家の掃除をしたり、ごはんを作ったり、お皿を洗ったり、子どもの世話をしたりしていると、お手伝いしてくれる人がいてくれたらなあ、と思うことがあります。『マジック・メイド』はそんな「メイドさん」のお話です。「マジック」なので、魔法も使えるみたいです。出演するアイサ・ホクソンさんとヴェヌーリ・ペレラさんはフィリピンとスリランカのご出身。どちらも、出稼ぎ・移民労働者を多数送り出している国です。二人はほうきを持っていて、掃除はしてくれそうです。でも、ほうきは魔女の乗り物でもあります。

この作品の出発点の一つに、シルヴィア・フェデリーチ『キャリバンと魔女』(原著2004年)があります。フェデリーチは1970年代に「家事労働に賃金を」キャンペーンを国際的に展開させた立役者の一人でした。フェデリーチによれば、「魔女狩り」も植民地支配も、資本主義のシステムが成立するうえで重要な役割を果たしました。
「魔女狩り」の背景には、中世ヨーロッパで平等な社会を求めて立ち上がった多くの農民や都市労働者の戦いがありました。14世紀にペストで三人に一人が亡くなり、労働力が不足すると、待遇改善を求める運動がいよいよ盛んになりました。そこには多くの女性も参加していました。それを押さえ込むため、15世紀には貴族とブルジョワジーと教会が手を組み、女性に対する性暴力を容認し、公営の売春宿を各地に建てて、ジェンダーによって運動を分断していきました。さらに共有地を囲い込むことで、農民が自給自足の生活を送れなくさせ、お金で生活物資を買わざるを得なくなると、男性が家長としてお金を受け取り、女性はお金にはならない家事労働をするか、男性よりはるかに低い賃金で働くかという選択を迫られるようになっていきます。これを正当化するため、「母」という役割が神聖視されるようになっていきます。それに対して、「魔女」とされたのは、たとえば避妊や中絶についての知恵をもった女性でした。女性に労働力を再生産させるために、そのような女性を罰する仕組みが作られていったのです。
フェデリーチの議論にもとづけば、「メイド」という職業の背景にも、この資本主義への移行期に形成された女性を男性に服従させるシステムがあります(maidはもともと「若い未婚女性」を指す言葉です)。このシステムが経済的・社会的格差を固定化し、助長するシステムの一環をなしています。だからこそ、雇い主はしばしばメイドが自分たちに害をなすことを恐れ、「魔女」の疑いをかけてきたのです。
「キャリバン」というのは、シェイクスピア『テンペスト』に登場するカリブ海の魔女の息子で、西洋人に隷属させられた植民地先住民を象徴する存在です。フェデリーチによれば、植民地化された地域から労働力や資源を安価で供給させることも、この資本主義への移行において大きな役割を果たしていました。とすれば、元スペイン・米国領で日本による占領も経験したフィリピンと元英国領スリランカ出身の二人が演じる「マジック・メイド」は、「キャリバン」でかつ「魔女」でもあるのかもしれません。
アイサ・ホクソンはこれまで『ポールダンサーの死』(Death of the Pole Dancer, 2011)、『プリンセス』(Princess, 2017)など、人から見られ、搾取される身体をよく扱ってきました。私が横浜で見た『ホスト』(HOST, 2017)では、アイサは日本舞踊を学んで東京のホステスクラブをリサーチし、芸者やセーラー服などさまざまなコスプレを通じて「女性らしさ」を演じていました。2016年にマニラに行ったとき、『プリンセス』創作中のアイサから、バレエ・フィリピンズのダンサーが何人も香港ディズニーランドに引き抜かれた事件がこの作品をつくるきっかけだったとうかがいました。その背景にあるのはもちろん、マニラと香港の賃金格差です。フィリピンで舞台芸術によって生計を立てるのは、日本よりもはるかに困難です。アイサによれば、ディズニーランドではフィリピン人ダンサーは動物やその他大勢を演じる場合が多いそうですが、この作品ではフィリピン出身の男女のパフォーマーがみんな幸せそうな「白雪姫」を演じます。アイサの作品はヨーロッパでも高く評価されたため、ヨーロッパの資金も使って作品を作り、国際的に発表しつづけています。今回の作品もドイツの重要な公共劇場ムーゾントゥルムがプロデュースしたものです。

▲アイサ・ホクソン Eisa Jocson
ヴェヌーリ・ペレラはスリランカで伝統舞踊や心理学を学び、ロンドンでダンスを学んだあと、コロンボで「ダンス・プラットフォーム」を立ち上げ、「身体を通して観客を挑発」する作品をアジアやヨーロッパ各地で発表しています。スリランカは、2009年まで30年近くつづいた内戦もあり、フィリピン以上に舞台芸術のアーティストが生きていくのが難しい状況でした。私が横浜で見たヴェヌーリの『パスポート祝福の儀式』(Passport Blessing Ceremony, 2016)では、ヴェヌーリは自分のパスポートに力を与える奇妙な儀式を行っていました。観客を国籍別に分けて「強い(多くの国にビザなしで渡航できる)」パスポートを募集し、その力を彼女のパスポートに分け与えようというのです。世界で「最強」のパスポートの一つをもっている自分の特権性を実感させられるパフォーマンスでした。ヴェヌーリはSPACでプロデュースしたユディ・タジュディン(インドネシア)演出、イプセン原作『ペール・ギュントたち』にも出演してくれました。今はオランダのアムステルダムにも拠点を置いて活動しています。

▲ヴェヌーリ・ペレラ Venuri Perera

▲2019年『ペール・ギュントたち〜わくらばの夢〜』(演出:ユディ・タジュディン)
二人とも、ヨーロッパで活動するなかで、アジアの女性に対する偏見にさらされる機会が少なくなかったといいます。この作品は、そんな偏見を、いわば呪術的に反転させる試みといってもいいでしょう。呪術的というのは単なる比喩ではありません。この作品の重要なコラボレーターの一人に、ネネット・オクソンというババイラン(フィリピンのシャーマン・精神的指導者)がいます。ババイランは植民者にとって、まさに「魔女」でした。ネネットは地域に根ざした知恵によって心身を癒やし、過去の虐げられた人々の魂とつながることで、「精神の脱植民地化」を目指しているといいます。
日本も明治から昭和初期までは「からゆきさん」やハワイ・ブラジル移民をはじめ、出稼ぎや移民する人がとても多い国でした。経済状況が変わると、人の流れも変わっていくかもしれません。わたしたちも、過去にあちこちで苦労してきた方々の魂、いま自分たちのまわりで苦労している方々の魂とつながって、もう少し「精神の脱植民地化」をしてみたほうがいいのかもしれません。そんなつもりになれば、きっとアイサとヴェヌーリのほうきがわたしたちの心を掃き清めてくれるでしょう。
(文:文芸部・横山義志)
SHIZUOKAせかい演劇祭2026
マジック・メイド

コンセプト・創作・ドラマトゥルギー・出演:
アイサ・ホクソン、ヴェヌーリ・ペレラ
公演日時:4月25日(土)、26日(日)、29日(水祝)各日16:00開演
会場:舞台芸術公園 稽古場棟「BOXシアター」
上演時間:80分(休憩なし)
上演言語:英語上演/日本語字幕
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