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2024年10月25日

SPAC『イナバとナバホの白兎』2024 レポート④

これは、(公財)静岡県舞台芸術センター、SPACを調査している、大学院生による『イナバとナバホの白兎』を読者の皆さんと一緒に楽しむためのブログです!
『イナバとナバホの白兎』の注目ポイントやSPACの皆様が大切にしていることを、レポートします!
前回のレポートはこちらからお読みいただけます。

今回はSPAC芸術総監督・宮城聰さんの作品の「音楽」について、皆さんとシェアしていきます。
 
SPAC作品における「音楽」とは
SPAC作品(とくに宮城聰演出の作品)において、音楽は重要な要素となります。
なぜ、音楽が重要であるかというと、SPACでは俳優が生演奏をするからです!
つまり、俳優は演技をしながら演奏もして作品に参加します。
(この手法は元々、宮城さんが演出される作品で取り入れられてきましたが、現在ではSPACにおいて他の演出家が演出をされる際も取り入れられることもあります。)

SPAC作品の音楽は、舞台音楽家・棚川寛子さんが作曲しています。
棚川さんは、ク・ナウカ・シアターカンパニー(宮城さんが主宰している劇団)から宮城さんの作品の音楽を作曲し始めました。
棚川さんの作曲スタイルは、台本や舞台から浮かび上がってきたイメージを打楽器を中心に作曲していきます。稽古と同時進行で作曲が行われるため、棚川さんは稽古場によくいらっしゃいます。
俳優の皆さんは、棚川さんが演奏するリズムや音程を耳で覚えて演奏しています!

そして、多くの俳優の皆さんを音楽面で取りまとめたり、楽器の管理やメンテナンスを行ったりしているのが、SPAC俳優・吉見亮さんです。
音楽が出来上がってくると多数の楽器が一斉に演奏するので、拍が合わなくなってきたり、曲がどこまで進んでいるのか分からなくなったりしてしまう可能性があります。そうならないために、指揮を行う人が必要になり、吉見さんが行うことも多いです。(ほかの俳優の方も指揮をされています!)
また、SPACには多くの楽器があり、その管理やメンテナンスを行ったり、楽器を置いておく棚を製作したりしています!


今回はこのお二人にお話を対談形式でお伺いしました!
カッコ内は著者・村上が補足で書き足しております。(以下、敬称略)
 
『イナバとナバホの白兎』の作曲について
―『イナバとナバホの白兎』の作曲のポイントは?
棚川 ポイント!?第3部かな。
でも第1部も面白い。

吉見 第1部の演奏も面白いですよね。

棚川 第3部-1と第3部-2は対位法があったから、それと雰囲気に合わせて作っていけたけれど、最後の第3部-3は難しかった。
第3部-3は登場人物によって曲を変えていて、その曲の拍数が違っていたり、音色が違ったりして大変だった。

吉見 どうしてエイトとシックス(本作では、6拍一塊の曲と8拍一塊の曲がある。)で分けたんですか?

棚川 その方が面白いから!
お客さんも俳優も演奏者も。
次何だったんだっけ、次何だったんだっけっていう切実さが面白いから。俳優が安心して演奏しているよりも、簡単じゃない方が面白いじゃない?
 
SPAC作品における音楽・俳優が生演奏をする意義について
―宮城さんの作品で、棚川さんが音楽を演奏するようになった経緯は?

棚川 最初、ク・ナウカ・シアターカンパニーの旗揚げのオーディションに役者で応募して落ちたんです。いろんな公演を観に行く度に、宮城さんに会うのよ。同じ趣味してるのかなって。笑
そしたら、『トゥーランドット』という作品で「今度の公演に太鼓・コロスで出てみない?」って言われて、出るようになったの。そこから、『天守物語』の時に、音楽に専念したいって宮城さんにお願いして音楽監督になりました。
自分が出て、演技をしてっていうのに何の執着もなくなっちゃったの。俳優の中にいるよりも、音楽に専念しないと(音楽のクオリティを高められない)。
音楽とか作品を作る方が楽しいし。
 
―俳優が音楽を演奏する意味について

吉見 俳優が音楽を生で演奏する意義は分かっている人もまだ分からない人もいると思う。僕はまだ言葉にできない。
宮城さんが言葉で立ち上げる世界を追求しているのであれば、その宮城さんが率いる劇団で活動する我々は、音で立ち上げる世界を追求すればいいのかな。
でも、プロフェッショナルの音楽家もそうしたことをしているけれど、プロの音楽家とは違うことを僕たちはできるんじゃないかって思っている。けれど、その「プロの音楽家とは違うこと」が何かはまだ分からない。

