2013年10月16日

『サーカス物語』エリ役・布施安寿香ロングインタビュー

中高生鑑賞事業「SPACeSHIPげきとも!」 パンフレット連動企画◆

中高生鑑賞事業公演では、中高生向けの公演パンフレットをみなさんにお渡ししています。パンフレット裏表紙のインタビューのロングバージョンを連動企画として、ブログに掲載します。

エリ役 俳優:布施安寿香(ふせあすか)
埼玉県出身。2006年よりSPAC在籍。出演作に『夜叉ヶ池』(宮城聰演出)、『ガラスの動物園』(ダニエル・ジャンヌトー演出)等。

<演劇との出会いは、高校時代>
――演劇に出会ったきっかけは何ですか?
布施安寿香(以下布施):高校のときに、おやこ劇場という、地域の演劇鑑賞団体に入っていました。高校の友達にそこで活動している人がいて誘われたんですね。それから演劇を見るようになります。まだ演劇をやっていたわけではありません。大学に入り、サークルを始めるときに、どうせなら今までやったことがないことをやろうと思い、演劇を始めました。
――おやこ劇場はどんな団体だったんですか?
布施:おやこ劇場では、鑑賞会だけでなく、子どもたちが集まってキャンプをしたり、劇団をつくってクリスマスで発表会をしたり、そんな活動をしていました。最初の誘われ方は「キャンプをやるから来ない?」でした。高校生が企画したキャンプで、小学4年生から高校生までが参加するもの。もちろん大人もいるんだけど。自分たちで何かをするという気風があったんですね。
――演劇に関係ないこともしているんですね。
布施:そうなんです。その活動の一環で、友達が大学受験を控えているのにクリスマスに上演するお芝居をつくっていたんです。私は大学受験があるからという理由で参加しなかったのですが、本番の公演を見たときに、すごくいいなあと思ったんです。それまではごく普通の道しか知らなかったのかもしれません。部活して、勉強して、受験して、大学に行って…という、それだけしか自分の中になかった。親や大人に逆らってまで何かをするという概念がなかったので、受験があるからって参加を断ったんですけど、やっている姿を見て、いいなあと。大学に入ったときにその思いが残っていたから、演劇をやってみようと思ったんですね。

<大学で演劇サークルに>
――大学のサークルですでに俳優をやっていたんですか?
布施:俳優と衣裳などのスタッフもやっていました。
――俳優を職業として選ぶのは大変な選択だと思うのですが、どういう経緯だったのですか?
布施:そうですよね。私も若くなければできなかったと思う(笑) 大学は法政大学の哲学科だったんですが、哲学を選んだ理由が、根本的なことを学びたいということでした。哲学から学問が発展していますよね。大学に入った段階では、自分が何に興味を持っているかわかっていなかったので、根本的なことを学びたいと思ったんです。けれど、大学の勉強があまりおもしろくなかった。法政大学だったからか学生運動の名残(なごり)があり、演劇サークルも自分たちで作品をつくるだけでなく、建物の管理などに関わっていました。私もサークルとは別に事業委員会というのに入っていました。学生の企画書を会議にかけて、企画について議論をするんです。学生会館にふさわしいかどうかという基準で。議論に通れば演劇サークルで作品にしたり。そういう実践的なことの方が、ただ勉強するよりも性に合っていたと思いますね。

<演劇がもつ、福祉・社会とのつながり>
――作品づくりの周辺も含んだ演劇活動ですね。
布施:はい。私が大学へ入学した頃、介護福祉士の資格が注目されていたのですが、福祉的なことをやろうと漠然と思っていました。演劇をやっていると、人と直接向かい合って、その人が変わっていったり、自分たちが変わっていったりします。そういう経験から、私がやりたいことは演劇を通してできるかもしれないとふと思ったんです。その時、小説家・遠藤周作さんの本で劇団樹座(きざ)のことを知りました。遠藤さんがやっていた劇団で、素人を集めて、1年に1回上演するんです。普段はお芝居なんてできない、例えば子どものいるお母さんも、劇団のメンバーが子もりをバックアップして、公演をつくっていく。そういう集団をつくることが、将来やりたいことかなと思いました。そう考えたときに、まずは俳優として力をつけないと人がついて来てくれないだろうと、俳優の勉強をしっかりしようと思ったのが一番大きいです。
お芝居を始める前は、YMCAのボランティアに参加し、学習障がいの子どもたちと遊んだり、福祉に関心があったんですね。高校の時におやこ劇場に来ていた子もそうだったのですが、学校でうまくいかない子たちがいますよね。最初は逃げ場でもいいから、その子たちのための場所が必要なんじゃないかと、そんな話をよくしていたんです。そういった子たちが過ごせる場所という漠然としたイメージが、お芝居を知る前からありました。私自身もあまり学校に馴染(なじ)めない、社会にとけ込めないという感じを持っていて、学校とは別の場所で、社会に帰って行くために、とどまれる場所があればいいなという気持ちが根本にあったんです。もしかしたら演劇にはそういうことができるのかなと思っていました。
――なるほど。演劇と福祉がつながっているんですね。
布施:SPACに来る前は、宮城聰さんのク・ナウカという劇団にいましたが、俳優として何とかうまくなろうと思って、そんなことを考える暇もなくなってしまいました。ひたすらあっぷあっぷで、与えられた役をこなすことで精一杯。自分との闘いのみという感じでした。SPACに来て、とくに最近、そういうことも余裕を持って考えられるようになりました。

