3)* 『メフィストと呼ばれた男』

文芸部 横山義志(海外招聘担当)

ふじのくに⇄せかい演劇祭2015の演目をランダムにご紹介していきます。
第三回目は、宮城聰演出によるSPAC新作『メフィストと呼ばれた男』
ナチス時代に国立劇場の芸術監督となった俳優をめぐる物語です。
 

クラウス・マンと『メフィスト』

この作品はドイツの作家クラウス・マンの小説『メフィスト 出世物語』にもとづいています。ドイツ語圏の劇場ではよくレパートリーに入っているようですが、日本で舞台化されるのはかなり稀なようです。ハンガリーの映画監督サボー・イシュトヴァーンによる『メフィスト』(1981年)はアカデミー賞で外国語映画賞を受賞したこともあり、日本でも公開されて話題になりました。

クラウス・マンは、『ヴェニスに死す』などで有名な小説家トーマス・マンの息子で、姉のエリカが女優だったこともあり、演劇界ともつながりがありました。クラウスとエリカはナチスの台頭に対抗するため、1933年に政治的キャバレー劇団「ペッパーミルシアター」を立ち上げ、人気を集めました。ところがその直後、ヒトラーが首相に任命され、ナチスが政権を掌握。二人は同年中にドイツを脱出しています。『メフィスト』は亡命中の1936年に、オランダのアムステルダムで出版されました。この年はベルリンでオリンピックが行われ、ナチス政権がその威光を見せつけた年でもあります。『メフィスト』がはじめてドイツで出版されたのは、これから二十年後のことでした。
 

本物の「メフィスト」

『メフィスト』の主人公ヘンドリック・ヘーフゲンのモデルとなったのは実在の俳優グスタフ・グリュントゲンス(1899-1963)。ゲーテ『ファウスト』に出てくる悪魔メフィストフェレスの役で有名になった名優です。この小説には「出世物語」という副題がついていますが、このグリュントゲンスは実際、ナチス政権下でベルリンにあるプロイセン州立劇場の芸術監督に就任し、当時のドイツ演劇界において大きな影響力をもつ存在でした。

でも、このグリュントゲンスはナチス党が政権を獲得する前からナチスを支持していたわけではありませんでした。むしろ、当初はナチスと対立する共産党に賛同し、「革命的演劇」を目指していました。グリュントゲンスはエリカ・マンとともにクラウス・マンの作品を1925年に上演しています。そしてその後1926年にはエリカと結婚したので(29年に離婚)、クラウス・マンの義兄でもありました。
 

このままでいいのか、いけないのか、それが問題だ

映画『メフィスト』では、1932年の総選挙でナチスが第一党になったのを知り、主人公ヘンドリックの妻や友人たちが次々とフランスやアメリカへと脱出していきます。それでもヘンドリックは「議会もあるし、まだ社会党も共産党もあるじゃないか。ナチスが好き放題にできるわけはないだろう。私には外国語で演技などできないし」と言って、ドイツに留まります。そしてメフィストを演じて名声を得ているヘンドリックに、次期政権で州首相になるという人物(プロイセン州首相となったゲーリングがモデル、今回の翻案では「文化大臣」)が声をかけてきて、ベルリンの州立劇場の芸術監督への就任を要請されます。ヘンドリックは、自分の友人たちを守ることができるのではないかと考えて、この要請を受け入れます。ところが、ヘンドリックはナチスの民族主義的芸術政策に適った発言を身につけていき、時流に抗うことができなくなっていきます・・・。

ドイツでも日本でも、1930年代初頭までは自由な雰囲気があり、ほとんどの人は、わずか数年のあいだにファシズム的な体制ができあがってしまうことを想像してはいませんでした。今こんな映画を観てみると、「ここで逃げればよかったのに」などと思ってしまいますが、実際に今、ここで生きている自分のこととして考えてみれば、自分のこれまでの生活を捨てていく、という選択はそれほど容易なものではないでしょうし、「ここで何か自分にできることがあるのではないか」という気持ちも当然あるでしょう。こういう状況に実際に自分の身を置いてみて考えることができるように、今回の演出ではリアリズムの演技を使う、と宮城聰は言っています(かなり珍しいです)。

今回上演されるのは、現代ベルギーを代表する作家の一人であるトム・ラノワによる、けっこう大胆な翻案で、主人公の名前はクルト・ケプラーとなっています(憶えやすくなってます)。クラウス・マンの原作は当然1936年までの話で終わっていますが、この翻案ではクルトの軌跡を1945年まで追っています。そして『ファウスト』だけでなく、シェイクスピア『ハムレット』、『リチャード三世』、チェーホフ『かもめ』など、数々の古典の名作を劇中劇として取り込み、その台詞が時代背景と絶妙に響き合うものになっています。こうすることで逆に、古典の台詞がもつ射程の深さも浮かび上がっていきます。

こんな状況になったらどうすべきなのか、一緒に考えてみたい方、そして古典劇が時代と響き合うのを見てみたい方にお勧めできる作品です。
 

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SPAC新作 演劇/日本(静岡)
『メフィストと呼ばれた男』
 演出: 宮城聰
 作: トム・ラノワ (クラウス・マンの小説に基づく)
 音楽: 棚川寛子
 空間構成: 木津潤平
 翻訳: 庭山由佳
 翻訳協力: 大西彩香
4/24(金)18:30、4/25(土)13:00、4/26(日)18:00
静岡芸術劇場
http://spac.or.jp/15_mefisto-for-ever.html
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