「SHIZUOKAせかい演劇祭」が掲げる「せかい」とは、海の向こうの“WORLD”を知ると同時に、私たちのすぐそばにある他者の暮らしや物語を見つめ直すことでもあります。
新作『うなぎの回遊 Eel Migration』に参加する相川アンジェラさんは、まさにその二つの「せかい」をつなぐ一人です。ブラジルにルーツを持ち、日本での暮らしは29年。浜松いわた信用金庫に勤務しながら、外国人のお客様に寄り添い続けてきました。
地域で暮らし、働き、そして舞台に立つ── 相川さんの歩みをたどることで、私たちの身近にある多文化の現在が、静かに立ち上がってきます。
日本とブラジル、両方の文化を持つ自分として日本で生きていく
── まずは簡単にご自身のプロフィールを教えてください。
私はブラジル生まれで、日本に来て今年で29年になります。母が日本人、父が日系ブラジル人で、両方の文化の中で育ちました。ブラジルでは見た目から「日本人」と言われるんです。でも日本に来ると「外国人」として見られる。そういう経験もあって、少し不思議な感覚はありました。でも、どちらかではなく、両方の文化を持っている“自分”だと思っています。
29歳のときに、夫と、まだ1歳と3歳だった子ども2人を連れて来日しました。仕事のためでもありましたが、それと同時に、日本への憧れも強くありました。祖母や母から日本の文化を教わりながら育ってきたので、言葉は話せなくても、日本はとても身近な存在だったんです。
日本に来て最初に住んだのは群馬県でしたが、仕事はとても過酷で、子どもを預ける場所もなく、夫婦で昼夜交代で働く生活でした。さらに、日本の冬の寒さも雪も厳しく、生活は本当に大変でした。そんな中で、浜松のことを知りました。浜松にはブラジル人が多く暮らしていて、仕事もあり、ブラジル人学校や保育園がある。何よりも、子どもたちを預けられる環境があるということが大きくて、浜松に移ることを決めました。
浜松に来て最初に頼ったのは、浜松国際交流協会(HICE)でした。以来、ずっとお世話になっています。生活をスタートするなかで、HICEに相談しながら一つひとつ進めていきました。知り合いや友人の支えもあって仕事も見つかり、子どもたちも保育園に通い始めました。でも、当時は日本語が全くできなかったんです。今ほど外国人向けの支援や通訳体制も整っていなくて、携帯電話もない時代だったので、辞書を片手に、人とのやり取りの中で必死に日本語を覚えていきました。困ったから覚える、という感じでしたね。
工場で2年ほど働きましたが、それだけでは物足りないと感じるようになりました。ちょうど子どもたちが通っていたブラジル人向けの保育園で、「ポルトガル語を教えてくれませんか」と声をかけられました。私はブラジルで教員免許を持っていたので、そこからブラジル人学校で教えるようになりました。
その頃、ブラジル人の子どもたちは、学校と家の往復だけの生活になりがちで、体を動かしたりブラジルの文化に触れたりする機会があまりありませんでした。私はブラジルでコンテンポラリーダンスを学んでいたことがあり、「自分にできることは何だろう」と考えて、ダンスを教え始めました。体を動かすこと、音楽に触れること、ブラジルの文化を感じること。少しでも子どもたちが明るく、楽しく過ごせるようにという思いで続けてきました。
そうしてブラジル人学校で働く中で、日本の金融機関がポルトガル語の通訳を探しているという話がありました。実は私はブラジルにいた頃、大学に通いながら銀行に勤めていたこともあったんです。もともとは芸術の道に進みたくて銀行を辞めたのですが、日本で再び金融の仕事に関わることになり、「ご縁があるんだな」と感じました。そこから合併前の旧磐田信用金庫に入庫しました。
コミュニケーションをとるために、とにかく独学で必要な日本語を覚えましたが、金融機関で働く中では、専門用語や知識も必要になるので、日本語能力試験などにも取り組みながら、今も勉強を続けています。
ブラジルで育ったこと、日本で長く暮らしてきたこと、その両方を大切にしながら生きていくことが大事だと感じています。ブラジルの文化や習慣を忘れずに、日本の文化も取り入れていく。その両方をつなぐことが、自分の役割なのかなと思っています。

言語だけでなく、文化の違いもつなぐ仕事
