SPAC文芸部 横山義志
「ふじのくに⇄せかい演劇祭2020」で上演されるはずだった『私のコロンビーヌ』を見たとき、オマール・ポラスと一緒にアンデス山脈から星を眺めた日のことを思い出しました。オマールはインディオと呼ばれる自分の祖先たちの生活について語ってくれました。その時はじめて、「新大陸」と呼ばれた土地が、とても古い記憶を宿している土地でもあることを実感することができました。
オマールの故郷は、イタリアの探検家コロンブスにちなんで「コロンビア」と呼ばれています。コロンビアの公用語はスペイン語。「新大陸」の人や物の多くは、ヨーロッパの言葉で呼ばれます。コロンブスというのはラテン語で「ハト」の意味。「コロンビーヌ」は「小鳩ちゃん」といった意味の女性の名前で、コメディア・デラルテでは陽気で抜け目のない女中のキャラクターです。『私のコロンビーヌ』とは、オマールが出会ったヨーロッパの演劇のことでもあり、なぜかヨーロッパ人から借りた名前で呼ばれているオマールの故国のことでもあるようです。
オマール・ポラスはヨーロッパの演劇界でもかなり特異な存在です。コロンビアから一人でパリにやってきて、地下鉄で人形劇をやったり、コロンビア人女性のところに転がりこんだりして何とか生き延び、なぜか舞台芸術界の重要人物たちと出会い、それからなぜかジュネーヴ郊外の廃屋で演劇活動を始め、ついには公立劇場の芸術監督になってしまった…というのは、ちょっとほかに似た例が思い浮かびません。
今回「くものうえ⇅せかい演劇祭2020」を立ち上げるにあたって、劇団SPACの中で、「演劇に救われた」という経験があるからここにいる、という話が何度も出ました。でもオマールほどに演劇が人生を変えてしまったという例は、他にあまり知りません。
オマールはコロンビアの先住民の農家に生まれ、読み書きができずに悔しい思いをした母親から、とにかく学校で勉強するようにいわれて育ったといいます。そして読み書きを学んだことで文学・哲学・芸術と出会い、パリにあこがれ、演劇にあこがれ、自分が生まれ育ったのとは全く異なる環境に飛び込み、自分の道を切り拓いてきました。
そんなオマールの半生をはじめて作品にしたのが『私のコロンビーヌ』です。この作品を見ると、人には無限の可能性があるんだ、自分で扉を開けてさえみれば新たな世界が見えてくるんだ、と素直に感じることができます。
読書は遠いところや違う時代に生きた人たちとつなげてくれます。そして演劇は別の場所、別の時間を生きた人たちを通じて、今を生きる人たちとの新たな出会い方を教えてくれます。オマールとSPACも、静岡で、スイスで、フランスで、コロンビアで、これまで何度も、そんな不思議でディープな時間を過ごしてきました。
2011年、東日本大震災によって、オマールがコロンビアでつくった作品の静岡公演が中止になりました。その時オマールは、「椅子一つ、ろうそく一本でも芝居はできる」といって、単身静岡に来て、SPACの俳優たちと一緒に作品をつくってくれました。でも今回はスイスの自宅から出ることもままなりません。
そんな中でオマールは、静岡で過ごした日々の思い出から出発して、コロンビアの思い出、そして『私のコロンビーヌ』の物語へと私たちを誘う、8分間の素敵なビデオ作品を送ってくれました。盟友宮城聰とのトークとともに、ぜひお楽しみください。
▲ 「ふじのくに⇄せかい演劇祭2011」上演作品『シモン・ボリバル、夢の断片』より
上・貴島豪、下・オマール・ポラス
▲ 2012年『ロミオとジュリエット』初演創作期間中、静岡芸術劇場にて
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くものうえ⇅せかい演劇祭2020
https://spac.or.jp/festival_on_the_cloud2020
◆オマール・ポラスによる『虹のドレス』
4月29日(水・祝)13:00配信開始予定
◆トーク企画「くものうえでも出会っちゃえ」
オマール・ポラス×宮城聰
4月29日(水・祝)13:30配信開始予定
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