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2019年1月25日

<『顕れ』#013>開幕しました!&演奏エリアの秘密

カテゴリー: 『顕れ』2019

1月14日に『顕れ ~女神イニイエの涙~』開幕しました!

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一般公演は連日トリプルコール!
平日に行っている中高生鑑賞事業のお客様も、日々高い集中力で観てくれています。

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▲初日カーテンコールの様子

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▲げきとも(中高生鑑賞事業)公演恒例お見送りの様子
 
\お客様のアンケートから感想をご紹介!/
「SPACらしいSPACでしかできない劇だなあと思った。抽象的な世界をここまで具現化するのは大技。」
「子供を取りかこむ社会や環境に落ち込むこともありますが、その悩みにつながる普遍的な物語、世界中のすべての人につながっていく1枚の織物のような劇で、希望を感じることができました。」
「今自分が生きている世界の事でありながら、神秘的な世界感に吸い込まれるようでした。」

関連ツイートまとめはコチラから


 

残る一般公演はあと4回となりました!
うち3回、1月26日(土)・27日(日)・2月3日(日)は関連企画として、終演後SPAC創作・技術部スタッフが舞台裏を特別にご案内する人気企画、バックステージツアーを開催します。

今回の作品は、宮城演出の真骨頂である祝祭音楽劇
舞台上に出ている俳優の人数が少ないシーンでも、実はほかの俳優たちが生演奏を行っています。
作品で使用している楽器は主だった大きなものだけでも、なんと20種類以上!
小さな小物楽器も数えると…キリがありません!

もちろん実際にご観劇いただき、バックステージツアーに参加してもらいたいのですが…
今作の演奏がどのように行われているか、上演の流れに沿って時系列でご紹介します!
たとえば、4人1役のウブントゥを演じる1人である永井さんは、上演中どんな動きをしているでしょうか。

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▲オープニング~登場シーンまでは、演奏隊として演奏エリアに。
今作の場面転換で重要なポイントである「波布」を、劇中で敷いたり片付けたり…といったことも行っています。

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▲いよいよウブントゥたち登場!マイブイエと出会う、ストーリーのおおきな契機となるシーン

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▲ウブントゥは、奴隷として運ばれる途中で海の上で亡くなり、もはや輪廻転生することができなくなったさまよえる魂たち。正面を向いている、左から2番目が永井さんです。

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▲ウブントゥ登場シーンが終わったら、休む間もなく演奏エリアに戻ります。
別の俳優がそれまで演奏しているフレーズを引き継ぎ、楽曲の途中で奏者が入れ替わることも!
続く”一千年のつみびとたち”が登場する裁判のシーンからは、演奏だけでなく指揮も担当しています。
左手で指揮をし、右手で楽器を演奏しているときもあります!

ちなみに、舞台の後半のほとんどは演奏者が6人しかいないため、演奏の合図や演奏のテンポを出す指揮者が不在!ということも。
どうやって、乱れずに演奏をしているのでしょう?

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▲次に演奏する俳優のために、演奏で使用するものを事前に準備するのも重要な役目です。左から2番目が永井さんの後ろ姿。
こうして他の俳優たちも演奏中にいろんな役割をこなし、目線を交わしながら息を合わせ、全編通して様々な楽器を演奏しています。

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▲こちらは演奏エリアの全貌。
上演後は金物楽器を乾拭きし、楽器に乾燥材やタオルを掛けています。
日々の楽器のメンテナンスも、出演俳優たちの大事な仕事。

そして音響スタッフは、楽器とマイクそれぞれの特性を見極めて、たくさんのマイクを演奏エリアに仕込んでいます。
また左右に演奏エリアが広いため、奏者に遠くの楽器の音を聞こえるようにするためのスピーカー(通称:返し)も仕込んであります。
もちろん、俳優のセリフを拾うためのマイクもあります。
上演中は、その声を拾うマイクと、演奏を拾うためのマイク、それぞれに1人ずつ音響スタッフがついて音量を調整しています。

…とまだまだ演奏のことだけでも語り足りないくらいなのですが、バックステージツアーではこうした創作のウラ話をたくさん聞くことができますのでぜひ作品鑑賞とともにお楽しみください!

  
★関連リンク★
ステージナタリー
SPAC「顕れ ~女神イニイエの涙~」開幕に宮城聰「美の力ってなんだろう」

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演出家・宮城聰が語る、SPAC公演『顕れ〜女神イニイエの涙〜』

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◆パリ公演期間中のブログ
『顕れ』パリ日記2018 by SPAC文芸部 横山義志

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SPAC秋→春のシーズン2018-2019 #3
顕れ ~女神イニイエの涙~
2019年1月26日(土)、27日(日)、2月2日(土)、3日(日) 各日14:00開演
日本語上演/英語字幕
会場:静岡芸術劇場

作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子
*詳細はコチラ

2019年1月9日

<『顕れ』#012>リベラシオン紙劇評

カテゴリー: 『顕れ』2019

いよいよ『顕れ ~女神イニイエの涙~』開幕まであと5日となりました!
パリ公演舞台写真や、作中の楽曲を使ったトレーラー第二弾を公開!
作者のレオノーラ・ミアノさんからのメッセージ動画もアップしています。ぜひご覧ください。

今回のブログでは前回2回(ル・モンド紙レゼコー紙)に引き続き、パリ公演期間中に仏主要紙に掲載された劇評をご紹介します。
 


『Révélation /顕れ』と命の連鎖
アフリカにおける奴隷制の歴史を扱った3部作「Red in Blue」。その第1部を舞台化するにあたりカメルーン系フランス語作家レオノーラ・ミアノが必要としたのは、日本の宮城聰だった。突飛で誇大な美感の差異を武器に「文化の盗用」にまつわる一連の議論を逆手に取ったその手法とは。

Ève Beauvallet
2018年10月4日 リベラシオン紙
(原文はこちら

 
 『Révélation /顕れ』の演出を任せられる人物とは誰だろう。神話化された「奴隷制」の歴史を劇場の舞台にのせ、三角貿易の片棒を担いだ人々を裁くため結集した「アフリカの」神々による法廷を具現化させられる人物。果たして誰がいるだろうか。決して誰でもいいというわけにはいかない。「その人じゃ物足りない、ってレオノーラに言われると思うよ」。国立コリーヌ劇場芸術監督ワジディ・ムアワッドは同業の友人たちから異口同音に釘を刺された。「Red in Blue」(3部作で、Révélationはその第1部)を任せられる演出家を一緒に選ぼうと持ちかければ、レオノーラはきっとアフリカ系の出自の人を希望するだろうし、もっというとサハラ以南のアフリカに出自をもつ人、欲をいえば女性で、という話になるかも。とにかく誰か、一族や自分自身の出自の一端において奴隷制の歴史に切実な、しかも民族的にも当事者性を有する人物をみつけて、キャスティングに関してもその人自身の目から見て「正当なアイデンティティ」の認められる俳優を直接選んでもらう形にしないといけない。西洋人に依頼するなんて論外だっていわれるね、絶対。どんなに誠実な姿勢で取り組もうと、「文化の盗用」を犯しているという誹りは免れないんだから。
 「文化の盗用」とは社会学者エリック・ファサンがつい先日「ル・モンド」紙上で論じた、いわば「やさしいコロニアリズム(植民地主義)」のひとつの形であり、「支配者(もしくはその子孫)」が「被支配者(もしくはその子孫)」の文化を借用したり、広めたり、語ったりすることを指す。まあとにかく、フランス語で作家活動を行い、なかんずく、植民地主義に関するテーマとくれば大小問わず徹底的な論争を仕掛けて厭わないことで知られるレオノーラ・ミアノともあろう者が、アフリカを中心に据えて世界を描いたこの戯曲を黒人以外の手に委ねるなど許すはずがない。

