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2024年11月11日

SPAC『イナバとナバホの白兎』2024 レポート⑥

これは、(公財)静岡県舞台芸術センター、SPACを調査している、大学院生による『イナバとナバホの白兎』を読者の皆さんと一緒に楽しむためのブログです!
『イナバとナバホの白兎』の注目ポイントやSPACの皆様が大切にしていることを、レポートします!
前回のレポートはこちらからお読みいただけます。

本日のテーマは、本作の紡がれ方です。
本作は、2016年にパリにて初演され、2019年に再演し、今回は2度目の再演となります。その都度新たな出演者や配役の入れ替えが行われています。
そこで、作品がどのように再演されていくのかに関してレポートしていきます。

今回の公演では、初出演の方が8名、2度目の出演の方が3名、初演時からの出演の方が10名、合計21名が出演されています。
今回は、2019年から出演している宮城嶋遥加さんと今回初出演の渡邊清楓さんに、インタビューを行いました!


 
宮城嶋遥加さんは、2015年度の『ロミオとジュリエット』でSPAC作品のデビューを果たしました。その後、東京大学大学院総合文化研究科修士課程を修了し、学術と俳優の両方の経験を活かして、演劇を中心に活動されています。


 
渡邊清楓さんは、2016年度の『東海道四谷怪談』でSPAC作品のデビューを果たし、その後は東京へ拠点を移し、2021年新国立劇場演劇研修所を修了されました。2022年『桜の園』に出演することになり、再びSPACへ出演しました。今回の公演はオーディションを受け初出演することになりました。


 
今回は、宮城嶋さんと渡邊さんに対談形式でお話を伺いました。
出来る限りお二人の言葉を用いつつ、皆さんにもお伝えできるよう、一部抜粋して書いております。また、カッコ内は著者が補足として書き足しています。
 
 
再演作品に出演するにあたって

再演作品に初めて出演することについて、お二人とも口をそろえて「プレッシャーが強かった」と語っていました。
なぜなら、お二人ともSPACの中では若手であり、時間がない中で先輩方が築き上げた作品や役を担う状況だったからです。宮城嶋さんは2019年に初めて出演した際のことを以下のように語っています。

宮城嶋 初演時に、たくさんの時間をかけて創り上げられた作品に再演で入る(第三幕で双子の片割れを演じている)のは、とても大変でした。初演の時に積み上げてきた時間は、再演のときにどれだけ稽古しても、到底追いつきません。だから、2019年の時は稽古初日に稽古場に入った途端に泣きそう、本番を迎えてからも毎日緊張して吐きそうみたいな笑。初演から参加されている共演の先輩方と比べて積み上げている時間が全然ない中で舞台に立つ、というのは本当に大変でした。

渡邊さんも初演時や2019年から出演している出演者の方に対して、以下のような気持であったそうです。

渡邊 (再演作品に)新しく入る時って、こちら(新しい出演者)のペースに合わせてもらうようになってはいけないな、と思っています。

しかしながら、お二人は時間的な蓄積や経験の蓄積の差異を埋めようと、先輩方に尋ねたり完コピをしたりされたそうです。

宮城嶋 なんとか追いつけるように事前に共有された資料は、たくさんみました。それから、稽古期間が始まる前に、ながいさやこさん(第三幕で双子の片割れを演じる俳優)と一緒に美加理さん(初演時に同じ役を演じていた俳優)のおうちに「お話聞かせてください」って訪問して笑。具体的な段取りや動きの話も聞くけれど、どういう気持ちでこの作品に取り組んでいたのかや、この役を演じるうえで美加理さんがどう考えていたのか、を伺いました。稽古や本番が始まってからも、美加理さんは気にしてくださって、稽古場に来てアドバイスをしてくださったり、本番の映像を確認してくださったりしていました。
さやこさんと動きを合わせるシーンは、二人で全体稽古(出演者が全員そろって公式的に行われる稽古)の前に必死に稽古して、全体稽古前には二人で合わせるシーンはできるようにしていた。今回(2024年)も、稽古期間が短いことは分かっていたので、事前にさやこさんと自主稽古していました。

