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2024年10月21日

SPAC『イナバとナバホの白兎』2024 レポート③

これは、(公財)静岡県舞台芸術センター、SPACを調査している、大学院生による『イナバとナバホの白兎』を読者の皆さんと一緒に楽しむためのブログです!
『イナバとナバホの白兎』の注目ポイントやSPACの皆様が大切にしていることを、レポートします!
前回のレポートはこちらからお読みいただけます。今回の作品の創作過程について書いています。

今回のテーマは「対位法」です!
私自身がSPACの作品を見るたびに、気になっていた対位法。
その構成や発想の経緯など、不思議に思っていたことを調べました!
それらをレポートすると共に、私が感じた対位法の面白さと不思議さを皆さんとシェアしたいと思います。

対位法とは何か
「対位法」とは、もともとは西洋音楽における音楽理論の用語の一つで、バッハによって集大成させた、独立した旋律を複数同時に組み合わせる作曲技法です。言葉で、この技法に挑戦したものがSPACにおける「対位法」です!(これから「対位法」という言葉を使う際は、SPACにおける「対位法」を意味します。)

★SPACにおける対位法の音声はこちら

 

以前から宮城さんの作品では、セリフを音楽的に構成したり、発したりすることはありましたが、2016年『イナバとナバホの白兎』で初めて「対位法」として確立しました。
そして、現在対位法をSPACの中で中心的にまとめているのが、SPAC俳優・寺内亜矢子さんです。

対位法は、作品やシーンによって異なりますが、基本的には短いフレーズやセリフを音として構成し、意味を浮かび上がらせる作りになっています。
実際に『イナバとナバホの白兎』のワンシーンで使用されているフレーズを表にしてみました。

表1 稽古見学、稽古場のホワイトボードより著者作成。縦軸はパート、横軸はカウント(拍)数を表している。一つのマス目の左側がオモテ拍、右側がウラ拍。〇は休符を指している。

この部分は「芽が出ました」という言葉を、三つのパートに分けて、6カウントで一つのフレーズとしている対位法です。

一つ目のパートは「めがでました」と言っているけれど、二つ目のパートは「めががまでたまがしまたた」、三つ目のパートは「めがでし」と言っています。

この三つのパートを、6カウントの中で同時に発していきます。
青い丸で囲んでいる部分が同じ音が重なっており強く聞こえる部分で、3パート合わせて聞くと「芽が出ました」という言葉が浮かび上がってくるという仕掛けになっています!

では、どのようにして表1のような形が出来上がっていくのでしょうか。

対位法の作り方(「のがれるすべなし方式」)
まずはじめに、これからご紹介する対位法の作り方は、現在SPACで行われている最も基本的な方法です。(これを「のがれるすべなし方式」と呼んでいるようです。)
『イナバとナバホの白兎』以降、複数の作品に対位法は使われていますが、作品ごとに新たな挑戦が加えられたり、これまでの宮城さんの作品で使ってきた手法が加えられたりして、徐々に複雑化しています。

表1で示した対位法になる前に、まず表2のような形に言葉を並べます。


表2 寺内さんへのインタビュー内容を基に著者作成。表記方法は表1と同様。

1カウントごとに一文字ずつ発音するパート、それを1カウントに2文字発音する(倍速)パート、1カウント分休符を入れて一文字ずつ発音するパートに分けて文字を組み立てます。
そして、1カウントごとに音を揃えるために、表1の赤字で示した文字を一つ目のパートの音に合わせて変えています。
そのため、表1で示したような文字の羅列になるのです!

この方法は、『イナバとナバホの白兎』の際に宮城さんの提案から生まれたそうです。
寺内さんが解説している動画はこちらからご覧いただけます。(実際にSPACの俳優の皆さんが実演されています!実際に聞いていただくと、イメージが湧きやすいです。)


図1 寺内さんへのインタビューの様子。対位法の構成について使いながら説明を聞いている。2024年9月14日、静岡芸術劇場ロビーにて。

対位法の生まれたきっかけ
対位法は、既に述べた通り『イナバとナバホの白兎』から手法として確立しました。
本作はレヴィ=ストロースの構造主義という考え方を、演劇として表現する方法を模索した作品でもあります。(レポート①と②で詳しくレポートしています。)

本作を創作する際に、宮城さんから俳優へ西洋音楽理論における対位法のようなものを、言葉でもできないか?という提案があったそうです。
そこから、寺内さんをはじめ本作の初演に関わっていた俳優が、手探りで編みだしました。