文化移植とは

 「そういう風に言ってきた人たちはいましたね。もちろん、彼女がもし本当にそういう人だったらその時点でこの企画自体を諦めたと思います」とムアワッドはいう。だが自身もカナダとレバノンに出自をもつ作家であり演出家である彼は、自分で確かめてみたいと考えた。「僕としては、レオノーラの作品は小説もエッセイも読んでいたし、なにしろ彼女の筆に惚れ込んでいたので、そんな乱暴なことをいう人じゃないんじゃないかな、という気がしたんです」。
 かくしてムアワッドは、緊張の面持ちで敬愛する作家レオノーラ・ミアノの前に赴き、今回の企画について説明した。国立劇場の芸術監督という仕事をいわば、アーティストたちに思いがけない出会いを提供する橋渡し役だと考えている自分としては、この「Red in Blue」3部作を、然るべき「強力な」演出家をみつけて舞台化したいと考えているが、教条主義的な発想に囚われた人選は避けたい。「すると彼女の答えはこうでした。(西欧人が言うところの)「アフリカの」苦しみにまつわるこの歴史がこれまでいかに征服者の側で広め伝えられてきたかという点に自覚的な人でありさえすればいい。この作品では、断罪するとか罪悪感から解放するとかいったことよりも、鎮める、なだめることを試みているので、なまじ当事者性のある出自のアーティストに任せて対立軸に囚われてしまうのが怖い、と」。そこからふたりの話し合いが始まり、実に何ヶ月にも及んだ。それぞれが思い思いに候補を挙げてゆくがどうにも意見が合わず、一時は企画自体を断念することも考えた。そして思い余って出た言葉が「誰でもいいから理想のアーティストをひとり挙げてみてくれ。故人でもいいし、可能性ゼロの人でもいいから、なにかイメージをつかむ手がかりが欲しい!」。はたして、レオノーラ・ミアノが口にしたのは「サトシ・ミヤギ」。一瞬の沈黙に続いて、困惑したような笑いがワジディの口から漏れた。アフリカ系でもなく、支配した側の子孫でもなく、極東のアーティストだって?

 そして今、その驚嘆すべき文化移植はコリーヌ劇場の舞台でしかと形を成し、晴れて選出された現存する演出家・宮城聰は我々の目の前でコーヒーを飲みながら、ワジディのそれと同じく困惑したような笑いでその顔を彩っている。「こんな奇妙な企画は受けたことがありませんでした」と打ち明ける宮城。「今回の企画がなければこういう歴史に僕が自分から取り組むことはなかったと思います。大西洋横断強制連行(「奴隷制」という言葉は使わないようにしているので)というのは日本人にとってはやはり極めて遠い歴史ですからね。学校の授業でいくつか重要な年号や事件については教わりますが、それも本当に概要だけで。ですからレオノーラさんが日本に来てクリエーションに参加してくれるなら、という条件付きで承諾したんです。いまは、こういう文化的な遠さ、究極の距離感がなにかを産み出すのではないかと考えたワジディさんとレオノーラさんの慧眼に心から感謝しています」

声のシンフォニー

 しかし一方で、本作を2019年1月に目撃することとなる日本の観客たちにはむしろ共感しやすい部分もあるはずだ。というのも作中における死の描かれ方に、東洋人が抱くあの世のイメージ、さらにいえば死後の魂のイメージと相通ずるところがあるのである。ギリシア的な宇宙発生論と原始的な説話とを等しく取り込んだテクストはいわばサハラ以南を舞台としたマハーバーラタの様相を呈しており、オペラのリブレットさながら。不思議なリアリズムと魅惑の叙情に加えて、登場するのは「往来の番人」の名を与えられたカルンガ、それに様々な声のシンフォニーが奏でる宣告を通して言葉を発する神々。舞台は18世紀アフリカ(という括り自体が西欧的史観の産物であるとして、レオノーラ・ミアノはこの言葉を用いないが)を思わせるが、しかしあくまでも神話的に再構築された、とある「アフリカ」である。
 創造を司る神イニイエは未曾有の事態に直面している。ストライキという、宇宙の秩序に対する真っ向からの反逆である。なんでも、生まれんとする魂たちが「罰せられし魂たちが自らの犯した過ちについて説明をしない限り」地上に生まれ変わることを拒否する、というのである。そこでその罰せられし魂たち、すなわちサハラ以南のアフリカでその昔、植民者たちに協力しておきながら今に至るまで口をつぐまされてきた者たちの魂を呼び出し、裁きにかけねばならないということになる。「もしもテクストが被害を受けた側の立場にのみ特化した語りで構成されていたら、僕はこの作品を受けなかったと思います」とは宮城の弁である。「このように巨大な悲劇を語り継ぐに際しては、今までは残虐行為に手を染めた人間やその仲間よりも被害者側の声ばかりを耳にしてきました。これに対し本作でミアノさんは、ほとんど語ることを許されてこなかった人々に語らせようと試みたのであり、このバランスのとれた視座が僕にとって極めて重要でした」。

 2017年、アヴィニヨンでソフォクレスの『アンティゴネ』を宮城聰率いる劇団の俳優たちが、テクストの音楽的な解釈(ひとつのセリフを複数の声で表現したり、声と身体を分離させたり)や、文楽や歌舞伎、能といった伝統芸能を受け継ぎ様式化した技法で上演すると聞きつけた西欧の観客たちは、当然ながらたいへんな興味を惹かれて会場へ足を運んだ。しかし今回は、(歴史の面での)大きな親和性と(美的な面での)巨大な隔たりの狭間に横たわるコントラストがよりいっそう奇想天外な、いわば怪我の功名を産み出したといえる。

アイデンティティの絶対視

 というのも、残念なことではあるが、「サハラ以南で起きた強制連行」の話を観に劇場へ来ませんか、と誘われても、劇場へ足を踏み入れもしないうちからげんなりした気分になってしまう理由に事欠かないからだ。おそらくは、同様のテーマで、しかしヒステリックな叙事詩や怒れる演者たちによって暴力の暴力性をただただ繰り返し糾弾するだけの作品に食傷気味になっているからだろう。そういう意味で、これほど炎上しやすい主題を扱っていながらひたすら美的なだけの表象を敢えて提示し、滑稽味をたたえたSF的なアプローチを選択することで移民を語ったり、あるいは日本的な神聖さを介して植民地化の遺産に迫ったりという手法は珍しい。レオノーラ・ミアノが自ら書いているところによれば日本的な美の様式がアフリカ/ヨーロッパ、黒人/白人といった、自分の目には使い古され既に不毛と映る対立の構図からこの物語を脱却させてくれるのでは、というのが彼女の期待だったという。それこそまさに今回起きたことに他ならない。本作『Révélation /顕れ』は、炎上しがちな社会に対する癒し云々以前に素晴らしい舞台芸術作品であるのはもちろんだが、件の「文化の盗用」をめぐる議論が加熱するまさに今このときに提示されていることがますます人心を惹きつけているのもまた事実だろう。

 舞台芸術の世界がアイデンティティの絶対視(たとえばネイティヴ・アメリカンの役を演じる正当な権利を持っているのはネイティヴ・アメリカンだけである、という立場。過日、ロベール・ルパージュとアリアンヌ・ムヌーシュキンが抑圧されたマイノリティとしてのネイティヴ・アメリカン史を舞台化する際、当事者コミュニティ出身の俳優を一切起用しなかったことでこうした非難にさらされた)と、ある種の普遍主義を標榜する欺瞞(人が人を演じる自由に一切の制限を加えるべきではないという立場。フランスの現状はこうなってはいない)との板挟みで膠着の様相を呈している昨今、『Révélation /顕れ』の日本語上演はそうした議論から巧みに身をかわしつつ第三の可能性、すなわち多様性に創造性を導入するという道を提示している点で実に大きな意義をはらんでいる。