── 浜松いわた信用金庫では、具体的にどのようなお仕事をされているのでしょうか。
浜松いわた信用金庫には旧磐田信用金庫時代から約20年勤務しています。入庫した当時、外国人職員は私が初めてでした。
県西部地域にはブラジルルーツの方が多く暮らしていることから、ポルトガル語で対応できる体制の必要性が高まっていました。そこで、ポルトガル語専用のフリーダイヤルの設置や窓口支援など、外国人のお客様に向けた対応体制の整備に関わってきました。これまでは主に通訳業務を通じて、お客様が金融機関で困らないようサポートしてきましたが、現在はさらに一歩進み、外国人向けの金融教育にも力を入れています。
長年、現場でお客様と接する中、外国人が日常生活を送るうえで生じるさまざまな課題の多くは「金融や経済に関する知識不足」によるものだと感じてきました。金融の仕組みや制度を知ることで、生活は少しずつ良くなっていく── そうした思いから、金融教育のプログラムをつくり、支援を行っています。
また、日本語とポルトガル語の両方を使いながら、できるだけ分かりやすい言葉で説明することも大切にしています。特に金融の専門用語は難しいため、「やさしい日本語」や生活に即した具体例を用いながら伝えるようにしています。日本で育ったブラジルルーツの方も増える一方で、日本語に不安を感じる方も多くいらっしゃいますし、日本語が理解できても、金融に関する知識そのものが十分でない場合もあります。だからこそ、言語だけでなく、その人の理解の段階に合わせた支援が重要だと感じています。
金融機関の手続きは、日本人にとっても決して簡単なものではありません。書類は多く、手続きも煩雑で、日本独自の慣習もあります。そこにさらに言語の壁が加わると、外国人のお客様にとっては大きな不安になります。たとえば、日本では印鑑が本人確認や契約の証明として使われますが、ブラジルではサインが一般的で、印鑑という文化はありません。そのため、「なぜ印鑑が必要なのか」というところから理解していただく必要があります。
同時に、日本人の側にも、外国人のお客様の文化や習慣を理解する姿勢が求められます。私は、両方の文化を理解したうえで、その違いを丁寧に説明し、双方が納得できる形にすり合わせていく役割を担っています。窓口での対応だけでなく、電話での問い合わせや営業担当からの相談に応じることもあります。言葉が通じないだけでなく、「何が分からないのか分からない」というケースも少なくありません。だからこそ、単なる通訳にとどまらず、その背景にある文化や習慣、理解の差まで含めて整理し、解決につなげていくことが大切だと考えています。
私はよく、「通訳だけでは足りない」と感じます。金融の仕組みや制度を理解することはもちろん必要ですが、それ以上に大切なのは、両方の文化を知っていることです。日本では当たり前のことが、ブラジルでは当たり前ではない。その違いをどう伝え、どう埋めていくか── そこに、この仕事の大きな意味があると感じています。
眠っていた表現の原点が、再び動き出した
── ここからは、今回アンジェラさんも出演するSPACの新作舞台『うなぎの回遊 Eel Migration』について伺います。この作品に参加することになったきっかけは何だったのでしょうか。
プロフィールでも少しお話ししましたが、私はブラジルでダンスを学び、さまざまな芸術に触れてきました。踊りだけでなく、身体表現や声を出すことも含めて、表現することが好きでした。
ただ、日本で生活していく中では、そうした部分は少しずつ自分の中で眠っていったように思います。ブラジル人学校でもダンスを教えてはいましたが、それは芸術活動というより、子どもたちの生活の中に取り入れるものとして続けていました。
そんな中、2023年、浜松城公園でSPACの野外劇『天守物語』を観たんです。もともと舞台を観るのは好きでしたが、あのときは本当に大きな衝撃を受けました。野外で演劇を観るのも初めてで、その空間の力にも圧倒されましたし、内容の難しい作品でありながら、ポルトガル語と英語の字幕によって多くの人に開かれていたことにも感動しました。
それが、自分の中で眠っていたものを呼び覚ますきっかけになったのだと思います。
