ブログ

2016年4月8日

『イナバとナバホの白兎』~新作誕生までの道のり~vol.5

SPAC活動をいつも支えてくださるSPACシアタークルーのみなさん。
『イナバとナバホの白兎』の作品も演目担当クルーとして支えてくださるシアタークルーメンバーがいます。
そのひとり松本孝則さんが『イナバとナバホの白兎』観劇前のヒントになればと書いてくださったブログをご紹介いたします!

松本さん

***********
 
 『イナバとナバホの白兎』という演目名を初めて目にしたとき、これはイナバとナバホの語呂合わせか?と思いました。ナバホ族というアメリカインディアンのことは、以前テレビのドキュメンタリーで見た覚えがあったものの、「イナバの白兎」とはつながりようもありませんでした。

 イナバの白兎伝説が北米の先住民に伝わっていた、という壮大な神話伝承の仮説を読み解こうとする、今回の宮城SPACの挑戦。ちょっとその前に、北米の先住民族、ナバホ族のことについてまとめてみました。

 ナバホ《涸れ谷の耕作地》

 「コロンブスがアメリカを発見したのではない。俺たちがコロンブスを見つけたのだ。」 1492年、西回り航路でのインド到達をめざしたコロンブスが、バハマ諸島の小島(サン・サルバドル島)にたどり着き、ヨーロッパ人にこの新大陸の存在が知られるようになるはるか昔より、100万人ともいわれる先住民がこの大陸で独自の文化を築いてきた。ネイティブアメリカン、いわゆるアメリカインディアンと呼ばれた人たちのことだが、北米だけでも、言語や文化の違う500以上の部族があったといわれる。

 アメリカの開拓時代の西部劇によく出てくるアパッチ族やコマンチ族は、“ホースインディアン ”つまり、スペイン人が持ち込んだ馬をいち早く取り入れて、バッファローを狩る狩猟民族、好戦的な戦士としてえがかれることが多い。それに対して、ナバホ族のような農耕民族もたくさんいた。ナバホ族がアメリカ南西部に住み着いたのは、14~15世紀といわれているが、もともとはトウモロコシなどを育てる農耕民族だったが、アステカ帝国を滅ぼして北上してきたスペイン人から馬と羊を手に入れ、以後羊はナバホの大切な食糧になると共に、その毛糸を使った“ナバホラグ”とよばれる精巧な絵柄の敷布は、貴重な交易品となった。

 ナバホ族は母系社会で、放牧も織物も女性の仕事とされ、男性の仕事は、トウモロコシの粉ひきと他の農耕部族からの略奪であったといわれる。定住に必要な独特の 伝統住居は“ホーガン”とよばれ、木組みと土で作られる。イヌイットの伝統住居である「イグルー」やモンゴルの遊牧民族の「パオ」にもよく似ている。

040601

 第二次世界大戦では、米国籍を与えられた4万人以上のインディアン男性が、米軍兵として従軍した。この中で、ナバホ族の言語は、対日本戦において暗号として用いられたことがよく知られている。ナバホ語の複雑に変化する語尾や発音は、ナバホ族以外には理解不可能なもので、この特性に目をつけたアメリカ軍は、彼らを暗号専門の部隊として徴用し、太平洋戦争において大きな成果を上げた。

 かつて、古代人の多くは、自然の中で偉大なる創造主のもとで生きるというライフスタイルをもっていた。とりわけ農 耕民族にとっては、その創造物である人々、動物、鉱物、水、火、風、空、大地など、私たちとともに存在するすべてとつながりをもつことが、人としての「道」とされた。また彼らは「すべてのものに精神が宿っており、相互依存し、一つの大きな輪の中で生かされている。」と考えた。

 この世界観を象徴するものとして、“メディスンホイール”「聖なる輪」「生命の輪」というような内容を意味し、仏教の曼荼羅、神道の鏡、イングランドのストーンヘンジ、そしてナバホには祈祷の時にメディスンマン(祈祷師)によってえがかれる“砂絵”がある。

040603
 
 今年のせかい演劇祭で宮城さんの演出する『イナバとナバホの白兎』には、いわゆる台本というものがない。2時間の大作にもかかわらず、俳優が手にしているのはA4で9枚の一見台本のようなもの。その台本のようなものを手掛かりに、俳優たちがああだこうだと言い合ったり、動いたりしているのを、先日の稽古で見せてもらった。

 宮城さんがブログのインタビューの中で、「果物が熟れるように、ある集団の歴史の中で、集団創造にふさわしい時期というものがおそらくある」と述べている。2007年に宮城さんがSPAC芸術総監督に就任して9年、この宮城さんの言葉を『イナバとナバホの白兎』に出演する俳優たちはどのような思いで受け止めたのだろうか。

040602

 集団創造にはチームワークは必要だろうが、それ以上に一人一人の思いや葛藤、そしてそれらのせめぎあいが求められる。そんな場面では、チームワークはかえって邪魔なものになってしまうのかもしれない。文字をもたないナバホの祈祷師(メディスンマン)が、口述伝承していった神話を一つのテーマにした今回の芝居を、俳優たちはきっと悪戦苦闘しながら読み解いているに違いない。宮城さんがSPACのメディスンマンのようにも見えてくる。

 『イナバとナバホの白兎』が駿府城公園の特設舞台で上演されると聞くと、どうしても昨年同じ場所で演じられた『マハーバーラタ』のことが頭をよぎる。遠くの市街地のビル群をシルエットにして、あ の円形の舞台で繰り広げられた祝祭音楽劇は、阿部一徳さんの圧倒的な語りに誘導されながら、時空を飛び越えて自由自在に私たちを遊ばせてくれた。『マハーバーラタ』ではダマヤンティ姫の冒険の旅だったが、今回の『イナバとナバホの白兎』でも、うさぎ、神々、双子の兄弟たちがそれぞれの思いをもって旅に出る。旅の途中に出会う動物やさまざまなものとの駆け引きや共感が、観客をどのように遊ばせてくれるのか、とても楽しみである。

040604

=============
ふじのくに野外芸術フェスタ2016
フランス国立ケ・ブランリー美術館開館10周年記念委嘱作品
『イナバとナバホの白兎』
5/2(月)~5(木・祝)
駿府城公園 紅葉山庭園前広場 特設会場
◆公演の詳細はこちら
=============