(翻訳:平野暁人)

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『顕れ』パリ日記2018 by SPAC文芸部 横山義志

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顕れ ~女神イニイエの涙~
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2月2日(土)、3日(日) 各日14:00開演
日本語上演/英語字幕
会場:静岡芸術劇場

作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子
*詳細はコチラ

2019年1月8日

<『顕れ』#011>レゼコー紙劇評

カテゴリー: 『顕れ』2019

前回のブログに引き続き、パリ公演期間中に仏主要紙に掲載された劇評をご紹介します。
 


『Révélation/顕れ』:霊魂たちの法廷

Philippe Chevilley
2018年9月25日 レゼコー紙
(原文はこちら

 
生まれんとする魂たちを前に一人ひとり告白を行う罰せられたる魂たち……。日本の演出家・宮城聰は、「サハラ以南のアフリカ諸国において奴隷制の片棒を担いだ王たちの罰せられたる魂を召喚する」というレオノーラ・ミアノの神話的物語を雅やかに描き出した。日本とアフリカの混淆が普遍的な歌を産み落とし、鋭くも静謐に満ちたヒューマニズムを謳いあげる。

2017年のアヴィニヨン演劇祭では、ギリシア悲劇である『アンティゴネ』を、贖罪を求めて浮遊する魂たちの世界として提示してみせた宮城總。今作『Révélation /顕れ- Red in blue trilogie』においては、アフリカの遥かな過去に刻まれた痛ましき歴史、すなわちサハラ以南にかつて存在した国々の王たちが海の向こうからやって来た白人たちの求めに応じて自らの臣民を売り買いするようになり、そのことが大西洋を股にかけた強制連行と奴隷制という地獄のサイクルを根付かせることに一役買った経緯を題材に取り組んでいる。現代まで連なる悲劇の源泉へと立ち返るこの作品の原作者はレオノーラ・ミアノ。歴史認識論争を煽るような意図とは無縁の、神話の形をとった完全なフィクションである。

創造を司る女神・イニイエは、魂たちのストライキという事態に直面する。「罰せられたる魂」たちが自らの罪を認め語らなければ赤ん坊の体に入ることを拒否する、と主張する「生まれんとする魂」たち。往来の番人はイニイエの命により、罰せられたる魂たちを召喚し、生まれんとする魂たちならびに「さまよえる魂」たち、つまり死してなお安らげずにいる奴隷制の犠牲者の魂たちの面前で申し開きをするよう強いる。はたして、そこで語られる動機は様々である。弱さ、狡さ、強欲、嗜虐、悪意……。罪は罪として赦さぬままに、しかしそれぞれの動機が「顕れ」ることで怜悧なまなざしを重苦しい記憶にそそぐと同時に、やがて鎮め癒すための道を拓いてゆく。そうして宇宙はついにその営みを取り戻すのだった。

典雅な音楽
本作は日本人演出家・宮城とカメルーン系フランス作家ミアノの素晴らしい出会いによる結実といえる。ふたりは互いに同じ演劇哲学を、もとい、哲学そのものを共有していると言っていいだろう。すなわち宮城とミアノにとって芸術は、そして詩は、言の葉にならざるものを描き出し、生者と死者の世界に対話させ、人間の尊厳と人間の歴史とを調和させることを、しかも一切の妥協なく可能にするものなのだ……。日本の伝統とアフリカの物語世界、そしてギリシア神話の構造が溶け合って普遍的な歌を成し、純度の高い美的様式、独創性に富んだ衣装の数々、洗練され高い象徴性を湛えたいくつもの構図を伴って響き渡る。

表裏をなす太陽/月は時宜を得て舞台上に燦然と輝き、俳優が動かす布の一枚いちまいはさざめく波を表し、歪で巨大な仮面は悪しき魂をすっぽり覆い隠す……。そうして最高神たる女神はといえば、威厳に満ち、聖別された像さながら口をつぐんだまま、その声を分身に貸し与える。一つひとつの言葉が時代を超えた儀式におけるそれのようにして、荘重さの中にも諧謔味すら帯びた抑揚をちりばめながら発語される。緻密に織り上げられたハーモニーと打楽器の律動から成る音楽は、舞台手前のピットで生演奏され、神々および魂たちの作り込まれた身体表現と力強い声とにさらなる輝きを与えている。

哀調をまとった「罰せられたる魂」たちの舞から放たれる、ときに抑えた、ときに無慈悲な、悪の根源をめぐる言葉の数々。宮城聰はレオノーラ・ミアノの手により蘇った魂たちにかくも見事に語らせてみせる。魂たちには、いまを生きる私たちに伝えるべきなにかがそれほどたくさんあるのだ……おぞましくも核心に触れるなにかが。そのすべては私たち一人ひとりが自らの過去を受けとめ、人間としての義務を果たしてゆくための手がかりとなってくれるはずだ。

(翻訳:平野暁人)

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2018.12.24更新 #008 創作秘話 ~衣裳編~
2018.12.27更新 #009 創作秘話 ~小道具編~
2019.1.7更新  #010 ル・モンド紙劇評

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2月2日(土)、3日(日) 各日14:00開演
日本語上演/英語字幕
会場:静岡芸術劇場

作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子
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2019年1月7日

<『顕れ』#010>ル・モンド紙劇評

カテゴリー: 『顕れ』2019

あけましておめでとうございます!
SPACの新年は、宮城聰最新作『顕れ ~女神イニイエの涙~』からスタートします!
1月4日より稽古を開始、一週間後に迫る初日に向けて最終調整を行っています。

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▲年始に『顕れ』座組集合写真を撮りました!

本作はパリ・コリーヌ国立劇場の2018年シーズン開幕作品として1か月間上演されました。
今回より3回連続で、仏主要紙に掲載された劇評をご紹介します。
*パリ公演期間中のSPAC文芸部 横山義志によるブログはこちら
 


コリーヌ劇場にて、奴隷制の犠牲となった人々の魂に儀式を供した宮城聰
アヴィニヨン演劇祭において『アンティゴネ』を成功させたかの日本人演出家・宮城聰は、今度はカメルーン人作家レオノーラ・ミアノの詩情と言葉の息吹とを見事に昇華させてみせた

Séverine Kodjo-Grandvaux
2018年9月23日 ル・モンド紙
(原文はこちら

 
時が、夏に別れを告げながらもモン=ルイの丘の上でその歩みをとめていた。パリは9月20日の夜のこと。ペール=ラシェーズ墓地の目と鼻の先で奏でられていた「天と地の狭間、昼と夜のあわい、とこしえの罪人たちの棲む灰色の谷の間近」を舞台に蠢いていたのは「見捨てられし魂たち」。すなわち決して贖い得ない罪に、およそ人道に対する罪のうちでも際立っておぞましい罪に手を染めた者たちの魂。その罪とは、人々を奴隷の身分に貶めアメリカ大陸各地へと強制連行した事実に他ならない。そうしてまた、その空前の動乱に踏みにじられた「さまよえる魂たち」は4世紀以上もの長きにわたり、寄せては返す波濤さながら命の揺りかごめがけて己が身を砕いては、「生まれんとする魂たち」に呼びかけるのだった。どうか自分たちの請願を、最高神イニイエに聞き届けてもらえるよう働きかけてほしい、と。

