ブログ

2026年3月22日

アカデミー5期生による文芸創作 ——福田恆存とジャン=ポール・サルトルに導かれて——(大岡淳)

 SPAC演劇アカデミー5期では、私が担当する授業の名称を「小論文」から「ライティング」に変更しました。些細な変更ではありますが、創作に挑戦したいという受講者も例年少なくないことが判明したため、評論から創作まで様々なジャンルの文章をじっくり読み、自分でも書いてみようという趣旨を、この名称に反映させたつもりです。
 さて、昨年度に続き今年度も、本授業で実施した文芸創作の成果を公表したいと思います。今年度は、前期後期でそれぞれ一作ずつ取り組んでもらいました。

前期では、文芸批評家・翻訳家・劇作家の福田恆存の著作『人間・この劇的なるもの』(中公文庫)の一節を読んだのですが、そこで著者は、現代の若者は自由を欲しているなどと言われるが、実際には昔も今も、若者は運命や必然に従ってあてがわれた役割を全うすることに充実感を覚えているのであり、その意味で「個性」とは演じられた役割にすぎない、としていました。これは、現在の若者が「キャラを演じ分ける」態度を日常化している理由を、うまく説明してくれているとも解釈できます。そこで、この一節を自分なりに噛み砕くという趣旨で、「んなこと言ったら、自分だって、青春を演じているだけじゃん」というセリフから始まる、短い戯曲を創作してもらいました。

後期では、同じく劇作家という一面を持ちながら、福田恆存とは対照的な思想を掲げた人物として、フランスの哲学者ジャン=ポール・サルトルを取り上げ、彼の著作『実存主義とは何か』(人文書院)の一節を読みました。サルトルは、あらゆる外在的な要因によることなく、ただひとり自分自身の決断によって、人間が自分自身を作り出すことを「実存」と呼んで肯定しています。次に私たちは、サルトルの短編小説「エロストラート」に登場する、無差別殺人を予告する手紙に注目し、これをヒントに、書簡体小説の創作に挑戦しました。この書簡は「だって、『希望とは行動に対する最悪の障害である』って誰かも言っていたよね。サルトルだったかな。」という文言を挿入することを条件としました。「希望とは行動に対する最悪の障害である」とは、先の『実存主義とは何か』に登場するフレーズですが、ここでサルトルは、連合軍の介入など全く期待できない絶望的な状況で、フランスの対独レジスタンスが蜂起したことに、実存的な自由を見出しています。そのような孤立した極限の自由を表現するのに、誰かから誰かに宛てたモノローグという形式はうってつけであると思われました。そこで語られるのは、私たちに引き寄せて言えば、あらゆる「キャラ」を削ぎ落としたとき、そこに「自分」は残るのか。残るとしたら、それはどんな「自分」なのか。そのような問いかけに答えてもらった次第です。

以上のような経緯で、アカデミー5期生それぞれの持ち味が発揮された、読み応えのある作品が揃いました。では、「ライティング」が生んだ文芸創作を、どうぞお楽しみ下さい。

2025年7月11日 課題
「んなこと言ったら、自分だって、青春を演じているだけじゃん」ではじまる二人の会話を創作してください。
※上記をクリックすると各作品がお読みいただけます。

2025年12月5日 課題
「だって、〈希望とは行動に対する最悪の障害である〉って誰かも言っていたよね。サルトルだったかな。」この一節が含まれる架空の書簡を作ってください。
※上記をクリックすると各作品がお読みいただけます。
 
大岡淳(おおおか・じゅん)
演出家・劇作家・批評家。1970年兵庫県生まれ。早稲田大学第一文学部哲学科哲学専修卒業。現在、SPAC文芸部スタッフの他、株式会社ゼロメガ相談役、武久出版株式会社編集部顧問、河合塾コスモ講師を務める。編著に『21世紀のマダム・エドワルダ』(光文社)、訳著にベルトルト・ブレヒト『三文オペラ』(共和国)がある。

 
★「SPAC演劇アカデミー」とは
「世界にはばたけ、Shizuoka youth! SPAC演劇アカデミー」は、2021年度に開校した<世界で活躍できる演劇人>を目指す若者の感性を育むことを目的とした高校生対象の1年制の演劇塾です。劇場に通いながら、SPACの創作現場の“熱”をじかに感じられる環境の中で、少数精鋭の高校生たちが切磋琢磨する--そんな場をつくります。2024年度より23歳以下のオーバーエイジ枠を設置。SPACの俳優・スタッフらによる指導のもとで演劇を学び、名作戯曲の上演に向けての稽古に取り組むと同時に、教養、ライティング、英語の学習にも力を入れ、思考力・対話力を身につけていきます。詳しくはこちら
★これまでのブログはこちら