棚川 (俳優が演奏すると)観念がパーカッションに乗りやすいんですよ。
俳優は、その場の雰囲気とか緊張感とか温度とかに影響を受けやすい。プロの音楽家よりも、俳優に身体が近いから、その舞台上の緊張感を音に乗せられる。
どういう緊張感で演技をしているかを知っている人が演奏をしているので、(演奏が)演技に寄っていくこともできる。
舞台上の演技をしている俳優と同じ身体をした俳優が演奏をすれば、演技との距離が近くて、より舞台に入り込んだ演奏ができるんです。

話すことと楽器のフレーズは同じで、楽器でお話をするの。台詞と同じように、フレーズを貰った時にどう演奏するかって俳優は考える。
プロの演奏家にお願いすれば、欲しい演奏はすぐにやってくれるし、凄く綺麗な演奏をしてくれるんだけど、俳優が演奏する人間臭さが面白いと思うの。

吉見 とは言え、正確にはやってほしい。笑

棚川 そうなのよ!笑
あとね、俳優の演奏には我がない!
役者の音って、練習したうえで自信を持つんだけど、そこで止まって謙虚なの。
求めていることは、音の完璧さだけじゃなくて、音の先に見える世界、見たい伝えたいを多く持っている人の音色なの。
芝居と共にやる音楽という制約があるから、音の完璧さだけを追求することだけには行きようがない。

吉見 だから、棚川さんはいつも、少し荷が重いくらいの演奏を任せるんですね!
だいたい俳優の手が空くタイミングをすぐ見つけて演奏を追加するんですよ。笑

棚川 皆、任せればやってくれるから!笑


 
音楽パートでの難しさと楽器について
―吉見さんが音楽のパートで中心的な役割を担う経緯について聞かせてください。

吉見 流れ上そうなっているとしかないかなぁ。笑
指揮をしている人が、中心的な立場になることが多いです。
今回は第3部で指揮を担当していて、軸になることが多いから。

もともとは演奏はしていなくて、宮城さんと棚川さんに出会ったことが、演奏を始めるきっかけでした。はじめ、ジャンベ(西アフリカ起源の太鼓)を叩けって言われて叩いてみたら楽しくて、個人でも楽器に触れるようになりました。
稽古終わりに叩いていたり、あと工作も得意だから、楽器のメンテナンスをしたりオリジナル楽器を作ったりしている間に流れで、指揮をするようになりました。
ツアーにも持っていけるように、組み立て式の楽器棚をSPACの廃材を利用して作ったり、使いやすく改良したりしています。

棚川 棚川音楽をやるうえで、吉見さんは頼られてるから!
何かやるたびに、私が吉見さんを頼ることが多いので、なんとなく皆も周知というか。
楽器のことを良く知っているのは、吉見さんだし、私がお願いすることが多いから、吉見さんが隊長かなーって。楽器が何かあれば、よしみん(吉見さんのあだ名)病院にー!ってなるし。

吉見 ジャンベの張替えもしてますよ。好きでいじっているうちに「これはこういうことなんだー」ってなるし。
公演終了後には、きちんとメンテナンスしてしまうようにしています。ジャンベの皮を緩めるのも、みんなに少しずつ共有してやってもらっています。
オーガニックの素材でできている楽器も多くて。バラフォン(ひょうたんで共鳴する楽器)のひょうたんが割れちゃってなくなっていたときは、若宮さん(SPAC俳優・若宮羊市さん)が静岡芸術劇場の近くでひょうたんを育てて、直してくれたこともありましたね。笑

棚川 吉見さんがいない公演の場合は、全体のバランスをみて演奏経験がある人や楽器の人がちょっと分かる人に、楽器の管理をお願いしています。
お願いすれば誰でもやってくれるんだけど、楽しそうに演奏してくれる人に楽器担当をお願いしているかもです。
 
―稽古の中での進捗や演奏の出来具合などの調整はどのようにされていますか?

吉見 棚川さんが稽古にいらっしゃるときは、外(客席)で聞いていて、どこがまだ足りないかな、と指摘してもらっています。
全体を統括する演出家の宮城さんと音楽監督の棚川さんがいるから、全体的な底上げができているかな、と。

棚川 宮城さんが昔おっしゃっていたけれど、全体のいいところを最大に伸ばすことよりも、まだ足りない部分をいいところまで引き上げていく作業だって。
だから、宮城さんは演奏よりも演技の部分で稽古したいときも、私としては演奏の足りない部分を稽古したいときもあって、バチバチする。笑 ここは引いちゃだめだ!って!

