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2021年12月27日

【SPAC演劇アカデミー】12月までの後期授業振り返り

緊急事態宣言期間中の8月27日に始まった後期のアカデミー。そのため最初の1ヶ月は、座学・実技ともに完全オンラインでの授業となりました。
 
【実技】
実技では、三島由紀夫が書いた戯曲『三原色』と『弱法師』をzoom上で回し読みしました。
「できるだけプレーンに書かれている文字を読む」という講師の寺内からの指示のもと、ふだん口にすることのないロジカルで美しいセリフを、順番に声に出していきます。前期から寺内は「言葉を異物として取り込むこと」を強調します。台本に書かれてある言葉を漠然と発するのではなく、一文字ずつ確かめるように読むことで、自分の身体が内側から変わっていくのだそう。その変化を感じてほしいとアドバイスを受けた生徒たちは、ついつい出てしまう普段の読み方の癖を抑えながら、全員で読み通しました。「みんなで声に出して読むと、よりイメージが湧いた」「読んでみてもやっぱり難しい」。事前に一人で読んだ時との感じ方の違いを共有し、戯曲の面白さ、わからなさを体感していました。


『近代能楽集』を手に、戯曲の解説をする寺内
 
10月に入り宣言が解除されると、対面授業が再開し、生徒・講師たちは久々に顔を合わせました。
9月に読み合わせていた『三原色』を、リアルの空間の中で演じていきます。
2人1組のペアを作り、戯曲のワンシーンを、まずは台本を見ながら立ち上げてみます。
「はい。」寺内が生徒の演技をストップすると、「そこは海で泳ぎながら喋ってみて」「周りにいる皆は波になってください」と演技に具体的なイメージをもたせます。動きにさまざまな制約をかけて実験を繰り返しながら、三島のセリフを体現するための声の出し方・身体の使い方を探っていきました。


波になるように指示された生徒たち
 
そして11月。年度末の最終発表会で『三原色』を演じること、あわせて配役が正式に発表されました。
発表後、最初の稽古。冒頭で寺内から『三原色』を上演することに決めた理由が伝えられます。

「最初は内容が生々しすぎるかと思ったけど、今の皆さんだからこそ演じられるものがこの中にあるんじゃないかと思って。今まさに人生をはじめようとしているアカデミー生たちが、自分の人生に向けて羽ばたいていける物語にしたいと思ったんです。」

戯曲は「滑走路」だと話は続きます。
「戯曲という滑走路を使ってあなた方という飛行機がどう飛ぶのか、どう飛べるのか。『三原色』という戯曲は手ごわい。でもだからこそ遠くに飛べる。人生の中で選んで、決めて、始める、っていう世界の美しさを描いてもらいたい。」

明確なメッセージが生徒たちに届けられ、稽古が始まりました。
具体的な舞台の構造やセットなどの説明を受けた後、最初のシーンから演じていきます。
それぞれの解釈をふまえ、相手との掛け合いを通じてシーンを作り出します。
「今のところはすごくよかった」と優れた部分に触れながら、「だけど」と、動きの意図やイメージを細かく確認し、手を加えていく寺内。
時には大きな声で叫んだり、一緒に踊りまわったりしながら、全身で指示を送ります。伝播したエネルギーは、生徒たちの演技をより柔軟に、開放的に変えていきました。


大きな身振り手振りを交えてアドバイスを与えます

「みんなの演技を見てインスピレーションを受ける。そこからいろんな演出が思いつく。だから失敗を恐れず、いろいろ挑戦してほしい。」
 
前期から毎週取り組んできた基礎訓練も欠かしません。
決められた動きをただ繰り返すわけではないようです。「世界を回すように身体を回転させて。」と、訓練の中でも演技をするときのように想像力を持たせます。
「なんのためにトレーニングしているかっていうと、実際の表現に役立てるため。」
その言葉通り、演じるときの生徒の声量や立ち居振る舞いには少しずつ訓練の成果が見えています。


講師の片岡からも、細かな指導が入ります
 
「どんどん動きが良くなっていくから、毎回いろんな挑戦をしてほしい」
「すごく高度な要求をしているけれど、みんなならできると思う」
さらなる成長を期待されながら、年内の授業は終了しました。
 
【ミュージカル映画で学ぶ英語】
英語の授業は、後期もミュージカル映画『RENT』を中心に進められます。
まずはその日の嬉しかったことや新しい出来事について一人ずつ話していく”good and new”というパートから、毎回の授業が始まります。学校の授業で起きたこと、友達と交わした会話、おいしかった朝ご飯のこと。それぞれの日常を英語で共有し、拍手してたたえ合ったり、質問を投げかけて深堀りしたりしていきます。講師のAshは、途中から参加する生徒に対しても”How about you?”と声をかけ、必ず生徒全員がスピーキングの練習をできる場を設けます。時には、ゲストも参加して英語での会話に加わります。ニューヨークに住むSPAC俳優の池田真紀子が現地時間の朝早くから参加して、アメリカでの生活の様子を話したり、長年インターナショナルに活動している大沢由加子が自身の経験を語ったりしてくれました。遠く離れた場所から伝えられる世界のリアルな情報に対して生徒たちの関心は高く、積極的に質問を投げかけていました。


