ブログ

2020年11月20日

コロナ禍の『みつばち共和国』公演を終えて(前編)

 こんにちは。制作部の丹治です。
 静岡もどんどん寒くなってきていますが、空気が澄んでよく見える富士山についつい見惚れてしまう今日この頃です。みなさんはいかがお過ごしでしょうか?
9月から10月の僕は、『みつばち共和国』という舞台作品の制作を担当していました。SPACの劇場での公演は約8ヶ月ぶりのこと。どんなプロジェクトの担当になっても常に「初めて」はあるものですが、今回は全世界を席巻するコロナ禍での創作・公演再開ということで、記憶と記録が手の届くところにあるうちに振り返っておきたいと思いキーボードをたたいています。
 

▲2020年10月24日(日)『みつばち共和国』千穐楽を終えての集合写真
 
 
〜プロジェクトの立ち上げ、そして新型コロナウイルス感染拡大〜

 演出家セリーヌ・シェフェールさんと連絡を取り始めたのが約1年前の2019年10月。アヴィニョン演劇祭での公演を観た宮城さん(SPAC芸術総監督)の「『みつばち共和国』日本語版をSPACでつくりませんか?」という投げかけから始まりました。その後、キャスティング、稽古スケジュールの調整、台本の翻訳などを進めて、3月中旬には5月下旬の稽古スタートにそなえてテクニカルの打ち合わせも始めていたんです。

 しかし、新型コロナウイルスの影響で、2月末にすでに僕らは『メナム河の日本人』の公演を中断していたし、それ以降も『忠臣蔵2020』や「こども大会」など他のプロジェクトの延期作業に追われていました。なにより、ゴールデンウィークの「ふじのくに⇄せかい演劇祭」をどうするのか…日々伝えられる入国制限などのニュースをチェックしながら何度も話し合いを重ねていました。コロナ禍の〈終わりの見えなさ〉を感じながら、この状況下でも我々ができるギリギリのやり方・日程を手探りで探すような毎日だったように思います。4月3日(金)に「ふじのくに⇄せかい演劇祭2020」の中止を発表し、「くものうえ⇅せかい演劇祭」を開催することにした我々は、リアルには人と会えない状況のなかでも、インターネット、電話、手紙などの手段を使って様々な人々と言葉を交わし、時間を共有し、何かを表現し、受けとめ…ということをとにかく1ヶ月間、がむしゃらにやってみました。ほとんどの時間をパソコンの前で過ごし、身体を全然動かさない(移動させない)という状態は、なんとも言えない居心地の悪さを感じていましたが、それでもできることを探すことにしたわけです。ここでは「くものうえ⇅せかい演劇祭」については深入りしませんが、その成果は「SPACの劇配!」へとつながっていきます。
 

▲「くものうえ⇅せかい演劇祭」中はずーっと自宅で作業。iPadとパソコン(とiPhone)でなんとか乗り切りました。
 
 
~来日断念と、リモート稽古決断~

 5月上旬になんとか「くものうえ⇅せかい演劇祭」を終えたあともコロナ禍はとどまるところを知らず、予定していたセリーヌさんの5月来日は諦めざるを得ませんでした。稽古開始を9月に延期することにしましたが、その後もセリーヌさん来日の目処が立たない状況が続き…。来年への延期の可能性も頭にちらつきましたが、話し合いの結果、たとえ来日できないとしてもリモートで稽古をしよう、となったのです。本来ならば演出のセリーヌさんと舞台美術・映像のエリ・バルテさんが来日するはずでしたが、彼らはフランスの自宅からZoomにアクセスして、楕円堂にいるSPACの俳優・スタッフたちとコミュニケーションをとりながら稽古を進めることにしたのです。
 

