◆中高生鑑賞事業「SPACeSHIPげきとも!」 パンフレット連動企画◆
中高生鑑賞事業公演では、中高生向けの公演パンフレットをみなさんにお渡ししています。パンフレット裏表紙のインタビューのロングバージョンを連動企画として、ブログに掲載します。
音響:加藤久直(かとう・ひさなお)
愛知県出身。2013年よりSPAC創作・技術部に在籍、音響班チーフ。
<音響の仕事との出会い>
————どのようにして、舞台の音響の仕事と出会ったのでしょうか?
もともと音楽が好きで、将来は音楽の作り手になりたいと考え、芸術大学を志望していました。が、高校生の頃、様々なデジタル・テクノロジーが急速に変革していく中、それらを生かせたら作り手として面白いのではないか?という考えが芽生え、結果的に大学は電子工学科に進みました。
しかし、卒業後、やはり作り手としての基礎も学びたいと思い、資金を貯めるアルバイトを探している際、たまたま音響スタッフを募集している舞台会社に出会い、そこに応募したのが舞台音響に関わるきっかけです。
そこで、初めて様々な舞台作品に触れたのですが、ロックやクラブ系の音楽一辺倒だった自分にとってはカルチャーショックで、どんどん舞台の世界に引き込まれていきました。
また、音響の仕事を始めた頃に、有名なプランナーさんが講師を務める演劇に特化した音響の講習があり、それに参加したことも大きかったと思います。その講習では、「舞台のある場所から音が聞きこえるようにしたければ、そこにスピーカーを置けばいい」と言われました。よくよく考えれば、非常に当たり前のことだったのですが、当時はその発想にかなりショックを受けました。それから、左右2つのスピーカーから、いかに心地よい音を出すのかだけではなく、奥行きがある世界を音で作っていく立体音響にどんどんはまっていきました。
そして、最初に入った会社に10年勤務した後、より広い経験を積みたいと思い、別の会社に移りました。そこでは、万博や甲子園、神戸ルミナリエのような主に大規模商業イベントのシステムプランや設備音響の施工・調整、またレコーディング等の仕事をしました。その後、諸事情により、再び別会社に移るのですが、そちらでは舞台音響に加えて、イベントやコンサート音響の仕事をさせていただきました。
そして、最終的にSPACにたどりついたのは、様々な経験を積ませていただいた結果、自分が一番好きなものは、やはり舞台(演劇)だったからだと思います。SPACには、2013年の4月から所属しています。
<空間に音で絵を描く仕事>
————舞台の音響とは、どのような仕事ですか?
舞台(演劇)の音響と聞くと、お芝居の中で求められる効果音や音楽を選んで、それを舞台の進行に合わせてあてはめていくのを、多くの方はイメージするかもしれません。しかし、それは音響家が仕事をする際の1つの手段でしかありません。また、音響というと、最先端の複雑な機械を前にして、それを操作している姿が思い浮かぶかもしれません。けれども、機材を使って音を電気的に操作することも、音響の仕事にとって絶対必要というわけではありません。
それでは、舞台音響の仕事は何かというと、それは役者さんの台詞や演奏家さんの演奏、再生される効果音や音楽など、劇場の中にある全ての音を、どのようにお客さんに聞かせるかを設計し決めていく仕事です。演劇は、戯曲があり、俳優、装置、照明等の様々な要素が集まって一つの作品になる総合芸術です。作品を構成するひとつの要素でしかない個々の音に、演目の充分な解釈と演出家の表現意図を理解した上で、いかに意味を与え、命を吹き込んでいくのかが問われます。
言い換えれば、額縁の形と画布の大きさが予め定められているキャンバス(空間)に、あるテーマに沿って、音という絵具を使ってどんな絵を描くか?という感覚に近いのかもしれません。
先ほど、音響の仕事では必ずしも電気は必要ないと言いましたが、たとえば、生楽器の演奏で楽音のバランスが空間上あまり好ましくなくなってしまった場合、それを解決するために、楽器の配置変更を提案することもあります。場合によっては、舞台装置家さんに、演奏家さんの近くの舞台装置の形状や材質のご相談をすることもあります。
舞台は多くの要素から成り立っていますから、今そこでは何が優先事項なのかを考え、その場その場でとりうる解決方法の中から、最善なものを選択します。
<目に見えないからこそ、イメージを湧き上がらせる音の力>
————舞台音響の仕事の魅力は何でしょうか?