飛び入りで参加してくれた池田
 
『RENT』を使った授業は後半から始まります。
前週に聴いた部分を各自で歌って録音し、事前に提出してもらいます。その発音やリズムをAshが一人ずつチェックしていきながら、”better than before!”と、週ごとになめらかに、リズミカルになっていく歌声にはグーサインを示します。つづけて新しい歌唱シーンの練習。後期に入ってからは、映画の内面的な部分についてもより深く考えていきます。すべての歌詞の意訳に取り組みながら、歌っているキャラクターの心情や背景について問われる生徒たち。まだ習っていない単語や表現に出くわして頭を悩ましている仲間に隣からこっそり教えてあげるなど、協力しあいながら答えを導こうとしていました。


英語で質問に答える生徒
 
また、ある日の授業の中で、英語のスピーチコンテストに出場した生徒がそのスピーチを披露してくれました。切実な思いが巧みな英語に込めて伝えられ、聴き終わった生徒、講師たちからは思いのこもった拍手が送られました。


スピーチ後に感想を伝える生徒
 
目の前でスピーチを聴いていた一人の生徒は「こういう話をちゃんと理解したいから、もっと英語を勉強しなくちゃ」と、強い刺激を受けたようでした。
学校での授業とは少し違う角度から英語を学ぶ本授業。劇場でリアルに参加できる生徒も、自宅からオンラインで参加する生徒も、一緒に話して、聞いて、歌いながら、着実に英語力を伸ばしています。
 
【教養】
引き続き、『教養の書』を読み進めています。高校までの授業内容にとどまらない言葉や概念もたくさん登場してきますが、講師の関根はホワイトボードを使って文章の内容を図示し、考える糸口を探っていきます。
「私が高校生の時にね…」
自身の学生時代の体験や、高校生になじみの深い具体例を引き出しながら、哲学者による難しい理論を説明する関根。生徒たちは、うなずいたり、時折首を傾げたりしながら、静かに反応を示します。


ホワイトボードを使って授業の解説をする関根
 
授業後、生徒の一人がこんな疑問を伝えます。
「教養を学ぶのは〈自分の人生を豊かにするため〉と以前書いてあった気がするけれど、今日読んだところでは知性を〈他人のために使うべき贈り物〉と書いている。逆のことを言っている気もするけれど、結局、知性や教養って誰のためのもの?」
「良い質問だね。」こうした疑問に、関根は正面から向き合います。その場で生徒と問答を繰り広げ、授業後にはその日の内容を整理したレジュメを送り、返答を補足します。
簡単に答えの出せない疑問に、全員で頭を悩ませる時間が多いのが、教養の授業です。

映画好きな『教養の書』の著者・戸田山和久先生は、「教養とは何か」という疑問を考えるときの補助的な役割として、いろいろな映画を引用します。紹介された作品の予告編をみんなで観たり、家に帰って全編を観てきた感想を共有し合ったりしながら、視覚的な情報にヒントを求めることも。
「みんな読むのがすごく上手くなったね」と関根が話すように、戸田山先生のユニークな文体を、楽しみながら読み進めていく意欲と技術も、週を重ねるごとに増していきました。


その場にいる人、オンライン参加の生徒、それぞれ順番に文章を読んでいきます
 
授業後もロビーに残って演技の指導を求めたり、進路相談をしたり、授業内容に収まらない生徒と講師間の交流も見られました。
 
【観劇】
また、SPACの公演をみんなで観劇し、終演後には演出家や俳優と対話する時間も。
『みつばち共和国』演出のセリーヌ・シェフェールさん、舞台美術・映像を担当したエリ・バルテスさんや、『桜の園』でラネーフスカヤを演じたSPAC俳優の鈴木陽代と。
そして、冬の特別公演『Le Tambour de soie 綾の鼓』を観劇した後には、俳優の笈田ヨシさん、ダンサーの伊藤郁女さんと劇場内で面会しました。


生徒の質問に答えるセリーヌさん(左から3人目)とエリさん(左から2人目)
 

演劇を始めたきっかけを語る鈴木陽代(写真奥)
 
緊張気味に生徒たちが話す作品の感想や質問を、アーティストの方々は興味深そうに聞いてくださいました。そして、それぞれの話に対して真剣にレスポンスをくださります。演出・演技の意図や演劇をはじめたきっかけ、生徒の悩みに対するアドバイスなど、世界で活躍されるアーティストのダイレクトな言葉を受け取れる、非常に貴重な時間でした。

「自分はつい本音を押し殺して周りに合せてしまう。やりたいことにまっすぐ突き進むにはどうしたらよいのか」という質問に、88歳となった今も世界の第一線で活躍を続ける俳優、笈田ヨシさんが答えてくださいました。
「大事なのは人と比較せず、勇気をもって、自分は自分のやり方で進むこと。心静かにもって、自分の存在というものを生きていく。」


まっすぐアカデミー生を見つめる笈田ヨシさん(写真奥左)、伊藤郁女さん(写真奥右)
 
通常の授業中にも俳優が見学にきてコメントを残してくれたり、一緒に参加してくれたりと、普段関わる機会の少ない大人たちとの交流にアカデミー生たちは喜んでいました。

冬休みを挟み、年明けからいよいよラストスパートです。

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