「さまよえる魂たち」は裁きを求めない。ただ知りたいと願う。ただ明らかになることを望む。「海の向こうからやってきた者たち」に同胞を売り渡すような行いへと人々を駆り立てたものは、いったいなんだったのか。「生まれんとする魂たち」の名はマイブイエ。南アフリカ共和国のアパルトヘイト闘争においてアフリカ民族会議党の闘士たちが用いたことで広まった「取り戻せ」を意味する合言葉だ。地上に生まれ落ちたマイブイエたちはひとたび人間としての生を終えると「始まりの海」たるマンガンバへと還って己を癒し、ふたたび地上を目指す定めを負っている。ところが「地上で自分たちを待ち受けている混沌を知り」その務めを拒絶し始めるマイブイエたち。やがて互いに交わることを許されぬはずの力と力とが一堂に会し、宇宙の存続は危機に晒されてゆく。

人間の選択と行動に関する不変にして普遍の問いを投げかけるこの悲惨な史実をテーマとした本作『Révélation /顕れ』(2015年刊行、本作は3部作「Red in Blue」の第1部として収録)の中でレオノーラ・ミアノは、「黒人奴隷貿易」に与した黒人たちの存在に言及する。ミアノはまた、自身もドゥアラに生まれ育った者として「黒人奴隷貿易」という語それ自体を退ける。そもそも「アフリカ」という呼称からしてヨーロッパ人の考え出したものであり、当時アフリカに住んでいた人々は、死出の船底へと投げ込まれたまさにそのとき、自らをアフリカ人だと考えてもいなければ黒人だと認識してもいなかったのである。

喪われた人道性
10月20日まで本作を上演中のフランス国立コリーヌ劇場芸術監督であるワジディ・ムアワッドのはからいにより、ついに実現のときを迎えることとなったレオノーラ・ミアノ(代表作として、2006年度「高校生のゴンクール賞」を受賞した『来たるべき日の輪郭』、2013年度フェミナ賞を受賞した『影の季節』など)のかねてよりの願い。はたして、宮城聰はめくるめく演出をもってレオノーラ・ミアノの詩情と言葉の息吹とを見事に昇華させてみせた。日本的な美意識のもつ力がカメルーン人作家の構築した神話のスケール感と融合したのである。

「まずびっくりしたのはですね」5月に行われたインタビューで宮城は以下のように語っている。「この戯曲のなかで描かれている死の観念、あるいはいわば「死後の世界」のとらえかたが、日本人の広く一般に思い描く「あの世」の、もっといえば死後の魂の行く末のイメージにあまりにも近かったことです。死後の魂を主題とした様々な物語に昔から親しんできた日本の人々のあいだでは、惨たらしい最期を迎えた人や無念の死を遂げた人の魂は極楽へと辿り着くことができず、この世に縛り付けられたまま、怨みが晴らされ痛みが鎮められるまで浮遊し続けると考えられているのです」

声も登場人物たちも分裂させてゆく手法をとる宮城。固定的な役割にも、性別にも、さらには「人種」にもとらわれないその姿勢は、まさにミアノにも重なるものである。2017年に71回目を迎えたアヴィニヨン演劇祭のオープニングでまったく新しいアンティゴネを法王庁の中庭に生ぜしめた彼だが、今作でも様々な太鼓や鈴が奏でる力強くも繊細極まる音楽にのせて精巧な身体表現を描き出してみせた。そうして宮城は喪われた人道性の寓意である「ウブントゥたち」に、ひいては鉄の足枷を付けられ死んでいった男性の、女性の、そのひとりひとりに、記憶から消し去られてしまったひとつひとつの名前と顔に、尊厳も埋葬も許されぬまま卑しめられたひとつひとつの身体に、さらにはいまに至るまで敬意を示されてこなかったひとつひとつの記憶に、哀悼を捧げ、儀式を供したのである。音楽を通して「俳優たちに死者の魂へ語りかけてほしいんです」と宮城は語る。

作品に込められたそうした世界観に全編通じて圧倒的な美を付与しているのが俳優たちの瞠目すべき演技と、わかりやすく「アフリカ的」なイメージの対極を突いた衣装の数々だ。日本的な美の意匠を介して、三角貿易や奴隷制、西欧世界とアフリカ世界あるいは白人と黒人の対立といった事象の中から物語の本質が抽出され、観客は残酷で非人間的な人間の歴史のただなかへと投げ入れられる。そうして人間に内在しうる極めて下賎な部分、犯しうる過ちや逸脱、欺瞞や卑屈さといったものを否が応でも直視させんとするのである。なぜなら、自らの過去をまっすぐにみつめ、人類の歴史と対峙することを拒む態度こそなにより忌むべきものなのだから。

(翻訳:平野暁人)

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2018.7.21更新 #002 作者レオノーラ・ミアノ氏来静!
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2018.8.30更新 #004 研修生ポールさんの振り返りレポート
2018.9.11更新 #005 世界初演まで間もなく!
2018.12.10更新 #006 『顕れ』の世界を読んで楽しむ
2018.12.16更新 #007 静岡県立大学図書館で特別展示開催中
2018.12.24更新 #008 創作秘話 ~衣裳編~
2018.12.27更新 #009 創作秘話 ~小道具編~

◆パリ公演期間中のブログ
『顕れ』パリ日記2018 by SPAC文芸部 横山義志

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SPAC秋→春のシーズン2018-2019 #3
顕れ ~女神イニイエの涙~
2019年1月14日(月祝)、19日(土)、20日(日)、26日(土)、27日(日)
2月2日(土)、3日(日) 各日14:00開演
日本語上演/英語字幕
会場:静岡芸術劇場

作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子
*詳細はコチラ

2018年12月27日

<『顕れ』#009>創作秘話 ~小道具編~

カテゴリー: 『顕れ』2019

前回のブログのおさらい~
『顕れ』に登場するのは、万物創造の女神と魂たち。大きく舞台写真を使った今作のチラシ・ポスターの中央いるのが「女神イニイエ」、取り囲むように跪いているのが魂たち「マイブイエ」です。戯曲では、人間の肉体が誕生するときに、最高神・イニイエの懐のなかから魂が飛び出して赤子の中に入るとされています。

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この「マイブイエ」と対照的な存在が「ウブントゥ」です。
ウブントゥは、奴隷として運ばれる途中で海の上で亡くなり、もはや輪廻転生することができなくなったさまよえる魂たち。マイブイエとウブントゥの出会いが、物語の大きな契機となっています。

この2つのキャラクターは、美術班が被り物の部分を、衣裳班がそれ以外を製作しています。
深沢さんは今作では小道具デザインを担当していますが、普段は舞台美術も手掛けています。
今回も舞台美術を一から考え始めるときと同じように、戯曲や俳優の考える演出プランに寄り添いながらそれぞれのデザインを考えていったそうです。

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▲パリ公演舞台写真。この2つのキャラクターはそれぞれ4人1役で演じます。
 左4体がマイブイエ、右4体がウブントゥです。

舞台創作が始まったばかりの頃、マイブイエは胎児の人形を俳優が操作するというプランでした。
しかし、マイブイエとウブントゥは先の説明でも書いた通り、人間の身体という造形に入ってくる魂。
そのため深沢さんは最初のプランに違和感を抱き、2つのキャラクターの造形は形がはっきりしないもののほうがいいと考えたそうです。
そこから発想したのが、かたちを持たないが、人が見ることのできる“現象”。例えば火や風などです。

 
ウブントゥは当初、火という現象を見せるためロウソクを身に着けるという案でした。
そこから、俳優とのディスカッションを繰り返し、演技の動きとの兼ね合いも考えて今の造形にたどり着きました。