渡邊 私はいまは東京に住んでいるので事前に直接話を伺える機会がなかなかなくて…。はるちゃん(宮城嶋さん)が東京に来た時に、対位法の話を教えてもらいました。

宮城嶋 ここがこうなって、こうでつまりね!とか笑

渡邊 (宮城嶋さんから)読んでおいた方がいいって教えてもらった資料をとにかく読みました。それ以外は共有していただいた動画をひたっすら見たり、台詞をmp3に変換して道を歩きながらずっと聞く、みたいな。大前提として人が変われば作品も変わるんだけど、それを前提にしちゃいけないというか。経緯を完全に知ることは無理でも、やっぱりもともと創っていた作品がどうだったかとか、完成された作品とか資料はあるから、一旦それを叩き込んで、それだけは完璧になぞれる位気合い入れておかないと、稽古場に行けぬ!

宮城嶋 そう、私も再演から入るときはいつも、前任者の人のプランを全コピして、台詞の音の音程までコピーして行ってた。
 
私も実際に、渡邊さんと春日井一平さん(本作に初出演しているSPAC俳優)が、前回まで出演していた寺内亜矢子さんにとあるシーンについて映像を見ながら、場面や動きの意図から具体的な注意事項まで聞いている場面を見学させていただいたことがありました。
いかに前回までの公演を再現し、完璧にして稽古に望むか、ということを、お二人が極められていたかが分かります。
宮城嶋さんは、2回目の出演でもありながら初出演時の気持ちも分かるため、なるべく新たな出演者の方のプレッシャーを軽減できるよう心がけていたようです。
 
宮城嶋 わたしは、新しく入ってくる人がどういう気持ちで入ってくるのかっていうのは、苦労や葛藤が実体験として分かる。この作品は集団創作で、みんなのアイディアで創ったていうのが演出家の指示だけで創ったものとはちがうから、そのプレッシャーは大きいだろうって。だから、さやこさんとも相談して、新しく入ってくる人たちがもたらしてくれるものになるべく反応したいし、(反応)しましょうということ、新しいアイディアによって動きが変わったとしても、それはポジティブなものとして捉えて柔軟に変えていきましょうということを決めました笑。
新しく入ってくる人たちのプレッシャーを減らして、ストレスがなるべく少なくいられるように、心がけようと心に決めていました。
 
一方、渡邊さんは完コピをしながらも、受け身にならないように気を付けていたそうです。
 
渡邊 (前回までの出演者の方が行った雰囲気づくりがありながらも)稽古に入る前は、せめて少しでも素早い対応ができるように完コピしよう!って思って準備をしていました。
 
別の俳優が演じた役を演じること、観るお客さんが変わること

一方で、演じる俳優が変われば、完璧に同じ動きをしても全く同じ作品にならないことも現実です。
これまでのお二人のお話からも、このような意識を前提に稽古をされていたことが分かります。むしろ、変化を受け入れる稽古場でもありました。(実際に稽古の中で少しずつ演出が変わっていくことが多くあります。)
宮城嶋さんは、美加理さんから受けたアドバイスについて以下のようにお話されていました。

宮城嶋 美加理さんは、あなたの身体でやる(演じる)ならこういうやり方があるし、みたいな私の立場に立ってアドバイスしてくださっていた。

また、お二人は完コピした前任者の演技を土台として、新たな表現を生み出していました。

渡邊 (前任者の演技を完コピしても)結局は変わるんですけどね、土台があれば、変更があったときも、自分の中である基準を持って考えやすくなる。

宮城嶋 あとやっぱり元々創り上げられたプランって前任者の方が初演時に時間をかけて生み出してくださったものなので、すごいんです。だから、それを土台として、経緯はわからずとも身体だけ出来るようになっておくというのは、いい稽古になる。

