古今東西の名作を現代の演出で上演するシーズンプログラム。谷崎潤一郎原作『お艶の恋』を演出する石神夏希に作品の魅力や創作への意気込みを聞いた。
(聞き手:制作部 計見葵)
─── 谷崎潤一郎の作品を選んだのはなぜですか?
実は谷崎作品の中から何か上演しようと考えたわけではありません。宮城さんからご提案いただいた候補の中に『お艶殺し』があり、まず何より作品に惹かれました。
『お艶殺し』は、谷崎の半世紀を超える作家人生の中で見れば、ごく初期の作品です。私が過去に読んで印象に残っていた谷崎作品は主に後期のものでしたが、他の時期の作品も読んで感じたのは、谷崎に対する一般的なイメージは間違ってはいないけれど、偏っているのではないかということです。「文豪」という枕詞から敷居の高さを感じたり、倒錯的とか変態的といったキーワードを目にしたりしたことがあるかもしれません。しかし実際には、かなり幅広い作風を持った作家だと思います。
谷崎は文壇で高く評価されていたと同時に、大衆的にも人気のある作家でした。あと、長生きした。同時代の作家には若くして亡くなった人や自ら命を絶った人もいますが、谷崎は三度も結婚して家族を養い、遅筆なのでお金が無いとか言いながらあれだけの芸術作品を発表し続け、晩年は老いと向き合いながらまた新たな境地を開いていきました。長い創作人生の中でさまざまな実験や挑戦を重ねたからこそ、多彩な作品を残すことができたのではないでしょうか。谷崎作品はいくつか読んだけどピンと来ていない(そんなに好きじゃない、いまいち面白さがわからない)、という人にも舞台を観ていただきたいですね。
─── 原作『お艶殺し』の魅力は、どのようなところにあると思いますか?
『お艶殺し』には、たとえば学校やお仕事帰りの電車の中で読み始めたら止められず、夜更かしして読み切ってしまうようなテンポの良さ、語弊を恐れずいえばエンターテインメント性がある。それが磨き抜かれた上質な言葉と、実験的な構成で語られているというバランスが、この作品を特別なものにしていると思います。
谷崎自身は「大衆に受けすぎた」という意識もあったのか、当初は自作について批判的に語ったり、森鴎外に「ああいうものを書くようになってはおしまいだ」と叱られたと晩年の随筆で回想したりもしています。でも発表当時、谷崎は最初の結婚をしたばかりでお金がなかったところへ、『お艶殺し』の印税が入ってきて助かったので鴎外に叱られても絶版する気にはならなかったとか。そのお金で借家にお風呂を増築したところ世間から「お艶風呂」と指さされた、というエピソードも同時に披露していて、個人的には大好きです。
もうひとつは「お艶」という主人公に、時代を超えた力があると感じます。お艶が説明なくぶっとんだ行動を繰り出すところが妙にリアルに感じられて。谷崎の小説には「妖婦」と表現されるような男を堕落させる女性がよく出てきて、ちょっと男性に都合の良すぎるファンタジーだなと感じてしまうことも正直あります。お艶も同じ系譜に位置づけられたりするのですが、私の目には少し違った女性に映りました。「高校生のころちょっとこういう感じの子いたな」とか、「自分はこんなことしなかったけど、したくなる気持ちはわかるな」みたいな。ただの勘ですが、お艶の描き方に関してだけ言えば「都合よく書けていない」── つまり谷崎自身も筆をコントロールしきれなかった部分があり、そこにお艶の魅力が宿ったのではないか、と私は勝手に思っています。
─── 中高生鑑賞事業公演もありますが、若い観客を迎えるにあたって意識していることはありますか?
『お艶殺し』を選んだのは、自分が中高生のときにこういう演劇を観たかった、と思ったからです。わけもなく内側から突き上げるような強い衝動 ── 小説の中では「駈け落ち」や「殺し」という形を取りますが ── が身体の中に渦巻いていて、自分や周囲を傷つける形で溢れ出てしまいそう、という時期が誰にでもあると思うのです。その出口が私の場合は演劇や音楽や詩といった表現でした。原題に「殺し」と付いているけれど、実際は「生きる」こと、爆発しそうな生命力についての物語だと思います。舞台上に現れるものは若い皆さんの現在進行形の感覚とはきっと違う。でも歳を重ねた自分や役者たちだからこそ、この物語に希望を見出し、表現できる可能性を感じています。十代の自分に届けるような気持ちで、皆さんに観ていただけることを本当に楽しみにしています。
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SPAC秋→春のシーズン2023-2024
#2『お艶の恋』
演出:石神夏希
原作:谷崎潤一郎『お艶殺し』
出演:阿部一徳、大内米治、大道無門優也、たきいみき、葉山陽代、bable[五十音順]
2023年12月2日(土)、9日(土)、10日(日)
各日14:00開演 会場:静岡芸術劇場
★公演の詳細はこちらをご覧ください。
https://spac.or.jp/au2023-sp2024/otsuyakoroshi