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▲深沢さんによるウブントゥ(ヘッド部分)デザイン画

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▲パリ公演舞台写真、ウブントゥ近影

ウブントゥは、「マイブイエと同等の存在ではあるが、自由度が低く閉じ込められた存在」だと考え、マイブイエの被り物の玉が自由に動くようになっているのに対して、ウブントゥのものは玉が押し込められているような形になっています。
これは蛙の卵をモチーフに作られ、発泡スチロールの玉を黒いストッキングに入れて、さらに着色されて出来上がっています。

またマイブイエの被り物は、試作段階で造形として華奢だと演出の宮城から指摘を受け、SPACで創作した別の作品『ANGELS』を参考に造形を強めていったそうです。

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▲中高生のダンスかんぱにーSPAC-ENFANTS『ANGELS~空は翼によって測られる~』
 2018年東京芸術祭での公演より。(スパカンファンプロジェクト詳細はこちら

深沢さんにとって、かたちのない現象にトライしたのは初めてだったそうです。
「このプランにたどり着いたことによって、よりマイブイエやウブントゥというキャラクターがどういう存在であるかを深く理解することができたと思う。ただ一方で、現象をモチーフにしたアート作品を、そのまま演劇に持ち込むことの難しさを改めて感じた」と話していました。

たとえばいずれの小道具も、そうした美術でありながらも、俳優が動き回ることが可能なように被り物として成立させ、また耐久性も兼ね備えなければいけません。
パリでの1ヶ月のロングラン公演を経て、2つのキャラクターともたくさんのメンテナンスが必要だそうです。

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▲作り直し途中のマイブイエ(ヘッド部分)

マイブイエとウブントゥ役の俳優が身に着けるヘッド以外の部分は、衣裳班が製作しています。
こちらも美術班と同様、魂たちを表現するため、より元素的なかたちとして球体が全身にあしらわれています。
マイブイエ、ウブントゥともに、構造としては着物と同じになっていて、袖を通して着脱します。

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▲駒井さんによるマイブイエ、ウブントゥのデザイン画

通称「玉暖簾」と呼ばれていて、取材に伺ったときはパリ公演で伸びてしまった紐の長さを調節中でした。
着色した発泡スチロールの球とビーズを組み合わせて、俳優が動いても絡まらないように作られています。
発泡スチロールのため、実際に着てみると軽くて暖かく、意外な着心地だそうです。(笑)

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舞台には、イニイエやマイブイエ、ウブントゥのほかにも、イニイエに仕える第二の神「カルンガ」や、罪を告白する「一千年のつみびとたち」が登場します。
実際の衣裳や小道具が舞台上ではどんなふうに見えるのか、ぜひ劇場でお楽しみください!

また、このような創作のウラ話を聞くことができる大人気企画「バックステージツアー」
は、一般公演日のうち1月26日(土)・27日(日)・2月3日(日)に開催します!
創作・技術部の案内のもと、美術や衣裳などを間近でご覧いただくことができます。
興味のある方はこの3日間がおススメです!ご予約はお早めに。

 
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顕れ ~女神イニイエの涙~
2019年1月14日(月祝)、19日(土)、20日(日)、26日(土)、27日(日)
2月2日(土)、3日(日) 各日14:00開演
日本語上演/英語字幕
会場:静岡芸術劇場

作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子
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2018年12月24日

<『顕れ』#008>創作秘話 ~衣裳編~

カテゴリー: 『顕れ』2019

ただいま静岡芸術劇場では、年明けの上演に向けて『顕れ』の仕込みの真っ最中!
9月にパリで世界初演したので、それをそのまま静岡でも上演すればよいだけ、というわけではもちろんなく…。
舞台セットを芸術劇場のステージのサイズや客席との距離に合わせて調整し、衣裳や小道具もメンテナンス、ものによっては作り直しが行われています。
今回はそんな大忙しのなか、衣裳デザインの駒井さん、小道具デザインの深沢さんにお話を聞くことができました!前後編に分けて創作秘話をお届けします。

 
『顕れ(Révélation)』はアフリカの奴隷貿易の歴史においてこれまで語られることのなかった「加担したアフリカ人たち」に光を当て、神話的世界で救済の物語として描いています。
作品に登場するのは、万物創造の女神と魂たち。舞台写真を大きく使った今作のチラシ・ポスターの中央いるのが「女神イニイエ」、取り囲むように跪いているのが魂たち「マイブイエ」です。

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アフリカでは、死ぬと魂は“魂の海”に還っていくという輪廻転生が基本的な死生観。戯曲では、人間の肉体が誕生するときに、最高神・イニイエの懐のなかから魂が飛び出して赤子の中に入るとされています。物語はマイブイエたちが「この世に生まれたくない」とストライキを起こしたことから始まり、イニイエはその原因となった“一千年のつみびとたち”の審きを行います。

イニイエの衣裳は縄文土偶!?

駒井さんはこうした作品の世界観をふまえた時、罪を告白するときに対峙するイニイエは、つみびとたちの本来の自分達の姿・人間の生まれたままの姿を象徴する存在であるべきなのではと考えたそうです。
そのイメージから、いまよりもっと原始的な時代の人間の姿である土偶にたどり着き、今のようなフォルムになったといいます。

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▲初期の素材集めの段階の資料

イメージが、固まったら実際に衣裳をデザインしていきます。
駒井さんはいつも、素材集めをして舞台上にコラージュしながらデザインを考えていくそうです。
今作の舞台美術は、SPACとも親交の深いフランスの舞台美術家サラディン・カティールさんが手がけ、稽古開始時にそのデザイン案が届いていました。
その写真の上に集めた素材を並べながら、生地や質感・色合いなどを模索していったそうです。

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▲コラージュした写真。並べることでキャラクター同士のバランスも掴むことができるそうです。

「提灯型の土偶」はこうして出来上がった!

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そうした着想から、舞台衣裳として戯曲に指定のある動きをできるようにと考えた結果生まれたのが、「提灯型の土偶」
“縄がほどけて人間が生まれてきた”というようなイメージを具現化するため、提灯と同じような、骨に輪っかを括り付けるという構造で衣裳が出来上がっています。(今はメンテナンス中のため、輪っかが何本かとれている状態。)
提灯のように畳むことができるので、パリへ運ぶときにコンパクトになり便利だったそうです。(笑)

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それぞれの輪っかの長さを算出したリスト。この調整だけでもかなりの時間を要したそうです。
また1本1本ロープに布をかぶせてできていて、舞台上でのっぺりしないように白は2種類の色が使われています。

稽古を通じて俳優からフィードバック

衣裳の核が出来たあとは、稽古をしながら俳優と話し合いを重ねて調整していきます。
今回は演じる美加理さんから、「今回の衣裳の場合は足の動きが見えないので、腕の動きを活かせるようにしたい」というオーダーがあったそう。
これを受けて、元々は全身すべて同じ素材で作っていたのを腕の部分だけ素材を変え、動きをいかにきれいに見せるかにこだわり作っていったそうです。

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駒井さんお気に入りポイントでもある腕の部分。ぜひ劇場で、俳優の動きとともに注目してご覧ください!
そしてイニイエの胸に宿る、生まれ変わろうとする魂たち・マイブイエは、衣裳班と美術班のタッグによって出来上がっています。
こちらは次のブログでご紹介します。お楽しみに!