渡邊 ただ、動きをなぞるだけだと受け身になりかねないので、エネルギーの出し方は受け身にならないように気をつけました。稽古の居方も、前任者や初演からいる人の言葉に重きを置くけれど、「あ!分かりました、そうします!」だけではない居方、創り方。前任者のプランを大事にしながら、でも私は同一人物ではないから、自分だったらこうかな、(この登場人物の)魅力はこうかなとか考えるようにしています。演出の変化や、頂いたアドバイスを受けて自分なりの演技にトライしていくことを心がけています!

また、観るお客さんが変われば、同じ作品でも変化することがあるようです。
 
渡邊 再演をしている作品ってレパートリー作品だから、一定のクオリティとか積み上げられたものでもう完成されている。そこから人が変わることによってバランスが変化する部分を再調整していく。今回に関しては、長く鑑賞事業(静岡県内の中高生が本作を鑑賞する、中高生鑑賞事業「SPACeSHIP げきとも!」)で、お客さんの比重も変わるから。

宮城嶋 確かに。2016年、2019年はメインはフランスのお客さんに向けて創っていたから。

渡邊 ね。今回はより分かりやすく楽しく演劇の入り口となる作品に創り変えている部分もあると思います。レパートリー作品だからベースは出来上がっているけれど、そこから変わった人(出演者)、観る相手によって変更していく。
 
身体的感覚と頭で考えること
お二人が前任者の演技を完コピしながらも、新たな場面や表現を能動的に生み出していることが分かりました。
一方で、『イナバとナバホの白兎』には構造主義やレヴィ=ストロースの思想、ナバホ族の文化等の創作において重要となる前提知識があります。初演時よりも短い時間の中で、どのように学んでいったのでしょうか。

宮城嶋 フランスの現代思想ってめっちゃ難しいですよね。初めて参加するときは、完コピをするのに必死で笑。作品の外側の部分、構造主義とかレヴィ=ストロースの哲学の部分がどう作品に反映されているかは、自分の中で構築されていない状態でやり(最初に演じ)、宮城さんのお話などを聞いて、あとからエッセンス、やりながら思考の穴埋めをしていく。現場の人間としてモノを創る方が先で、「あ、ここでレヴィ=ストロースの思想を実践しているのね!」みたいな。
そうすることによって、より作品の、演技の厚みを付け足すことができます。日々、上演を重ねながら学び続けるんだろうな。

渡邊 読んだり調べたりするけれど、「ほーん…」と思って笑。でも、(稽古前の予習に必死で)一旦ふーんって思っておこう、みたいな。それで、宮城さんのお話を聞いて、理解する笑。
 
やはり、初演時の経緯や思想的背景を稽古前に頭だけで理解することは困難であり、稽古の中で、宮城さんの演出を聞いて、理解を深めていることが分かりました。また、前から出演している俳優のアドバイス等も理解に役立っているようです。
そして、その試行錯誤の中では、宮城さんの意図とは異なる演技をして修正したり、宮城さんの演出の意図が上手く理解できなかったりすることもあるようです。
 
宮城嶋 そうですね、でも、私は演劇の仕事をする中で、分かりやすいものをそのままやるということよりも、分かりづらいことをずーっと考え続けることの楽しさを実感することが多々あります。

渡邊 私も、この間稽古で宮城さんの指摘を受けて、思い切って今までのプランとは大胆に変えたことをやってみたら、違うんだよなぁって言われて笑、そこで改めて構造主義と、それをどう演技プランに組み込むかというお話を聞いて、またなるほどねってなる。

宮城嶋 宮城さんの言葉って難しい時もあるし、宮城さんの口は一つしかないし、前に話したことと(今話したことが)どう繋がるんだろう?って分かんなくなるんですけど、そのやり取りが演劇のダイナミズムで面白いところじゃないかなって。