昨年、『うなぎの回遊 Eel Migration』の出演者募集のチラシを見ました。SPACが多文化共生をテーマにした作品を地域住民と創ると知って、とても気になりました。ただ、仕事も忙しく、稽古に通えるのかという不安も正直ありました。けれども、「やってみたい」という気持ちがとても強くて、最終的には自分で一歩を踏み出しました。サンバや移民をテーマにしたアマチュアの演劇に関わったことはありましたが、本格的に舞台に取り組むのは今回が初めてです。それでも、「これはもうやるしかない」と思ったんです。


前に進むための“切り替える力”
── 実際に参加してみて、どんなことを感じていますか。
私は子どもの頃、日本舞踊も習っていました。とても落ち着きのない子だったようで、母が「何か身体を動かすことを」と考えて、2歳から始めたんです。中学生くらいまで続けていました。
だから、SPACの舞台を観たとき、自分の中に残っていたその感覚がふっとよみがえったのだと思います。日本舞踊を続けていたわけではなくても、身体の奥にはしっかり染みついていたんですね。『うなぎの回遊 Eel Migration』の稽古に入ってからは、その“原点”のようなものがどんどん出てくるのを感じています。自分でも知らなかった自分、自分の中にいたもう一人の表現者のような存在に出会っている感覚があります。
また、参加して強く感じるのは、メンバーの皆さんのプロ意識の高さです。本当に学ぶことが多いですし、演出の石神夏希さんが、私たち一人ひとりの中にあるものを丁寧に引き出してくださるのも大きいです。話をしながら、その人の中に眠っているものを少しずつすくい上げていく。毎回の稽古でその力を感じています。だからこそ、こちらももっと頑張りたいと思えるし、その頑張りが苦しいものではなく、気持ちよく前に進んでいけるものになっているんです。毎回の稽古が本当に楽しいですね。
稽古の中では、日本語の台詞に苦労することもあります。特に助詞ひとつで意味が変わる日本語は本当に難しくて、浜松科学館で行ったワーク・イン・プログレス公演の本番前は「大丈夫かな」と不安になることもありました。でも、石神さんに「自分の言葉でもいいから表現して」と言っていただいたとき、ふっと気持ちが変わったんです。それまでは「正しく言わなければ」と思いすぎて、自分を縛っていたのかもしれません。そこから少し切り替えることができました。
私はブラジルにいた頃、身体づくりや食事管理も含めて厳しい環境の中でダンスを学んでいました。仕事と両立しながら続けるのも決して簡単なことではありませんでした。だからこそ、いつまでも気持ちを引きずっていては前に進めない、という感覚が身についているのだと思います。
もちろん、不安になったり落ち込んだりすることはあります。でも、そこで止まるのではなく、「じゃあ次にどうするか」と切り替える。その積み重ねが、今の自分につながっているのかもしれません。

金融の仕事と舞台に共通するもの
── 金融機関でのお仕事と、舞台に立つこと。一見まったく違うようにも見えます。
たしかに表面的には全然違うことに見えるかもしれません。でも、私の中では共通している部分があります。それは、相手との信頼関係があって初めて成り立つということです。
金融機関でも、ただ商品やサービスを説明するだけでは、お客様との関係は生まれません。まず相手の状況を知り、何に困っているのか、何を必要としているのかを理解して、そのうえで伝えることが大切です。そこに信頼が生まれて、初めて取引や相談につながっていくのだと思います。舞台も同じです。ただ一方的に表現を出すだけでは届かない。相手に伝わり、受け取ってもらうためには、やはり信頼やつながりが必要です。銀行でも、舞台でも、ダンスでも、表面だけではなく、相手とどう向き合うかがいちばん大切なのだと思います。
インタビューの中で改めて感じたのは、私自身、日本語がわからず、本当に困った経験をたくさんしてきたということです。病院でも、市役所でも、仕事の場でも、言葉がわからないことでどうしていいかわからなくなることが何度もありました。だからこそ、同じような思いをする人を少しでも減らしたいと思っています。ただ「こういう支援がありますよ」と口で言うだけではなく、自分が実際にそこに参加して、人と人、団体と団体をつないでいくことが大事だと感じています。