<劇団「ク・ナウカ」へ入団 俳優の道を進む>
――ク・ナウカに入ったのは大学卒業後ですか?
布施:大学は3年で中退しました。2年のときに一度ク・ナウカのオーディションを受けて落ちています。3年で合格しました。後で自分の手帳を読み返すと、大学2年の初め頃に、すでに「プロになる!」と書いてあり驚きました(笑)
――なぜク・ナウカを選んだんですか?
布施:私をかわいがってくれていた大学の先輩がク・ナウカに向いていると勧めてくれたんです。その頃、台詞(せりふ)をしゃべることにとても抵抗がありました。どうも私の言葉のしゃべり方が変で、演出の人におかしいと言われ、コンプレックスがあったんです。ク・ナウカで演劇ともダンスとも言えないような豊かな体を見たときに、自分の活路があるかもしれないと思ったんです。ク・ナウカに合格する前、山の手事情社という劇団のお芝居を見て、様式性の高い世界観に触れました。現実の世界に馴染んでいない自分がいたせいで、あのような世界に入りたいと思ったんですね。その芝居を見た次の日に、親に「大学をやめたい」と言いました。若い頃は思い込みが激しかったんですよね(笑)
――俳優を選んだのは始めて1、2年ですよね。
布施:そうなんです。はやい。自分のやりたいことがそこにあると思ったんでしょうね。そういえば、「ふじのくに⇄せかい演劇祭2013」で、フランスの演出家クロード・レジさんのもと『室内』 という作品に出演したのですが、レジさんは「私たちは演劇だけをやっているのではない」ということを強く言っていて、科学の話をするんです。レジさんとの出会いで、お芝居を始めるまでの自分を思い出せたようなところがあります。中学生の頃に感じていたこととリンクして。あの頃とお芝居の世界がちゃんとつながっていると確認しました。
――レジさんは演劇以外の話をされるんですね。
布施:演劇だけをやるわけじゃないと言っていました。レジさんは東洋思想に興味を持っていました。私が哲学科へ進んだきっかけの1つは、中学時代に中国の老荘思想を知り、おもしろいなと思ったことがあったからです。現代演劇の世界は西洋のリアリズムが主流なので、日本の外側、自分の出自ではない世界に飛んでいますよね。フランスの演出家に東洋思想について話されて、自分の出自に戻って来た感じがあります。自分の中でつながった感じがあって……その体験の後に『サーカス物語』になりますので、舞台での立ち方がこれまでとは違うという感じがする。ミヒャエル・エンデはそれこそ子どものときに好きで読んでいたのですが、そのときは自分が俳優になるなんて全く思っていなかった。そんな本を大人になって中高生へ伝えるという大きい循環を感じています。

<俳優、それは自分を変えられる仕事>
――俳優という仕事の醍醐味(だいごみ)は何ですか?
布施:自分を変えることができるということでしょうか。新しい自分を見つけやすいと言ったらいいかな…
――色々な役を演じられるということですか?
布施:それもありますし、嫌でも人とぶつかるし、舞台の上で人の眼にさらされるでしょう。日常ではあまりない経験をするんです。普通に生きていたら逃げてもいいようなことに向かい合わないといいものがつくれないですね。しかもたくさんの人と向かい合わないといいものがつくれない。そういう経験は自分を育てるというか、豊かにすると言えばいいでしょうか、変わっていくことになると思います。
――創作を通して色々な人に出会うことが、自分を変えるきっかけになるんですね。
布施:例えば、『夜叉ヶ池』 の中で百合という娘を演じたのですが、好きな人を守るために自害するんです。現実にはそんなに潔いことはできない。それをあの瞬間にできるようにするには、普段やっていることだけでは説得力がありません。非日常的なことが成立させられる体になるためには、普段より人とぶつかったりして、自分にショックを与えるんですね。このテンションなら説得力があるという状態に自分を持って行くために、人と向かい合う中で、そういうものが生まれるようにする。演出家によって「タスクをかける」と言ったり、「様式性を用いる」と言ったり、方法が異なります。舞台上のお約束の中で観客が嘘だと思わないようにしたり。そういった演出家と一緒に仕事をするときは、それがただの形にならないために、自分の中身を変えていくんです。そう考えて、役柄を掘り下げると、自分も人間的に強くなっていける感じがします。
――とてもしんどい仕事だなと思いましたが、俳優の醍醐味でもあるんですか?
布施:そういうふうにしか生きられないのかもしれません。そういうことをなくして生きていくのが想像できないというか……単純にワクワクするという楽しさとは違うんですが、その方が自分の体が充実しています。生きている感じがするんですよね。
――どんな役でもそうなんですか?
布施:人だけではなく物も含めてね。小道具1つ、衣裳1つにしても、関係についてとことん考えていくわけで。それがおもしろいと思います。