吉見 でも、役割が二つに分かれているから、作品がより強固に上がっていくんだろうなって思っています。引いてみると、一人の人が見ていると、演奏のクオリティが上がり切らずに本番を迎えてしまうかもしれないけれど、二人が譲り合わない時もあることで、作品全体のクオリティが最大に近づくこともある気がします。
きっちりと音楽と演技が分かれていないから、互いに時間を譲り合いながらやっています。

棚川さんがいないときは全体の雰囲気を見ながら、稽古をしています。
初めは、まず曲を演奏できるようにします。だいたい演奏できるようになって本番が近づいてきたら、どうしてこの曲が、この場面で演奏されるのかということも話し合うようにしています。誰か一人が答えを言うよりも、皆で話して到達できることが理想かな。
 
―棚川さんは楽譜が読めないと伺いました。どのように記録されていますか?

吉見 僕も読めないよ!だから、ドドドンドンとかで残してる。
『イナバとナバホの白兎』のラストのジャンベとかは、「いい感じ」で残してる。笑

棚川 全然記録を残してない人もいるからね!再現が大変!笑
鍵盤だったら、絵を書いて鍵盤に番号を振って残している人もいるし、音楽大学を卒業した人なら楽譜で残してくれている。

吉見 ちょっとした伝統芸能みたいですね。笑
 
SPAC作品の音楽の個性・演奏の美しさとは何か

ここまで、棚川さんと吉見さんのお話を伺ってきました。
著者自身も、SPAC作品の生演奏は何が独特なのだろう?と考えることがありました。

お二人の話を聞いて、音楽のルールに縛られ過ぎない演奏であることが個性となっているのだと考えました。
楽譜もなければ、専業の演奏者もいない状況で、宮城さんの立ち上げる舞台上の世界を突き詰めるためだけに、俳優の皆さん全員で演奏されることによってSPAC独特の音楽が出来上がっているのです。

SPACでは、音楽をきちんと曲として演奏することの先に、見せたい世界、伝えたい雰囲気があります。演技をしている俳優と共に、演奏をしている俳優の皆さんも舞台上の雰囲気を感じ取り、一音一音に乗せるため演技と音楽が一体となった舞台作品が出来上がります。
加えて、音の完璧さではなく、必死に舞台上で演奏をしている俳優の美しさがSPAC作品の音楽をさらに際立たせているのだと、私は考えました。

さらには、音楽の可能性や自由さについても考えました。
『イナバとナバホの白兎』では、第1部は和太鼓、第2部はナバホ族の楽器、第3部は様々な打楽器を使って音楽が作られています。加えて、SPACの自由な音楽の作られ方や演奏の仕方を伺って、私たち人間のほとんどが何らかの楽器や声を使って、音楽を作ってきたことに改めて気が付きました。
全員で同じ方向を向くことで、全員が音楽ができなくても音楽を演奏することができるし、五線譜が読めなくても見よう見まねで演奏ができます。
むしろ、そのように伝わってきた音楽は多くあり、消えてしまった音楽もあるのではないか、と考えました。

そして、私たちは音楽で祝祭を盛り上げてきた歴史もあります。
『イナバとナバホの白兎』の最後では、祝祭の始まりを描いています。そのシーンを観るたびに、上手くできないながらも自由に音楽を奏でていた地元のお祭りを思い出します。
私たちは、どんなに音楽のルールを知らなくても、音楽を奏でることができる可能性と自由さを持っています。
私は、それをSPACのお二人の話を聞いて、考えました。

ぜひ皆様も劇場に足を運んで、SPACの音楽と共に『イナバとナバホの白兎』をお楽しみください!そして、感じたことを周りのひとにもシェアして考えるきっかけに、このブログがなれば嬉しいです。

★2024年10月11日(金)のSPACeSHIPげきとも公演の終わりに、舞台音楽家・棚川寛子さん、SPAC俳優・吉見亮さんにインタビューのご協力をいただきました。この場を借りて、改めてお礼申し上げます。

村上瑛真(静岡文化芸術大学・大学院2年)


秋→春のシーズン2024-2025
#1『イナバとナバホの白兎』

<静岡公演>
2024年 10月19日(土)、20日(日)、27日(日)、11月3日(日祝)、4日(月休)、9日(土)
各日14:00開演

会場:静岡芸術劇場(グランシップ内)
 
<浜松公演>
2024年 12月7日(土)13:30開演
会場:浜松市福祉交流センター ホール
 
<沼津公演>
2024年 12月21日(土)13:30開演
会場:沼津市民文化センター 大ホール
 
上演時間:110分(予定)
日本語上演/字幕あり(英語、フランス語、ポルトガル語、日本語)
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*公演詳細は↓バナーをクリック

 
*それぞれのポスターをクリックすると、2016年(左)・19年(右)上演時のブログをご覧いただけます(2016年初演時の文芸部・横山義志によるパリ日記はこちら)。