浜松は、多文化共生を進めている地域です。でも、本当に必要なことは、制度があることだけではなく、それを必要としている人にちゃんと届けることだと思うんです。そのためには、情報をつなぎ、人をつなぎ、出会いをつくることが欠かせません。
私自身、仕事以外にHICEをはじめいろいろな団体と関わりながら、その橋渡しをしてきました。それは金融機関の仕事でも、地域活動でも、そして今回の『うなぎの回遊 Eel Migration』でも同じだと思っています。
“回遊”という言葉には、めぐり合いの意味もあるように感じています。人と人が出会い、その出会いによって何かが変わっていく── それが、私にとってとても大切なことです。
『うなぎの回遊』を通して感じてほしいこと
── 最後に、皆さんに向けて、メッセージをお願いします。
まずは、『うなぎの回遊 Eel Migration』という作品の中にある物語やメタファーを、ぜひ感じていただきたいです。この作品には、さまざまな背景や世代の違いを持つブラジルルーツの人たちが参加しています。それぞれに生き方があって、その違いが作品の中にも表れているので、そこにも注目していただけたら嬉しいです。
そして、浜松いわた信用金庫の職員としての私を知っている皆さんには、舞台の上での私もご覧いただけたらと思います。特にキッチンのシーンは、楽しんでいただきたいですね。
また、この作品は、視覚や聴覚だけでなく、五感で感じられる作品でもあります。本番が行われるのは、日本平の森に囲まれた舞台芸術公園 野外劇場「有度」。匂いや風、空気の流れも含めて体験していただけると思うので、ぜひその感覚も味わっていただけたらと思います。

ブラジルと日本、ふたつの文化を生きながら、相川アンジェラさんは浜松で人と人をつないできました。金融の現場でも、地域の中でも、そして舞台の上でも、その根底にあるのは「相手を理解し、信頼関係を築くこと」。一見異なる金融と表現の仕事も、相手に届いてこそ意味を持ちます。相川さんの歩みは、多文化共生とは制度だけでなく、人と人とのあいだに生まれる理解と出会いの積み重ねであることを教えてくれます。
そうした積み重ねの延長線上に、『うなぎの回遊 Eel Migration』があります。本作には、相川さんをはじめとするブラジルルーツの人々の声や経験が重なり合っています。インタビューを通して見えてきた視点を手がかりに作品に触れたとき、言葉や身体、そして人と人とのめぐり合いが、より立体的に感じられるはずです。
ぜひ劇場で、その瞬間を体感してみてください。
〈公演情報〉
SHIZUOKAせかい演劇祭2026
『うなぎの回遊 Eel Migration』
日時:2026年4月25日(土)、26日(日)、29日(水・祝)各日18:30開演
会場:舞台芸術公園 野外劇場「有度」
上演時間:90分(予定)
上演言語/字幕:日本語上演(一部ブラジルポルトガル語)/日本語・英語・ブラジルポルトガル語字幕
▼公演詳細はこちら
https://festival-shizuoka.jp/program/eel-migration/
〈関連企画〉
■ブラジル料理を食べながら多文化共生について考えよう
『うなぎの回遊 Eel Migration』には、県民出演者として、ブラジルにルーツをもつ方々が出演します。
ご自身もブラジル出身である、静岡県在住の中村マゼラン太郎さんをお招きして、本作の背景にあるブラジルと日本についてのお話をしていただきます。
美味しいブラジル料理を食べながら、多文化共生の課題や未来について一緒に考えてみませんか?
日時:2026年4月11日(土)11:00~13:00
会場:舞台芸術公園 せかいの劇場ミニミュージアム「てあとろん」
登壇:中村マゼラン太郎、石神夏希(『うなぎの回遊』台本・演出)、『うなぎの回遊』県民出演者
定員:30名
参加費:1500円(ブラジル料理付き!)
イベントの詳細・お申し込みはこちら
■フェスティバルcafe&bar ― Festa Brazil(ブラジル・ナイト)
日時:2026年4月25日(土)、26日(日)15:00~22:00、4月29日(水・祝)12:00~22:00
会場:舞台芸術公園 せかいの劇場ミニミュージアム「てあとろん」
詳細は『うなぎの回遊 Eel Migration』公演詳細ページをご覧ください。