渡邊 たぶん失敗だけど、失敗じゃないみたいな。そのやり取り(宮城さんの演出の意図とは異なる演技をしたこと)を経て、完コピを完コピのまま済ませるのではなくて、(この作品で扱う)構造主義とは何で、どのような場面を目指しているのか(というやり取り)があるから、資料を調べても分からなかったことが、稽古を通して理解していく。これを重ねていくことが、未だに毎日続いている。
 
集団で完成された作品を再び完成させること
これまで、宮城嶋さんと渡邊さんのお話を伺ってきました。
再演作品に初出演として参加してきたお二人の努力や困難、楽しさについて貴重な発見をすることが出来ました。
お二人の話から、私なりに一度完成された作品が再演されることの意義について考えました。

大前提として、演劇は映画や写真のような複製芸術ではなく、毎回生身の人間が上演するため、上演できる期間や回数に限りがありますし、観られる場所も限定されています。
その上で、私を含めた観客にとって、レパートリー作品の再演は以前観られなかった作品を鑑賞する機会になりますし、再び鑑賞することで発見をもたらすことにもなります。
また、一定の評価を得た作品を、中高生等の演劇に馴染みの薄い人が鑑賞することで、演劇を好きになるきっかけになるかもしれません。
それが、意義の一つだと考えます。

しかしながら、作品自体が継承され、熟成されていく意義もあると考えます。
お二人のお話にあったように、新たな出演者が参加すれば作品は自ずと変わらざるを得ませんが、それらを受け入れる状況が、本作にはありました。一方で、新たに参加する出演者は、前回までの蓄積を出来る限り完璧に身につけようとします。
これらが、完成された作品のクオリティを落とさず、新たなアイディアや発想、状況を受け入れ変容していくことに繋がっているのかもしれません。

加えて、初演時からの出演者や初めての出演者に関わらず、能動的に考え続けることも重要であると考えます。
お二人は、はじめは分からなかったことでも稽古の中で、自身が上演している場面と思想が結びつくことがあると話されていました。上演された形の継承だけでなく、なぜこの形になっているのかを出演者の中や宮城さんから、稽古の中で共有されていくことで理解の深さに繋がり、それが演技の深化、作品自体の深化に繋がっている可能性を感じました。

演劇は、同じ演目でも、出演者、場所、観客が変われば、少しずつ変容していきます。
一度完成された作品でも、再び試行錯誤を繰り返して上演されることは、一見効率が悪いようにも見えます。しかし、それ以上に生身の人間同士が向き合い対話が生まれ、発見が生まれ、熟成された作品が、観客に再び直接届けられること、さらに観客同士が対話することが、演劇の面白さだと私は思います。

★2024年10月15日(火)の稽古前に宮城嶋遥加さん、渡邊清楓さんにインタビューのご協力をいただきました。この場を借りて改めてお礼を申し上げます。

村上瑛真(静岡文化芸術大学・大学院2年)


秋→春のシーズン2024-2025
#1『イナバとナバホの白兎』

<静岡公演>
2024年 10月19日(土)、20日(日)、27日(日)、11月3日(日祝)、4日(月休)、9日(土)
各日14:00開演

会場:静岡芸術劇場(グランシップ内)
 
<浜松公演>
2024年 12月7日(土)13:30開演
会場:浜松市福祉交流センター ホール
 
<沼津公演>
2024年 12月21日(土)13:30開演
会場:沼津市民文化センター 大ホール
 
上演時間:110分(予定)
日本語上演/字幕あり(英語、フランス語、ポルトガル語、日本語)
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*公演詳細は↓バナーをクリック

 
*それぞれのポスターをクリックすると、2016年(左)・19年(右)上演時のブログをご覧いただけます(2016年初演時の文芸部・横山義志によるパリ日記はこちら)。