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2013年6月5日

ふじのくに⇄せかい演劇祭2013、ドイツ・東欧特集!?

横山義志(文芸部)

今年のふじのくに⇄せかい演劇祭はちょっとしたドイツ・東欧特集である。今週末6月8日(土)・9日(日)にベルリン・フォルクスビューネの『脱線!スパニッシュ・フライ』があり、6月22日(土)・23日(日)にはポーランドの『母よ、父なる国に生きる母よ』がある。実は、SPACでドイツ・東欧の大規模な作品をやるのは、ほとんどこれがはじめて。

フランスに住んでいたときにはよくドイツ・東欧の作品を見ていて、フランスの作品と比べても、俳優の演技もスタッフワークも質が高く、内容も深いものが多いので、なんで日本ではあまり見られないのだろうかと思っていた。だが、実際に招聘に関わることになって、その理由がよく分かった。招聘する側の都合からしてみれば、しっかりしすぎているのだ。

ヨーロッパでも、西と東では、公共劇場の形態がかなり異なっている。ドイツと旧「東側諸国」では、劇場の仕組みが似ていて、大きな都市にはほとんど必ず、専属の劇団がついた立派なレパートリーシアターがある。この場合のレパートリーシアターというのは、SPACとはちょっと違って、たとえば昨日『ハムレット』をやっていて、明日は『オイディプス王』、明後日は『ファウスト』、その次は『トレインスポッティング』をやっている、といった具合で、一週間単位で見れば、毎晩別の作品をやっている。このようにして、一度作った作品を、何年も上演しつづけるわけである。だから舞台装置も、何年も使いつづけられるように作られている。

一方、もっと西のフランスやベルギーでは、一年か二年に一回新作を作り、一本の作品を一年か二年かけて、あちこちの公共劇場で上演して回る、という形態が多い。たぶんスイス、イタリア、スペインでもこのタイプの劇団が多いのではないか。この場合、劇団が劇場に所属しているとしても、それは作品製作の拠点としてであって、ずっとその劇場にいるわけではなく、ツアーしている時間の方が長くなる。だから舞台装置も、ツアーすることを前提に、持ち運びやすいように作られている。

便宜的に、前者を「東欧型」、後者を「西欧型」としておくと、財政基盤においても、東欧型の公共劇場付属劇団は、基本的にはその劇場で、その地域の観客のために良質の作品を提供するのが最大の使命で、それを維持するために、国や地域から大きな助成金が与えられている。とはいえ、そこで本当に質の高いものが作られていれば、他の地域の観客も見たくなるし、その地域の文化を宣伝するためにも、自分の殻に閉じこもってしまわないためにも、国内や国外の演劇祭に参加することもある。だが、これはあくまでも副次的な仕事になる。

それに対して、西欧型の劇団では、そもそも一つの劇場で一ヶ月間上演したくらいでは経済的に成り立たず、新作を準備する時点で、共同製作に加わってくれる他の劇場を見つけて、ツアー先を確保しておかなければならない。劇場の側から見れば、その劇場の芸術監督が率いる劇団によって上演される作品をやるのは、多くても一年のうちの二ヶ月くらいで、残りの期間は、他の作品を買ったり、共同製作に加わったりして、ツアーで来る作品を受け入れるのが主になる。だから、招聘する作品を選ぶ、というのも、芸術監督の仕事のうちの大きな比重を占めている。SPACの形態は、東欧型と西欧型の、いわば中間的な形態だと言える。

というわけで、「東欧型」公共劇場付属劇団の作品というのは、おおまかに言えば、あんまりツアーするようにはできていないわけである。舞台装置は重厚長大型が多いし、助成金が手厚いこともあって、技術スタッフの数も西欧型の劇場よりずっと多い。結果として、10人前後の出演者に、20人近い技術スタッフがついてきたりする。しかも組合もしっかりしているので、ツアー時でも、簡単に人を減らしたりはできない。陸続きのヨーロッパであれば、舞台装置やスタッフの移動もなんとかなるが、東洋の島国まで持って来ようとなると、なかなか大変なのである。

今回は東京ドイツ文化センターやポーランド文化センターの方々がとても熱心に応援してくださったので、どうにか実現できたが、かなりハードルが高かった。だが、公演が行われる前から言うのもなんだが、これを機会に、今後はもっとドイツ・東欧の作品を取り上げていきたいと思っている。

何よりもまず、作品の質が高い、というのが最大の理由だが、それだけではない。「今、東欧が熱い!」と思っている人はあんまりいないだろうが、実際に旧東ドイツ(フォルクスビューネは旧東ベルリンの劇場である)や東欧の作品を見てみると、そこには、今の世界の仕組みが抱えている矛盾が、非常に先鋭的な形で現れているのを感じる。ベルリンの壁が崩壊したときには世界中が熱狂したが、その後二十年以上経って、「自由化」した旧東側諸国の人たちはどうなったのか。

『脱線!スパニッシュ・フライ』『母よ、父なる国に生きる母よ』も、どちらもとても楽しく見られる作品だが、今の世界の生きづらさについて、いろいろ考えさせられる作品でもある。