◆鈴木麻里(すずき・まり)◆
登場人物紹介◆リナ・リンデンホフ
女優で、ナチスの文化大臣・巨漢の愛人。
Q. 鈴木麻里さんの演じるリナ・リンデンホフはどんな人物ですか。
エミー・ゾンネマンさんという、ヘルマン・ゲーリングの愛人で、実在した女優がモデルになっています。エミーさんはチョコレート工場主のお嬢さんで、演劇学校は特待生として入学し、ワーマール州立劇場で長いこと主演女優を務めていたそうです。裕福な家で育ち、華々しいキャリアを持っていた人です。
リナはエミーさんよりも、もっと庶民的な育ちで、舞台ではこれまであまり大きな舞台や役に恵まれてこなかった女優、という設定になっています。そのぶん、ゲーリングの力で国立劇場に潜り込むときには、演じることへの欲望や不安で風船みたいにぱんぱんなのかも知れません。
Q. 文化大臣の愛人ということで、クルトが率いる国立劇場のメンバーに加わりますが、演技はあまり上手くないという、設定ですよね。
あんまり経験はない状態で、あこがれていた国立劇場の舞台に出られるという、チャンスが降ってくる。一生できないと思っていたような役をやらせてもらえるけれど、共演者が自分の演技には返しにくそうだなということは明らかに分かっている。けれどもその役をどうしてもやりたいという葛藤はある。だって女優だから。
リナはそもそも、舞台で演じることがものすごく怖い。だからすごく声を張り上げて、ポーズを決めないと、そこにいられない。自動的にそうなってしまう。それが思いっきりやっているとか、堂々としているとか、空気を読んでいないとか、人からは見えるんだと思います。だから、程よいリアクションがとれない100か0かの状態で、微妙な表現が出来ないんだと思います。心はチワワ、見た目はライオンみたいな状態です(笑)だから、演じているまさにその時に、いきなり誰かに「ヘタクソ」と言われたら、そのとたんに消滅してしまいそうな感じもあります。クルトのナチスについての台詞に「奴らの根拠のない自信の裏にあるのは、失敗への不安だ」というのがあるんですけれども、演じているリナはまさにそういう状態で、脆いものを抱えていると思います。
リナは普段は気が利いて空気も読めるから、空軍大臣のような人にも気に入られて愛人になることができました。私自身は、ふだん生きていて、本当に空気が読めない人間なので、一番大変なのは、よく気が利くふだんのリナを演じることです。(笑)
【稽古風景より:左よりリナ・鈴木麻里、巨漢・吉植荘一郎、クルト・阿部一徳】
Q. 作品の中で好きなシーンはありますか。
好きなシーンはラストシーンです。毎回いろいろなことを想像させられるシーンです。台詞を聞いていると、ナチス政権下の、この劇場のこの俳優の具体的な物語でありながらも、全然違う古代や未来のことまで同時に想像させられます。主人公のクルト・ケプラーは演技の天才です。いま、たまたまこの時はこの人の体の中に入っていたけれども、才能というものは一人の生涯の内にはおさまりきらない何かで、それは世界の中で、ずうっと流れている川の流れの様なものとしてあるのではないかと感じさせます。
クルト役の阿部さんがSPACのレパートリーで演じられた別の役のこともたくさん思い浮かびます。『マハーバーラタ〜ナラ王の冒険〜』の語り部であるヴィヤーサとか、『病は気から』の座長さん、『サーカス物語』のジョジョ、『忠臣蔵』の武士Cなど、数えきれません。クルトの生まれ変わりみたいだなあと思います。
作品の中で一番好きな台詞があって、「演劇?」っていうのと「ありがとう」です。どちらもこのラストシーンでクルトが言う台詞です。冒頭から3時間汗かいてひーふー言いながら“演劇”を上演してきた末に口からこぼれる「演劇?」っていう一言。それと、「ありがとう」。どちらも稽古である日、生まれてはじめて聞いた言葉みたいな感じがして、びっくりしました。ああ人って人生めちゃくちゃ苦労してぼろぼろになってゴールテープ切るまでに、「ありがとう」っていう言葉の本当の意味を知ることができたら万々歳なのかな、一生ってそういうものなのかなって、なぜか思いました。
そういう不思議なポケットのような場面が最後に待っている作品だと思います。
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SPAC新作『メフィストと呼ばれた男』
4/24(金)・4/25(土)・4/26(日)
静岡芸術劇場
http://spac.or.jp/15_mefisto-for-ever.html
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