「ふじのくに⇄せかい演劇祭」で2016年より開催している「広場トーク」。
今年は≪アートは地域に何をもたらすか?≫というテーマのもと、地域での活動が注目される3名のゲストが集まりました。
◎広場トーク:「アートは地域に何をもたらすか?」
5/4(土・祝)16:20~17:20
会場:フェスティバルgarden(駿府城公園 東御門前広場)
パネリスト:
石神夏希(劇作家)
鈴木一郎太(株式会社大と小とレフ取締役、静岡県文化プログラム・コーディネーター)
原田敬子(作曲家、東京音楽大学 准教授、「伝統の身体・創造の呼吸」代表)
宮城聰(SPAC芸術総監督)
司会:中井美穂(アナウンサー)
開催当日はお昼からあいにくの雨模様。しかし、フェスティバルgardenに立てられた大きなテントの下で、まさに”膝と膝を突き合わせる”濃密なトークとなりました。
◆地域でどんな活動をしているか
劇作家の石神夏希さんは、横浜や東京を拠点としながら、ここ8年ほど国内外の様々な街、九州、四国、フィリピンなどに出かけていき、滞在を重ねながら、街を舞台にそこに住んでいる人たちが出てくる演劇やアートプロジェクトを創っている。
「横浜やフィリピンでは、町の人で“秘密結社を作る”という演劇のプロジェクトを行いました。街の人たちが事前に、口コミや紹介だけで秘密結社のメンバーを増やしていくんです。広告やSNSの使用は禁止して。公演当日には秘密結社のメンバーが街の色んなところに潜伏していて、お客さんはチョコレートの包み紙に書かれたヒントを頼りにメンバーを探し、合言葉やアクションに相手が応えてくれたら、そこで“演劇”が小さく成立する、というものです。」
石神さんは、出演者と一緒にどんなシーンにするか指示書(これがいわゆる脚本にあたる)を書いたり、演出をつけていくそう。インタビューも平行して行い、参加者は最後にそのインタビュー集も読むことができる。
「街の人たちが参加してくれるかどうかは、目がキラッとするかどうかが決め手」なのだとか。トーク会場に集まったお客様も「秘密結社」という言葉にキラッとする場面も。
鈴木一郎太さんは、株式会社「大と小とレフ」取締役で、「静岡県文化プログラム」のコーディネーターの顔も持つ。
20代の頃はイギリスで絵を描き売る生活をしていたが、出身の浜松に戻った際、環境の変化に右往左往した。そんななかで、浜松市で障がい者の活動をサポートするNPO法人クリエイティブサポートレッツ」と出会い、アートを用いて課題に取り組む企画側に。その後、建築家と一緒に立ち上げた会社では、創る側だった強みも活かし、ハードとソフト、切れ目のない仕事をしているそう。
「文化系のことをやっている人たちのウェブマガジンの立ち上げを企画から携わったり。地方で劇場つきのゲストハウスを立ち上げるという相談をいただいて、コンセプトの立ち上げから内装まで一緒にやったり。切れ目がないんですよね、ソフトのこととハードのことって。家もそうですよね。家という建築物(ハード)のなかには家族の生活というソフトが入るから、そのことが切れ目なく考えられたほうがよりみんなのためになるんじゃないかと思うんです。」
音楽家・作曲家として多忙な日々を送る原田敬子さん。静岡との関わりは長く、SPACの座付き作曲家として声がかかったこともあったという。ご自身の活動との関係から当時、実現しなかったが、その後に静岡音楽館(AOI)の「子どものための音楽ひろば」という企画で子どもの作曲体験と音遊びの講座に関わり、20年近く続いている。こうした活動で、年に15回ぐらいは静岡に来ているとか。
作曲活動と並行し、代表を務める「伝統の身体・創造の呼吸」という団体で、地域で育まれた伝統音楽の「継承の未来について」の研究を続けている。
「鹿児島県の喜界島の音楽文化を調査しています。このチームには学者が一人もおらず、作曲家が2人、ダンサー2人にピアニストというメンバーなので、論文を発表するのではなく「対談」と「音楽+舞踊」で中間発表を行いました。私たちはその地域で育まれてきた伝統音楽を素晴らしいと思っていて、でも継承は難しくだんだん廃れてきているので、自らが起爆剤となって、先ず地域の人々に、足もとの音楽の素晴らしさに気づいてもらえるような企画を実践しています。」
今回のトークテーマ「アートは地域に何をもたらすか?」はSPAC芸術総監督・宮城から出されたもの。