 
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作:レオノーラ・ミアノ
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2018年12月16日

<『顕れ』#007> 静岡県立大学図書館で特別展示開催中

カテゴリー: 『顕れ』2019

いよいよ『顕れ ~女神イニイエの涙~』開幕まで1ヶ月を切りました!
静岡県立大学図書館では、夏にムセイオン企画として宮城が公開授業を行った縁もあり、秋→春のシーズンを通して上演作品のポスターと関連書籍の展示を行っています。
◆関連リンク:県大での公開授業レポート

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『顕れ』(あらわ・れ)はカメルーン出身・フランス在住の女性作家レオノーラ・ミアノさんによって書かれた、奴隷貿易を主題とする戯曲です。
作品にまつわる書籍・かつ間口が広がるような本は…と悩み、今回は国際関係学部の松浦直毅先生に選書コーナーのプロデュースをお願いすることにしました。
松浦先生は快く引き受けてくださり、4つのカテゴリーに分けた計16冊を選んでくださいました!
書籍だけでなく、先生が実際に現地で手に入れた楽器などの関連グッズも展示しています。
静岡県立大学図書館へは学生以外も入館できますので、ぜひみなさん足をお運びください。

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打ち合わせを重ねるなかで、研究に関してたくさん興味深い話を聞くことができました。
担当制作の心にだけ留めるのはもったいない!と思い、さらにブログ記事執筆もお願いしました。ぜひ続けてお読みください。


 

『顕れ』上演によせて
松浦直毅(静岡県立大学国際関係学部)

 
静岡県立大学の松浦直毅と申します。アフリカの熱帯林地域で人類学の研究をしています。芸術全般に対して疎く、とりわけ演劇や舞台といったものには縁遠い人生を送ってきた私ですが、せっかくの機会なので、アフリカでの現地生活の経験のなかから、『顕れ』の世界へと通じる(かもしれない)お話をしたいと思います。『顕れ』の背景に広がるアフリカ文化の一端を知ることで、鑑賞をよりいっそう楽しんでいただければ幸いです。

ガボンの伝統儀礼ブウィティ
いまからご紹介するのは、私が長年にわたって調査をしてきたガボンという国のとある村でおこなわれている、現地の言葉で「ブウィティ」とよばれる儀礼のお話です。ガボンは、アフリカの中部、大西洋岸の赤道直下にある国で、国土の大半が森林におおわれ、数多くの野生動物がすんでいる自然豊かな国です。私はこの国で、森の資源に強く依存して生活する狩猟採集民の人びとについて、かれらの村に住みこんでの調査を2002年からつづけています。これまでに十数回にわたって村を訪れており、あわせて2年半ほど村で生活を送ってきたことになります。ブウィティは、宗教的な性格をもったいわゆる伝統儀礼で、儀礼結社の成員になるためにおこなわれる「成人儀礼」、人が亡くなったときや過去に亡くなった人を弔うための「葬儀」、病気の治療や問題解決のための「治療儀礼」など、いくつかの種類の儀礼をふくんでいます。ブウィティは、地域をあげておこなう重要な社会的行事であり、人びとの生活の中でも精神世界の中でも、なくてはならない大切な位置を占めています。

写真1
▲調査村の風景

儀礼への参加を体験する
村で長く暮らし、村の人たちがそれなりに私の「立ち位置」を認めてくれるようになると、私もブウィティの参加者の末席にくわえてもらえるようになります。あるとき村の人たちが、「君も一緒に参加するんだよ」と言って連れて行ってくれたのが、となりの村でおこなわれた、過去に亡くなった人物を弔うブウィティでした。
村に夜のとばりがおりるころ、木と葉で建てられた集会所に人びとが三々五々集まってきます。中ではたき火があかあかと燃えさかっており、それを囲んで座っている人びとが、手をたたき、竹を打ち鳴らし、太鼓やマラカス状の楽器の音を響かせています。その場をとりしきる男が口火をきって歌いはじめると、大声の合唱がはじまります。男も女も子どもも、その場にいる全員が声をはりあげて歌います。先導役の男があおりたてるように歌うと、それに呼応して合唱の声はどんどん大きくなっていきます。幾重にも声がおりかさなった合唱を心地よく聴きながら、ふと集会所の外の音に注意を向けてみると、いろいろな種類の虫の声が聴こえてきます。虫たちも合唱に参加しているかのようです。

写真2
▲集会所

さまざまな音がシャワーのように降り注ぐなかで、二つの巨大なたいまつに火がともされます。二人の男がそれをもって、聖火ランナーのように集会所の外へと走り出します。男たちが走り去ったあとには、たき火の煙にまじったたいまつのにおいが立ち込めます。村のはずれまで走っていった男たちの先にいたのは、たいまつの灯りで照らされて妖しげな動作で踊る「精霊」でした。村の奥に広がる森から精霊が村へと帰ってきたのです。

写真3
▲精霊

暗がりのなかで、能面のような白い仮面でおおわれた精霊の顔が妖しく浮かび上がってみえます。仮面のまわりはヤシの繊維でおおわれており、まるで長髪を振り乱しているかのようです。腰と手首、足首に葉っぱの装飾をつけ、木の枝を細かく割いたほうき状の道具を両手に持った精霊は、二つのたいまつに照らされて、手、腰、足を激しくふりまわして踊っています。さきほど、「精霊が村へと帰ってきた」と述べました。このように表現した理由は、森にすんでいるとされるこの精霊こそが、この日のブウィティで弔われている死者が姿をかえたものだからで、儀礼にあわせて故郷の村に帰ってきたというわけです。精霊の登場によって、音楽と歌声の盛り上がりは最高潮に達します。精霊は、しばらく激しく不可思議に踊ったのち、ふたたび森の闇のなかへと消えていきました。たいまつの男たちは走って集会所にもどってきます。煌々と明るいたいまつよりはずっと淡く優しい月の光が、精霊が去ったあとのひっそりした村はずれを照らしていました。

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▲歌い踊る参加者たち

遠くて近いつながり
あたかも精霊が実在するかのような私の表現に違和感をもたれた方がいるかもしれません。もちろん、この精霊は村人のひとりが「演じている」ものですが、儀礼開催のためには、何日もかかって装飾品や小道具、参加者に提供する食事などが準備され、精霊が登場するための「舞台装置」が周到に整えられており、参加者がこぞってその演出に協力することによって、精霊の存在、ひいてはこの儀礼が成り立っているのです。ですから、精霊の「正体」をうたがってその舞台裏をのぞこうとするのは、野暮なことでしかありません。実際にそのとき私は、森と村と人びとが織りなすさまざまな音と色とにおいに包まれた非日常の空間のなかで、本当に森にすんでいる精霊が村に現れてまた森へと消えていったと思ったのでした。10年以上前のできごとですが、あのときの体験は私の脳裏に強く焼きついたままです。どんな表現を尽くしても、さまざまな演出と舞台装置にいろどられた「場」を再現できるものではなく、その「場」で五感をつかって味わった感覚を伝えることもきわめて困難なのですが、その一端に触れていただくことはできたでしょうか。

写真5
▲村の背後に広がる森

さて、演劇に親しんでいる読者のみなさんのなかには、ここまでの儀礼にかんする描写をご覧になって、つぎのようなことを感じた方がいるのではないでしょうか。すなわち、これはまさしく演劇なのではないのかと。まさにそのとおりで、ここでは専門的な話にはふみこみませんが、じつは文化人類学のなかで、儀礼と演劇は長きにわたって深いつながりをもつものとして議論されてきました。儀礼にも演劇にも共通しているのは、私たちが日常の生活や人間関係から切り離された非日常の時間と空間のなかで、参加する者たちが一体となって「場」をつくりあげること、そこでは定型にしたがった「パフォーマンス」が繰り返し演じられ、参加者同士が心に深くきざまれる体験を共有するということです。
冒頭で私は、「劇場に足を運んで舞台を観る経験が乏しい」という意味で、自分が演劇とは縁遠い人生を送ってきたと述べました。しかしながら、これまで述べてきたように、私たちが人生のさまざまな場面で経験する儀礼が、演劇と分かちがたくむすびついており、そして、私たちの社会がそうした「儀礼的・演劇的なもの」によっていろどられていることをふまえれば、私の、そして、どんな人の人生も「演劇と縁遠い」などということはなく、むしろ「演劇とともにある」のではないかと思うのです。