まず、目に見えないものを扱っているということです。舞台の他の裏方さんたちは、装置や衣裳、照明など何かしら目に見えるモノをあつかっている中で、音響は目に見えないモノを扱っています。そして目に見えないモノを扱うことで、目の前に見えているものとは別の情景をお客さんにイメージさせることができるのが、音響の魅力だと思います。
もうひとつは、舞台音響は裏方でありながら、上演中は演者さんたちと同じように演じながら上演時間を過ごすことのできるセクションだと思っています。どういうことかというと、効果音や曲は素材としては毎回同じものを使っていても、それをどういうタイミングで、どういう音量でどのように再生するのかといった操作の仕方ひとつで、そのシーン全体がお客さんに与える印象はとても変わってきます。毎回上演中に、役者さんの演技や、お客さんの反応を見ながら、そういう微妙なコントロールをリアルタイムで出来るのも、舞台音響の面白さであります。
<常に3つの耳を持つ?>
————音響の仕事をする上で、心がけていることはありますか?
オペレーション(音響操作)をしている時には、常に3つの耳を持てるように心がけています。3つというのは、お客さんの耳、舞台上で演じている人の耳、そして音響家としての耳です。音響の仕事をするには、この3つを持って、そのバランスを常にとれることも大切だと考えています。どれかひとつに偏ってしまうと、うまくいかないと思っています。
もう少し具体的にご説明すると、本番でオペレーションをするスタッフは、それまでに何回も稽古をしていますから、台詞も音を出すきっかけも、ほぼ頭の中に入っています。けれども、お客さんの大部分は、その舞台をその日初めて観ます。そういうお客さんが、今どういう心境でこの場面をみているのだろうかと考えられるのが、お客さんの耳です。
2つ目の演じている人の耳は、今鳴っている音が演者さんたちには、どのように聞こえているのだろうか、演者さん達が、今どういうテンションでこのシーンをやっていて、これからどうもっていきたいと思っているのだろうか、ということを考えられる耳です。長期公演時には、時として、どうしても演者さんたちのテンションが下がってしまう時もあります。そういう時には、どのように音が入れば、テンションをあげて良い状態に持っていってあげることが出来るのか、ということを意識しながら音を出すこともあります。
そして、最後には音響家として音質などの細かい部分を考えている耳があります。
舞台(演劇)音響のプロとして大事なことは、この3つの耳をバランスよく保ちつつ、音も舞台を構成する要素の一つであることを常に意識出来ているかどうかだと思います。音を出すということは、音を出す瞬間にどうやってこの音が消えるのかまで先読みし、常にその時間の中にあるその音に必然性を持たせてあげる。そうやって音に命を吹き込んであげるということが必要だと考えています。
————『薔薇の花束の秘密』はどんな作品ですか?
この作品は、いろいろな裏切りや失望を経験して、人を信じられなくなっても、それでも何かを信じたい、失望に対するおびえと裏腹でも希望を持ちたい、と願う人間の姿が描かれていると思っています。二人の関係は緊迫した場面もありますが、どこかユーモラスな部分もあります。音響としては、観終わった後、お客さんの中に何かあたたかいものを持ち帰って頂けるような、そんな手助けが出来たらと考えています。
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12月 SPAC新作
『薔薇の花束の秘密』
演出:森新太郎 作:マヌエル・プイグ 翻訳:古屋雄一郎
出演:角替和枝、美加理
静岡芸術劇場
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