「うっかりしていると首都圏で活動しているアーティストが“飯の種”として地域に行くみたいなことになりかねないけれど、それはそんなに長続きしないと思うんですよね。ここにいらっしゃるみなさんはもう長いこと地域に行き続けている。きっと自分の創作意欲みたいなものを、むしろ地域からかき立てられるってことがあるんだろうなと。地域に行くことでアーティスト本人が豊かになっていくということが起こると、本当に面白いことになるのではと思います。」
宮城自身も静岡に来て13年が経ち、自分の作品が変わったという実感があると語った。
「東京にいると“やってる感”みたいなのがあって、変に充実しちゃったりするんだけども、静岡来てしばらくやっているうちに、どういう人に向けて芝居をするのか、あるいは観る人を想像しながら稽古をすることでだんだん変わってくる。ありがたいことに、以前は絶対に劇場に来なかった、僕の芝居なんか観に来なかったような人が、ちょっとずつお客さんに増えている。そうなると、俳優たちもそのお客さんのことを想像しながら稽古をするようになったりする。そういうことで、僕の作品が普遍性とまだ今言えるかはともかく、少しだけ普遍性が増したという感じがしているんです。」
◆地域で活動していくなかでの気づき
こうした宮城の発言から、トークテーマは「地域で活動していくなかでの気づき」へ。
石神さんは「ここでやりたいと思う場所と出会って、通いながら関係性を作っていったり、リサーチを重ねて形を創っていくことを長くやってきた」のだそう。
最初は、色々なジャンルを横断していたため劇作家と名乗れずにいたという石神さん。
「街に滞在して作品を創っているうちに、演劇に見えないけど、これは間違いなく私にとって演劇なんだ、演劇が立ち上がる瞬間が見たくて自分は作っているんだと気付いて、劇作家と名乗ることに抵抗感がなくなったんです。」
一方、鈴木さんは、障害者福祉施設に関わる中で、本人とそのご家族、近所の人たち、施設の人たち、一絡げにしちゃうと似ているようだけれどそれぞれの立場で考えていることが違う、と気づく。
「自分の生活をよくしよう、何か乗り越えよう、そうやって生きている姿が、見ていてすごく美しいと感じて、好きだったんです。その時に、生活する、人と出会う、ということの中に美しさを見つけるのは自分の特技かもしれないと思った。そこにアートを絡めることも、絡めないこともあるけれど、そういった生活にアートが絡む企画を立てることができた。職業の肩書きはなくても、何者ですか?って目線で見られても、頑張ろうと思って今に至っています。」
◆地域に入っていく態度
原田さんは若い頃にヨーロッパで作品を発表した際、”西洋にはない時間感覚”、”日本的”だと評されることがあり、日本的とは何かということを問い続けていた。そんななか友人の誘いで、鹿児島県の伝統の薩摩琵琶、次に奄美群島の三線唄をより深く知ることになる。それはかつて響きの魅力に魅かれてから演奏に用いていた、薩摩琵琶や三味線と出会い直すことでもあった。
「離島の地域で調査していると自分たちがよそ者であることを強く感じます。でも、その地域や歴史について地元の方より詳しく知っていると、親近感を持っていただけるという経験をしました。地域で育まれてきた表現は多様性に富み、借り物ではない強さがあり、生活の中から生まれた唄が何百年も(口承で)唄い継がれている、その強さを感じます。」
「よその人」である原田さんが入っていったことにより、地域の側に生まれた変化も。
「私たちのプロジェクトは、『島唄が素晴らしいから、島唄をもっと聴いて継承して下さい』というプロジェクトではないです。地域(喜界島)の音や音楽文化をできる限り広く調べたら、島の皆さんの殆どが音楽家じゃないかというくらい凄くて、オリジナル音楽や舞踊を自作自演する方々が複数いまして、それで私たちが一堂に会する音楽会を喜界島で開きました。調査で発見した、島に潜在的にある「創作力」に焦点を合わせ、この島で、一体どんな音楽が創られているのかを一夜に一挙に紹介し、島の方々と共に島の音楽力を発見し合うような演奏会です。J-POP系の人を聴きにきたのに、もの凄く古い島唄も聴いちゃったとか、あれは(例えば私の抽象的な音楽)一体何だったんだろうか?とか。実はこの調査以降、島にたった一つのライヴハウスで週3回の島唄ライヴが始まったり、他にも活発な動きが見られるんですよ。」
「よりよく知る」という原田さんの姿勢に対して、石神さんは「知らない」というところから地域に入っていくというお話も。
