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2015年6月19日

【『舞台は夢』新人日記】​ ​vol.​2​:​フィスバックさん、静岡大学に登場!<後編>「演劇祭は何の役に立つか」

皆様こんにちは!制作部の塚本です。
前回のブログでは、フィスバックさんが5月27日に静岡大学で行った講義のレポートとして、主にフィスバックさんと『舞台は夢』を紹介させていただきました。
今回の<後編>では、この授業のテーマである「演劇祭は何の役に立つか」という問いに迫ります!(講師:SPAC文芸部・横山義志)
 

 
話はまずフランスのアヴィニョン演劇祭の紹介から始まりました。
世界最大の演劇祭であるアヴィニョンで、フィスバックさんは過去に何度も作品を上演しており、また俳優としても他の演出家の作品に出演しています。
そして何を隠そう、SPACも2014年に公式プログラムとして招かれて『マハーバーラタ〜ナラ王の冒険〜』『室内』の二演目を上演しています。
『マハーバーラタ』は崖に囲まれたブルボン石切場という空間に巨大な円形の舞台を出現させました。今年の野外芸術フェスタの、駿府城公園での上演で同じ舞台セットをご覧になった方も多いかもしれませんね。

アヴィニョン演劇祭には毎年、約9万人もの人々がつめかけます。
上演プログラムは「イン」(演劇祭が招聘する公式プログラム、約40作品)と「オフ」(自主参加による上演)に分かれており、オフではなんと1000以上の演目が上演されます。
劇場では実現することの難しい、4~5時間程の長い作品でも上演できるのがアヴィニョン演劇祭の「お祭り」的な雰囲気の魅力の一つだとフィスバックさんは言います。

アヴィニョン演劇祭にはさらに規格外の作品もあります。
1996年にフィスバックさんは俳優として『わたしの竜よ、飛べ』という作品に参加したそうですが、なんとその上演時間は9時間。お客さんも途中で眠ったり起きたり…、終わった頃には俳優と観客が抱き合いたいような気分になるそうです。フィスバックさんはその時の感覚を徹夜したときの感覚に喩えていました。
徹夜して真夜中まで起きているときって、なんだか普段の自分とは違う気がしませんか?感受性がものすごく研ぎ澄まされたような…。フィスバックさんはそれを「魔術的体験」、「夢を分かちあう時間」と呼びます。そうした体験ができるのが、演劇祭の大きな魅力の一つなんですね。

ちなみに2014年のアヴィニョン演劇祭では『ヘンリー6世』という作品が上演されましたが、その上演時間を聞いて驚くなかれ…なんと18時間です!!
演劇ファンでも少し腰が引けてしまうかもしれませんね。でもちょっと、観てみたい…。

そんなアヴィニョン演劇祭ですが、始まりは第二次世界大戦後の1947年。ジャン・ヴィラールという演出家が、アヴィニョンの教皇庁の前庭で野外演劇を行うよう要請されたのがきっかけでした。当初は「アヴィニョン芸術週間」という名前で、ダンスや絵画の展覧会も盛んだったといいます。

フィスバックさんによれば、開催当初から変わらないアヴィニョン演劇祭の目的は大きく分けて2つ。

●脱中心化(地方分散化)=すべてのフランス市民が芸術にアクセスできること
●芸術というものを通じて、人々が「自らを教育する」ことが可能になること

当時のフランスは、演劇といえばパリの劇場でしか上演されないことがほとんどでした。『舞台は夢』の作者であるコルネイユの作品も、パリでしか観られなかったと言います。
そこで、フランスの南、アヴィニョンで行われる演劇祭は、パリ以外の場所に文化を届けようという地方分散化の最初の大きな動きとなりました。
それにしても、文化の一極集中という状況、ちょっと日本と似ていませんか…?

そして二つ目の「芸術を通じて人々が自らを教育する」。
これって、どういうことでしょう?
ハテナが浮かんだところに、講義を受けている学生さんからフィスバックさんに質問がありました。

「フランスでは、芸術=教育なんですか?」

なるほど、確かに日本では芸術というと教育よりも娯楽に近いものとして受け取られているかもしれません。
フィスバックさんはこのように答えます。

「教育を受けるということは、他者(自分と違う存在)が存在することを受け入れるということ」

アヴィニョン演劇祭が始まる前の第二次世界大戦で、各国は大きな被害を受けました。
そのような経験によって、フランスではフィスバックさんのいう「他者を受け入れる」ための教育が重視されるようになったのかもしれません。
つまり、自分とは生まれも育ちも文化的背景も異なる他者を恐れず、どちらが良いとか悪いとかではなく、純粋に「違う」ということを理解することです。
そしてそのような教育のためには、学校教育だけでなく、芸術が大きな意味をもつと考えられたのでしょう。

アヴィニョン演劇祭には外国の作品も多く招聘されています。
それによって、人々は「いま、海外では何が起きているのか」を知ることができます。
グローバル化が進んだ現代では、世界中の情報が簡単に手に入るようになりましたが、本当に外国のことを知るためには、その国の芸術を自分の目で見て、肌で感じることが大事なのかもしれませんね。

フィスバックさんは続けます。
「演劇は旅に似ています。登場人物に感情移入したり、風景をイメージすることでできる、内面的な旅です。それは日常生活の中ではできない旅です。そしてそのような旅の中で、人々は自分の人生においてどう生きるかということを考えます。優れた芸術作品に出会うということは、自分の人生の意義について考えることなのです・・・」。

さて、この講義を受けた学生さんたちは何を考えたでしょうか。

私自身は、演劇に対する自分の認識が大きく変わりました。今までよりもっと、作品のもつパワーが体に染み込んでくるような…そんな感じがしています。
このブログを読んでくださった方にも、「演劇祭はなんの役に立つか」という問いを通じて、フィスバックさんの言葉を届けることができていたら幸いです。

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​9~10月 SPAC新作
『舞台は夢』
演出: フレデリック・フィスバック
出演: SPAC
静岡芸術劇場
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