<『サーカス物語』 ユディ・タジュディンとの創作現場>
――『サーカス物語』ではインドネシアの演出家ユディ・タジュディンさんと創作をしていますが、いかがですか?
布施:ユディはすごくオープンな人です。それはインドネシアに島がたくさんあって、一つの島の中でも色々な言語が使われているからではないかと思います。言葉が通じない人と一緒にいるということが前提だという感じがする。外側に開いているんです。人の意見が自分と違うということが大前提にある。そういう人たちと一緒に社会をつくっていかなくてはいけないという感じがユディからいつもします。社会と演劇が地続き。自分たちが社会を引っ張っていくという意識が自然にありますね。演劇のつくり方も、一人の演出家が決めてかかるのではなく、皆が何を持っていて、このメンバーだったら何をつくれるかを第一に考えています。そういう作品づくりに、インドネシアは多様性の国だなと感じます。
――俳優のアイディアを盛り込んでつくっていくと聞きましたが、他の演出家とは違いますか?
布施:私が知っている限りでは、例えばフランスの演出家だと、まず空間を必ず決めているんです。舞台美術ですね。それから、その世界の中で、どう俳優を立たせるかということになります。その場合、演技は俳優にまかせられるのですが。ユディの場合、演技の外側、劇の構造も、俳優の持っているものとして出すんです。宮城聰さんもこれに似ているかもしれません。多様性とよく言いますし、俳優が持っているものも含み込んだ世界をつくろうとするのだと思います。
――先ほど、俳優としての舞台の立ち方がこれまでとは変わったという話がありましたが、ユディさんの演出を受けつつ、どのようにそれを感じているのですか?
布施:実際に稽古をしているときは、その瞬間を生きているので、あまりそんなことは考えていないのですが、1つ前の作品でレジさんの演出を受けたときに「俳優にとって大事なのは、どんな技術があるかとか、俳優として自分がどれだけすごいかを見せるのではなく、(『室内』の作者である)メーテルリンクの言葉から想像させられるものを観客にどれだけ届けることができるか、観客とどれだけ世界を限界なく広げられるかだ」ということを考えました。自分自身が確実にそこに存在しているということではなく、荘子の胡蝶(こちょう)の夢ではありませんが、夢という意識できないもう1つの世界を信じ、自分の体の大きさにおさまらない、もっと大きなものを想像する。しかもそれを観客に感じてもらうということをあらためて考えました。
『サーカス物語』も現実と夢の話です。子どものときに感じるような、本を読んで頭の中が刺激され世界が広がっていく感動を、お芝居で感じてもらえたらいいなと思います。ユディもWhich is real ? と言っています。どっちが本当の世界かと。陰と陽ではないですが、現実と夢の2つの世界が同時に存在しているということを、一方的に観客に提示するのではなく、役者自身もどちらがどちらなのかが、あたかも分からないかのように観客の目に映るといいなと思います。

<『サーカス物語』 現実と夢が入りまじった作品>
――自分を掘り下げるということと、俳優さえ気づいていないことを観客と一緒に見てしまうということを言われましたが、それは『サーカス物語』の夢と現実の入り組んだ作品構造とつながっているんでしょうか?
布施:そうですね。もちろん俳優が内部で感じていることは大事なのですが、2つの矛盾したものが同時に存在していることを観客に感じてもらう手だてとして、どっちかわからないようにあまり表現しないという方法、観客が覗き込んでいってその中に想像させるやり方があります。ユディの場合は、両極端なものをコラージュ的に見せて、結果的に2つを同時に見た観客が自分の中で勝手にストーリーをつくっていく。色んな階層のものが同時に存在している中で、俳優も整理をつけていかなくてはいけませんが、ある瞬間はエリになり、エリを突き詰めて演じている。また次の瞬間はスイッチが変わったように、ト書きを読んでいる俳優布施安寿香が観客と向き合って語っている。エリ王女は、少女エリ役とダブルキャストのエリ王女役の3人でやっているので、私はそんなにやってはいないのですが、物語の世界の中で王女にもなる。それぞれを極端にやった最後に何かが残るのではないかなと。