▲セリーヌさんらとのZoomミーティングの様子
 
 カメラで稽古の様子を映すとはいえ、俳優の細かい動きまでは見えないだろう、舞台美術・映像・照明などの色味はどうやって伝えたらいいのか…そして、なにより、楕円堂にいるメンバー全員がセリーヌさんともエリさんともリアルで会ったことが一度もない中でうまく信頼関係が築けるのだろうか…不安は尽きませんでした。さらに、現場での感染対策もしなければなりません。SPACでは、公演再開に向けて、①お客様同士、②お客様と俳優・スタッフの間はもちろんのこと、③俳優・スタッフ同士も感染させないための対策をとることにしました。③の主な対策は、日々の健康観察は当然として、舞台上であっても「マスクあるいはフェイスシールドを着用する」「直接触れ合わない」「発声する場合はマイクを使用する」「小道具の共有は間に消毒をはさむ」といった内容です。そして、俳優の中に体調不良者が出たときのために、アンダースタディを導入することにもなりました。これらはもはや演出の大幅な変更を意味していましたし、この〈SPACルール〉をリモート稽古によって成立させてほしいというリクエストをセリーヌさんに伝えるのはかなり酷なことだと思ったものです。実際、画面の向こうのセリーヌさんは困惑・混乱している様子でしたが、すぐに頭と心を切り替えて前を向いてくれました。私たちは、できないことよりもできることを見つけよう、と決めて一緒に歩き始めることにしたのです。
 
 
~リモートでの顔合わせから~

 セリーヌさんとエリさんの来日ができないうちに稽古初日の9月17日を迎えました。演出家不在の不安、コロナ対策の緊張がありつつも、俳優・スタッフは久しぶりにリアルで会えることの喜びをかみしめている様子。そんな中、Zoomで繋がったセリーヌさんの顔がテレビ画面に映し出され、「ボンジュール!」と元気な声がスピーカーを通して楕円堂内に響き渡ります。


▲画面の中のセリーヌさんとその奥に舞台
 
 メンバーの紹介が終わり、あらためてコロナ対策を共有したところで、宮城さんから一言。


コロナ禍の閉じ込められた生活の中で『みつばち共和国』の台本を読むことがとても救いになったんです。閉じ込められた心を解き放ってくれるーーーそんな台本だと思いました。困難なときだけど、この公演は中止にしたくない。
 
 それに答えてセリーヌさん。

『みつばち共和国』は、自分にとってとても大事な作品。リモート稽古は初めてのことですが、画面越しでもできることを探していきましょう。最善を尽くして作品をつくりたいと思います。
 
 平野暁人さん*による的確でスピーディな通訳によってものごとはスムーズに進み、さっそく本読みがスタート。(*平野さんは現在上演中の『妖怪の国の与太郎』では通訳のみならずドラマツルギー等作品づくりに深く関わっていて、こちらもコロナ対策を巧みに取り入れてのリクリエーションとなっています。12月19日(土)・20日(日)に静岡市民文化会館中ホールにて一般公演。どうぞお見逃しなく!
 
 本読みをする俳優同士は距離をとり、フェイスシールドとワイヤレスマイクを着用、テーブルの前にはビニールの張られたついたてが設置されました。
 

▲舞台をぐるっと囲むように配置された俳優たち
 

▲客席側にはスタッフとセリーヌさんが映ったテレビ画面
 
 公演までの約1ヶ月間、日々の基本スケジュールは次のとおり。
  午前中:テクニカル作業&自主稽古
  13時:俳優・スタッフが集合して今日やることを確認してから稽古スタート
  16時(フランスは午前9時):セリーヌさんがZoomに入っての稽古スタート
  19時以降:セリーヌさんやエリさんとテクニカルミーティング、照明や映像の調整作業
 
後編に続く>

丹治 陽(SPAC制作部)

 
=======================
『みつばち共和国』
メーテルリンク作『蜜蜂の生活』に基づく

作・演出:セリーヌ・シェフェール
日本語台本:能祖將夫
台本下訳:井上由里子
通訳:平野暁人

出演:たきいみき、永井健二、仲村悠希、坂東芙三次 [50音順]

2020年10月17日(土)・18日(日)・24日(土)・25日(日)
会場:静岡県舞台芸術公園 屋内ホール「楕円堂」

*公演詳細はこちら
=======================