「私は逆に、知らないっていうところから入っていきます。心がけているのは、迷惑をかけることと損をすることを恐れないこと(笑)。とにかく地域に入る。知らない人間が地域の方に教えてもらい、一緒に見ていく、リサーチをしていくと、一緒に何かが発見ができる。またその発見についての感じ方が違っていて、作品を通して彼らもその違いを知る。そういうふうにして面白いねって関係が生まれていくのもあるのかなと。」
ある地域で火事にまつわる作品を作った際に、その後その場所で実際に火事が起こった、という驚きのエピソードも飛び出した。
「関東に戻った後に火事が起きて、慌ててすぐに飛行機でとんぼ返りして・・・、自分たちの演劇のせいじゃないかと落ち込んだけど、街の中にあった火除けのお稲荷をテーマにしていたので、おかげで怪我人が出なかったのかもねと言って頂いたり、実はこの街では火事が起きるとその家はすごく栄えるというジンクスがあると後で教えて頂いたり(笑)。結果的に翌年さらに大きなプロジェクトを受注したみたいな。わりとそういう体当たりで何か起きていくっていうのが、自分の場合は多いかなと思います。」
◆街歩き演劇で持ち帰るモヤモヤ
そして話題は、鈴木一郎太さんが2015年「ふじのくに⇄せかい演劇祭」で発表した作品へ。
『例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする』というタイトルで、鳥公園の西尾佳織さんとともに演出した、静岡市駿河区の池田という地域を街歩きする参加型演劇。
鈴木さんは「街歩き演劇を」というお題に対して「演劇祭だから来られる方々はみんな演劇を観に来る、だから何してても演劇だと勝手に解釈してくれるんじゃないかなって。批判もあるかもしれないし、逆にものすごく面白かったっていう人もいるかもしれないけど、お客さんに全部委ねていいんじゃないか」と考えたそう。
「池田という住宅街に入ることに対して、唯一恐縮しないのがお客さんだと気づき、そのことが作品になりました。歩いてるのは公道で人が住んでいる、でも「観客」だからついのぞき見てしまう、それに気づくということを最終的に持ち帰る、モヤモヤして帰っていくということを考えました。生活のなかで何か守りたいもの、例えばテリトリーとかプライバシーを守ろうとするとき、何かしら手を打つんだけども、目線はすごく遠くまで届くし、音も届いてしまう。自分で守ろうと境界線みたいなのを作ったところで超えちゃうってことは、生活していればいくらでもある。そのことにちょっと自覚的になってみる。人は何となく他人のプライバシーが見える方に目が行ってしまうんですよね。何げなく垣根超えて家の中を見てしまったりとか、人の家の声が聞こえてきてこれも仕込みかな、とか。そういうことを持ち込むっていうことをやってみました。」
作品を観た石神さんは、「モヤモヤして帰った」のだとか。
司会の中井さんも「演劇ってそうですよね。全てがクリアになって楽しかったというものって、そこで終了してしまうのでちょっと面白くなくて」と共感。
「モヤモヤしたり、調べないと気が済まないとか、そのことをずっと考えちゃうとか自分の身体の中に演劇が勝手に置き土産されたっていうものの方が、やっぱり残っていると思いますね」
時間はあっという間に過ぎて、気づけば雨も上がっていました。1時間のトークは司会・中井さんの素敵なコメントで締めくくられました。
「他者、またその地域になかったものが入ってくることで、周りが目覚めたり自分たちが持っているものに気づいたりする。自分たちが今まで触れてなかったものに触れた時に、毎日同じものを見ていたのに違った見方が生まれてくる瞬間がある。
このトークも、何だかまとまりがないようなモヤモヤっとしたものを皆さん持って帰っていただいて(笑)、アートは地域に何をもたらすか、ご自身の頭で考えていただく、ということで締めたいと思います」
<パネリストの今後の活動>
石神夏希:
「東アジア文化都市2019 豊島」スペシャル事業
「Oeshiki Project」10月16日(水)〜18日(金)
江戸時代から伝わる年中行事「御会式」の日、音楽家たちと共にまちの物語に出会うツアーパフォーマンス《BEAT》を上演。
鈴木一郎太:
静岡県文化プログラム、セミナールーム兼交流スペース「黒板とキッチン」運営
原田敬子:
「第9回シアターオリンピックス」で上演する金森穣新作の新曲を書き下ろし
「still/speed/silence」9月20日(金)、9月22日(日)
<関連リンク>
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