対位法にするフレーズを選び、長さを決め、俳優それぞれが連想した言葉や音を加えながら、一つの対位法に仕上げていったそうです。その他には、上で述べた「のがれるすべなし方式」、寺内さんが中心となってこれまでの作品で試した方法を組み合わせて作られることもありました。

『イナバとナバホの白兎』第3幕は、対位法がほとんどを占めた構成となっています。
その中で男性のみの対位法と女性のみの対位法ががそれぞれあり、各チームバラバラで創作されました。すると、各チームの個性が生まれてきます。

女性チームは、その場面の情景からイメージされた意味の成さない音の連なり(たとえば、「ほっからしゅはん」など)を、多く取り入れて作成していたのに対し、男性チームは機械的に言葉をばらしたり音を加えたりして作成していたそうです。
稽古を見学した際も、雰囲気が少しずつ異なっていました!

記録の方法も、女性と男性で異なっており、男性チームは全員で格子型の枠にフレーズ、パート、カウントが書かれた統一的なメモ(表1のようなもの)が作成されていました。しかし、女性チームは各個人それぞれ自身の分かりやすいメモを作成していました。
(つまり、統一的な楽譜のようなものや決まった記録方法がないということです。)

そのため、場面やチームのメンバー、フレーズによって、同じ対位法でも個性豊かな対位法が生まれてくるのです!

対位法の楽しみ方
ここまで、対位法について経緯や構成を示してきました。

対位法は、本来意味を含んだ言葉やフレーズを一旦意味のない音に分解して、再び意味を浮かび上がらせるように構成します。そのため、一つのパートを聞いても意味を成さない音が連なっているだけなのです。

対位法は、音の地図のようなものを鑑賞者の前に広げ、鑑賞者はそこから自由に想像したり、考えたりするものだと考えます。
そのため、注目するリズムや音、聞き取る言葉、音の大きさや高さ、様々な要素から何を受け取るか、どう楽しむかは鑑賞者(あなた)自身に委ねられているのです!
さらには、その楽しみ方や考えたことを、一緒に鑑賞した人とシェアして、違いを楽しむこともできると思います。

私は、対位法が多く使用されている本作品を鑑賞して、ただの音の違いや音程で「言葉」だと認識し、意味を付与しているのであって、音は意味を内包していないことに気が付きました。と同時に、様々なオノマトペや単語、大きな声、小さな声などを多用して作られている対位法を聞いて、空間・物語の広がりや情景を、まるで絵巻物を見ているような気分で、想像することが出来るのです。

さらに言えば、対位法自体が明確な方法が確立しすぎず、常に変化し得る余白がある手法です。使われる作品や場面、参加するメンバーによって異なる対位法が生まれてくるのです。
今回の『イナバとナバホの白兎』でも、現在同時進行で新たな表現が付け加えられたり、変化したりしています。
これは、生物なまものである演劇だからこそ生まれる変化でもあると考えています。

この体験は劇場で鑑賞する以外には味わえないものだと思います。
皆さんも是非この不思議な体験を劇場でしてみてください!
そして、感じたことや考えたことを他の人とシェアしてみてください。
きっと豊かな経験の一つになると思います!

本日はこのあたりで終わりにします。
ここまでお読みいただき、ありがとうございました!
また次回もお楽しみにお待ちいただけますと幸いです。

★2024年9月14日(土)の稽古終わりに、SPAC俳優・寺内亜矢子さんにインタビューのご協力をいただきました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。

村上瑛真(静岡文化芸術大学・大学院2年)


秋→春のシーズン2024-2025
#1『イナバとナバホの白兎』

<静岡公演>
2024年 10月19日(土)、20日(日)、27日(日)、11月3日(日祝)、4日(月休)、9日(土)
各日14:00開演

会場:静岡芸術劇場(グランシップ内)
 
<浜松公演>
2024年 12月7日(土)13:30開演
会場:浜松市福祉交流センター ホール
 
<沼津公演>
2024年 12月21日(土)13:30開演
会場:沼津市民文化センター 大ホール
 
上演時間:110分(予定)
日本語上演/字幕あり(英語、フランス語、ポルトガル語、日本語)
*ポータブル字幕機の貸出サービス・お申込みはこちら(要申し込み/無料)

*公演詳細は↓バナーをクリック

 
*それぞれのポスターをクリックすると、2016年(左)・19年(右)上演時のブログをご覧いただけます(2016年初演時の文芸部・横山義志によるパリ日記はこちら)。