<『サーカス物語』 3つの役・層を演じることの難しさ>
――今回は3つの役をやっているんですね。
布施:役というか、ユディが言うには、3つの箱が入れ子になっていて、それぞれの層を行き来するということです。エリをやっているときに、「私」という存在が消えるわけではないけれど、一瞬忘れていてもいいんじゃないかと思う。自分が布施であるということを。その3つをどう矛盾なく渡れるかは自分の感じるままでいいと。俳優自身がどれも真実味を持って演じていたら、どれが本当でどれが嘘かわからないし、そういうふうにつくっておけば、今度は観客がつくってくれると思うのです。
――サーカス団のエリの役は障がい者として描かれていて、難しいところがあると思うのですが、どの層の人物も等価なのでしょうか? どれかの役に重点を置いているということはないのですか?
布施:最初はエリの役が難しく、そこにウエイトを置いていましたが、そのことで演出家と衝突することがありました。衝突したときに、俳優のたきいみきさんがそれを見ていて、「ユディはト書きを読んでいる布施安寿香にいてほしいのではないか」と言われて、そのときは意味がわからなかったのですが、ある程度エリのイメージができて落ち着いたときに、ユディが求めているのはエリだけに重きを置くことではないとわかりました。さっきのどっちが夢でどっちが現実かわからないというのに似ています。エリの役について皆で議論しました。どのくらい障がいがあり、劇団員たちはどのくらいエリを重荷だと思っているのか、それがはっきりしないと、物語の大事なところが決まらない。障がいのある方が観劇に来ることがあるでしょうし、障がい者を兄妹や家族に持っている方も観劇に来る。そのときに不快にならない演技はどうしたらいいのかということは、私が一番考えなければならないことですし、他のメンバーも考えてくれています。稽古の最初の方で色々と試しました。一方で健常者である俳優としての自分がいて、一方で障がいのある人物を演じている。それを同時に見せる。なんだ演技なんじゃん!と思われてしまうことに、自分の中で闘う。その瞬間、障がい者を演じ、また自分に戻る。演技じゃないかという要素を自分でも持ち続けることで、それが結果的に自分を助けてくれるのではないかと。自分が持っている何かとエリという役が持っている何かを等価にしておく必要があるのかなと思います。エリ王女はエリの延長にあるので3つが等価ではないですが、少なくともエリと語り手としての私の関係には必然性があるようにしたい。ユディの演出もしくはエンデの戯曲にはそれが合っているのではないかと思います。失敗すると批判も受けるだろうと思っていますが。
――エリと布施さんが入れ替わる瞬間があるわけですよね。等価と言っても、その境目は何なのだろうと思います。
布施:そうなんですよ。シーンごとに入れ替わるならばいいんです。暗転ごとに区切って次に進めるから。ただその変化を見せなくてはいけないシーンがあります。ユディはこのあたりへ移動して舞台袖へ、とビジュアル面の指示を出します。いざそれをやろうすると、それではその間に役を変えられないということになる。何回も違うことをやって、こうしてくれと言われて、「はい」って従うんですが、なかなかうまくいかない。役に入れば入るほど、ト書きを読む私に戻るのが難しい。ト書きを読む私も素の私ではもちろんありません。けれど、素の私が、エリほどのフィクション性を持つと今度は観客と離れてしまう。観客に近い生っぽさを持ちつつ語るんです。ト書きを読む私に、はっきりイメージをつけにくいがために、あやふやになりがちなんです。その日その日の観客の空気感で変わると思う。そういうフレキシブルな状態の語る私と、イメージが確固としてあるエリ。真逆なんですね。ト書きの私からエリへ入るのはそう難しくないのですが、エリからト書きの私に抜けるのがけっこう難しい。これからの稽古で追求したいところです。

<SPAC版『サーカス物語』の魅力>
――最後に『サーカス物語』の魅力を教えてください。
布施:見ている瞬間はとても楽しめる作品だと思います。歌も踊りもある。シーンの空気感も色々です。そのときは楽しいと思ったとしても、その上で、何かが無意識に残るのではないかと思います。今まで知らなかったものに出会えると思います。それを楽しいと思うか、あるいは、なんだかよくわからないと思うかもしれない。そこは見た人次第ですね。テレビドラマでよく見るような家族ドラマや恋愛ドラマとはずいぶん違う、普段出会わないものに出会える作品だと思います。反応がとても楽しみです。怖いところもありますけどね。

(2013年8月30日静岡芸術劇場にて)
(インタビュー:ライター西川泰功

鑑賞事業パンフレットは、一般公演でも物販コーナーにて販売しています。

最後に布施安寿香からのビデオメッセージです。

SPAC秋のシーズン2013
『サーカス物語』
10月19日~11月3日
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