写真6
▲参加者が一体となって儀礼の場をつくりあげる

他方で読者のみなさんは、はじめにアフリカの村の話だと聞いたときには「自分とは縁遠い」と思われたことでしょう。では、これまでの話をお読みになって、どのような感想をおもちになったでしょうか。もちろん、まったく想像もつかず理解もできない世界だという声もあるかもしれません。しかし一方で、私たちと通底する何かを感じることはなかったでしょうか。たとえば、アフリカの種々の仮面をみてみると、真っ白で面立ちも能面のようなものがあることに驚きます。みんなが一体となった儀礼に参加すれば、自分がまったくちがう立場の者だということをすっかり忘れ、いつしかその場に没入してしまいます(没入が高じて私は、儀礼結社に加入し呪術師にも入門してしまいましたが、その話はどこか別の機会ですることにしましょう)。作品紹介の動画で宮城さんが語っていらっしゃるように、『顕れ』で描かれているのも、私たちとは遠く離れているようでありながら、私たちと深いところで相通じる世界なのではないかと思うのです。

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▲精霊の仮面

「演劇とともにある」ひとつらなりの自分の人生のなかで、私たちと相通じる世界を体験する「場」に立ち会えることを楽しみに、『顕れ』を観に行きたいと思います。


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2018.12.10更新 #006 『顕れ』の世界を読んで楽しむ

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『顕れ』パリ日記2018 by SPAC文芸部 横山義志

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2月2日(土)、3日(日) 各日14:00開演
日本語上演/英語字幕
会場:静岡芸術劇場

作:レオノーラ・ミアノ
翻訳:平野暁人
上演台本・演出:宮城聰
音楽:棚川寛子

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2018年12月10日

<『顕れ』#006> 『顕れ』の世界を読んで楽しむ

カテゴリー: 『顕れ』2019

パリ・コリーヌ国立劇場シーズン開幕作品として、1ヶ月のロングラン公演を無事に終えてから早2か月。
いよいよ年明け1月、静岡芸術劇場に、秋→春のシーズン3作品目として凱旋します!
みなさんチラシや「すぱっく新聞」はもうご覧になられたでしょうか。

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12月6日(木)にタリーズコーヒー富士市中央公園店、7日(金)に浜松市のギャラリー・ショップ「遥懸夢/はるかむ」にて、公演に先駆けて【リーディング・カフェ】を開催しました!

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▲タリーズコーヒー富士市中央公園店での開催の様子

リーディング・カフェは、演劇に使われている台本をSPAC俳優ナビゲートのもと声に出して読んでみる人気のアウトリーチ企画。
出演俳優・永井健二がナビゲーターを務めた、7日「遥懸夢」での開催の様子を少しだけご紹介します。

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会場の「遥懸夢」は由美画廊を引き継いで2017年にオープンしたギャラリー・ショップ。
“はるかむ”には “はるか遠くにある夢に橋を架ける”という意味が込められています。
「遥懸夢」面する鴨江小路沿いには、「浜松市鴨江アートセンター」「木下惠介記念館」、五社公園、個人商店などが並び、アートと人が行き交い集うスポットとして少しずつ浸透していました。
オーナーの山口祐子さんは、由美画廊が閉じることになったときに、ご自身にとっても大切だった場所を無くしたくない、アートの火を灯しつづけよう!という想いから、引き継ぐことを決め、「表現の交差点」をモットーにギャラリーで様々なアーティストや作品を紹介されています。
当日お越しくださった皆さんの中にも、このギャラリーを大切に想っている方が多く、リーディング・カフェを始める前にまずは皆さんでささやかな立食パーティーを行いました。

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山口さん手作りのスープや、参加者が持ち寄ってくださったサラダ、ご近所に新しくできたお店からテイクアウトしたボリュームたっぷりのバケットサンドが揃い、テーブルはあっという間に華やかに。
少し寒さが厳しくなった日でしたが、スープで乾杯、おいしい料理とともに歓談し身も心も温かくなりました。

そしていよいよ場所を2階に移して、リーディング・カフェ!
現在ギャラリーは、作家・熊谷隼人さんの作品展「地上のかけらをあつめて」の会期中(会期は12/16まで)。
生命をモチーフとした切り絵や点描画などの絵画に囲まれた空間での開催となりました。

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ナビゲーターの永井によるSPACと作品の紹介ののち、まずは参加者皆さんの自己紹介からスタート。
これはお名前を知るのと同時に、「どんな声をしているか」を聞くためでもあります。
自己紹介が一周したらいよいよ読んでみる時間。
永井によって配役が割り振られ、少しずつ読み進めていきます。

『顕れ』という戯曲は前回のブログでも触れたように、世界初めての上演がわたしたちSPACによるものであり、日本語訳もされていませんでした。
そのため、翻訳の平野暁人さん、俳優たちとディスカッションを重ねながら、演出の宮城によって上演台本が作られました。
奴隷貿易を主題とし、「加担したアフリカ人たち」の告白を神話的世界での救済の物語として描いています。
作品に登場するのは、神様と魂たち。「この世に生まれたくない!」という魂たちのストライキから物語は始まります。

参加者の皆さんはもちろんまだ舞台をご覧になっていません。
場面の状況を説明する<ト書き>や台詞の口調から、キャラクターの造形を想像して声を出していきます。
皆さんそれぞれに想像力をふくらませて、個性・情感豊かに読んでいらっしゃいました。

出演俳優ならではの創作のウラ話、質問タイムを交えながら進み、中盤には実際にSPAC版ではこの上演台本からどんな舞台を立ち上げたのか答え合わせ。
何点かパリ公演の舞台写真を見ていただきました。

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舞台上で演じている永井さんとの違いに驚かれる方も。
また、ビジュアルを目にした後ではみなさん少しずつ読み方が変わっていました。
キャラクターそれぞれの話し方の違いを味わいながら、その後もじっくりと読み進めてリーディング・カフェは終了。
はじめて参加された方・SPACを観たことがない方がほとんどでしたが、「新しい体験だった」「作品も見てみたくなった」「絵と音読とのコラボレーションが面白かった」など感想をお寄せいただきました。
ギャラリーや集まった方々の雰囲気も相まって、終始あたたかな空間でした。

『顕れ』のリーディング・カフェはあと1回、「遥懸夢」の近くにあり、作家・熊谷さんがレジデントしていた「浜松市鴨江アートセンター」で来週12月15日に開催いたします!
定員まであと少し余裕があるそうなので、ご興味のある方はぜひご予約ください。

SPACリーディング・カフェ『顕れ』

また、ここから公演に向けてたくさんブログを更新していきます!お楽しみに。

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作:レオノーラ・ミアノ
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2018年9月11日

<『顕れ』#005>世界初演まで間もなく!

カテゴリー: 『顕れ』2019

稽古開始から早2か月が経過し、いよいよスタッフ・俳優たちは渡仏。
9月20日のコリーヌ国立劇場での世界初演まで間もなくとなりました!

改めまして、これまで『顕れ』ブログを書いてきた、制作部1年目の西村と申します。
今年度SPACに入り『顕れ』を担当し、人生で初めて演劇作品の創造に立ち会っています。
ブログ第5弾では、これまでの稽古を写真で振り返っていきたいと思います!

