SPAC文芸部 横山義志
今回映像でお届けすることになってしまった『愛が勝つおはなし』は、今の状況で観ると、とても心に染みる作品です。隣国の王子と恋に落ち、父王が命じた政略結婚を拒否したため、七年ものあいだ暗い部屋に閉じ込められていた少女。外に出てみると、父は亡くなっていて、一面の焼け野原。戦争で傷ついた人々や仕事を失った人々が路頭に迷っています。
きっと今頃、世界中で、家族や恋人や友人と引き裂かれた人たちが「いつあの人に会えるのかな」と思っていることでしょう。
オリヴィエ・ピィは今日のフランスを代表する劇作家の一人です。ムアワッドとピィのスタイルはだいぶちがうのですが、一つ共通していることがあります。それは「言葉は人を変える」ということを深く信じているということです。フランス語で「言葉」を意味する「パロール」には、「約束」という意味もあります。二人とも、この「約束としての言葉」には人の運命を変える力がある、と思っているのです。この考え方は、全ては経済によって決まると思われがちな今日の世界においては、貴重なものになってしまったのかもしれません。
オリヴィエ・ピィは、現代の劇作家では珍しく、キリスト教の信仰を公言しています。ピィは「言葉が受肉する」ということ、つまり言葉が人に宿って人を変え、世界を変えていくという奇蹟を信じているのです。フランス語の「パロール」は、紙に書かれた言葉ではなく、話し言葉を指しています。言葉を口に出すと、それを聞いた人とのあいだに新たな約束が生じ、世界は変わっていきます。
「会いたい」という気持ちを心の片隅にしまって日々を過ごしている方も多いでしょう。でも、明日の世界をつくるのは、きっとそんな気持ちです。
少女の七年間の監禁生活を支えたのは「恋する王子様に会いたい」という気持ちでした。そして全てを失い、打ちひしがれた少女は、演劇と出会い、演じることを通じて、ふたたび自分の欲望に正直に生きること、自分の意思を持つことができるようになります。舞台で他人の欲望を演じること、演じられる他人の欲望を自分ごとのように思って観ることは、いわば「言葉を受肉させる」ための儀式です。そんな儀式を通じて、欲望が意志となり、言葉となって、世界を変えていく。だからこそ演劇は世界を変えうるのだ、というのがこの作品に込められたピィさんの思いです。
オリヴィエ・ピィは世界最大の演劇祭の一つであるアヴィニョン演劇祭のディレクターでもあり、そこでSPACの作品を二度にわたって紹介してくれています。そのアヴィニョン演劇祭も、今年はついに中止になってしまいました。世界中の演劇を愛する人々が出会う場が失われてしまった今、ピィさんはどんな気持ちなのか。宮城聰とのトークにも、ぜひご注目ください。
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くものうえ⇅せかい演劇祭2020
https://spac.or.jp/festival_on_the_cloud2020
◆オリヴィエ・ピィのグリム童話『愛が勝つおはなし~マレーヌ姫~』全編上映
5月2日(土)14:00配信開始予定
◆トーク企画「くものうえでも出会っちゃえ」
オリヴィエ・ピィ×宮城聰
5月3日(日・祝)13:30配信開始予定
◆関連企画!おうちで感想画を描いてみませんか?
オリヴィエ・ピィのグリム童話『愛が勝つおはなし~マレーヌ姫~』全編上映を観て、心に残ったシーン、面白かったシーンをあなたの思うように絵に描いてお送りください。応募された作品は、フランスへ届けられます。オリヴィエ・ピィさんに絵であなたの気持ちを伝えましょう♪ 詳細はこちら
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