◆写真で振り返る静岡での稽古

『顕れ』はまだ世界のどこでも上演されたことがなく、日本語訳もされていない戯曲です。
なおかつ、戯曲に向き合うためにはアフリカや奴隷貿易について知ることが必要不可欠でした。
作者レオノーラ・ミアノさんと密にやりとりして翻訳してくださった平野暁人さんも稽古に参加してくださり、不明な点があるとその都度参考文献や資料とともに作品の背景などを説明していただきました。
平野さん、俳優たちとディスカッションを重ねながら、宮城は少しずつ上演台本を固めていきました。

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初期の演奏稽古の様子。上演台本と楽曲の製作は同時進行で行われました。
音楽監督の棚川寛子は、宮城の演出作品で20年以上舞台音楽を担当していて、俳優それぞれの演奏の強みや特徴をばっちり把握しています。
「ドラマチックに」「ここは”攻め”で」「コードはマイナーで」「BPMは150くらい」…
宮城とともにキーワードを確認しあいながら、何度も試行錯誤を積み重ねていくのですが、二人にはすでに培ってきた共通言語がたくさんあり、信頼しあっている様子がとても伝わってきました。

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棚川のノートの一部を写真に撮らせてもらいました。
棚川は楽譜を書かずにセリフのイメージから音のフレーズを作っていきます。
出来上がったフレーズはまず自分で演奏のお手本を見せ、それを一人の俳優に伝えます。
その俳優がフレーズを繰り返し演奏しているところに、別のフレーズを重ねていく。
これを繰り返しながら楽曲を作りあげていきます。

稽古が進んでくるとセリフの長さや抑揚、舞台上での俳優の動きなど、作品全体のバランスをみながら楽曲を微調整。
宮城からの指示にも「そこはセリフに合わせて2×8(ツーエイト)で」など、音楽を背景にせず動きと密接にとらえた指示が細かく飛んでいました。
音響スタッフは、セリフと演奏の両方が映えるようにマイクを設置し、それぞれに息を合わせて音響操作をしなければいけません。
日々の演奏稽古に立ち会って、棚川さんや俳優と同じようにテンポやカウントを一緒に確認している姿が印象的でした。

 
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7月後半には作者であるレオノーラ・ミアノさんが稽古に同席。
宮城や俳優たちと対話を重ね、作品に対する理解を深めました。(詳しくはブログ002にて)

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これは作品冒頭に出てくる「始まりの海」を表現する布を試している様子です。
どういった質感のものがいいか、布が動かないようにするにはどういう仕掛けをつくるのがいいかなど、創作・技術部とともに試行錯誤が繰り返されました。

俳優たちの頭上に吊られているのは、仮の舞台美術装置。本物は現在、コリーヌ国立劇場で制作されています。
(製作の様子はコリーヌ国立劇場の公式Instagramに掲載されていますのでぜひチェックしてみてください!)

美術デザインは、SPACとも関係の深いサラディン・カティールさん。
今年のふじのくに⇄せかい演劇祭のクロード・レジ演出『夢と錯乱』や、2013年にクロード・レジさん率いるアトリエ・コンタンポランとSPACとの共同製作で創られ、2015年にも再演された『室内』の美術を手掛けています。

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▲稽古開始前にサラディン・カティールさんより送られてきた舞台装置模型

衣裳デザインは駒井友美子、小道具デザインは深沢襟です。
デッサンをもとに衣裳班・美術班が具現化し、俳優たちの演技プランに合わせて、細かな微調整が日々繰り返されました。

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これは「マイブイエ」と「ウブントゥ」というキャラクターのデッサン。
2つの役は死者の魂で、作品の中では多くの魂の集団とも捉えられており、4人の俳優によって演じられるシーンもあります。
群れをなすので、どのように発語するか、舞台上でどのように動くかなど、細かく打ち合わせながら稽古に臨んでいました。
また、全身に玉がぶらさがったような衣裳のため、動きながら玉をどのように制御するかも重要になってきます。
プランを立てて宮城に見せ、フィードバックを受け、またプランを立て直してを繰り返し、動きを緻密に決めていきました。
 
9月には照明デザインの吉本有輝子さんが稽古場入りし、明かりづくり。
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この風景が
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明かりを入れるとこのように一変!

衣裳や小道具の具現化にも日々わくわくしていましたが、明かりづくりではそれらがより立体的に浮かび上がりとても感動しました。
ブログ用の写真を撮りに劇場に入ったのですが、その美しさにしばらく見入って撮影を忘れてしまうほどでした。

◆いよいよフランス・コリーヌ国立劇場へ!
このように、上演台本・音楽・衣裳・小道具・照明がだんだんと出来上がっていき、静岡での稽古は終了しました。
いよいよ明日には俳優たちも渡仏し、劇場で世界初演に向けて調整を行っていきます。
パリから届いた写真は春からはじめたSPACのInstagramでも発信します♪

「すぱっく新聞」の発行ももう間もなくです。お楽しみに!

*『顕れ』(フランス公演)詳細はこちら
*『顕れ ~女神イニイエの涙~』(静岡公演)詳細はこちら

2018年8月30日

<『顕れ』#004>研修生ポールさんの振り返りレポート

カテゴリー: 『顕れ』2019

研修生として『顕れ』の稽古を約2か月間にわたって見学していた、ポール・フランセスコーニさんがブログを書いてくれました!
母国語であるフランス語だけでなく、日本語もあります!ぜひお読みください。

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▲ポールさんは劇場のこの座席から、毎日稽古を見学していました。


僕はPaul Francesconiと申します。リモージュ(フランス)に住んでいますが、レユニオン島の出身です。
リモージュで劇団 凍った太陽(Compagnie Soleil Glacé)の劇作家・演出家として活動しています。
SPACでインターンシップをするのは夢でした。
『マハーバーラタ』と『イナバとナバホの白兎』の公演を観て感銘を受け、宮城さんとSPACの俳優たちの作品創作にとても興味がありました。
勉強するために二か月間ぐらいSPACの稽古をインターンシップとして見学しました。
新しい作品である『顕れ』の稽古に立ち会いました。

僕は毎日、稽古の前に俳優たちと一緒にトレーニングをしていました。
SPACの特別なトレーニングは難しいですが、習うことができて幸せでした。
俳優たちはよく教えてくれたので、最初よりは出来るようになったかもしれません。
トレーニングには日本的なものもあって、例えば、仏教のお経を使っていたりもします。
しかし、日本だけでなく違うやり方や文化も混ざっています。
だから、外国人として理解し、練習することができました。

レオノーラ・ミアノの『顕れ』という作品は深甚で、とても面白いです。奴隷貿易についての戯曲です。
物語は神話の形式をとっていますが、実はアフリカの奴隷貿易についての審判の物語というわけです。
ミアノさんはアフリカの歴史の悲劇を明らかにするために死者や神様たちを呼び出します。

でも、日本の劇団であるSPACはその特別な戯曲を演出・上演することができるでしょうか ?

「もちろん!」

ミアノさんはSPACの稽古に参加したとき、そうきっぱりと言いました。
彼女はテレンティウス(※)を引用します。「私は人間なので、人間のことで関係のないことは何一つない。」
※古代ローマの劇作家。言葉は戯曲『自虐者』より。

俳優たちはみんな上手な芸術家だし、とても謙虚です。
アフリカの作品を作っていません。新しい神話を作っています。
演出のやり方はとても聡明です。宮城さんは俳優たちにたくさん自由を与えています。
迷うことがあれば、俳優とともに議論を繰り返します。
この作品にふさわしい動き、声、意味、音楽を探し求めて・・・
それは作品を作るために必要だと思います。

俳優たちは「でも、お客様はわかるかしら・・・」と心配し、僕に問いかけてくることがあります。
研修として参加していて演出家ではないため、言わないようにしていますが、僕は「もちろん、わかりますよ。」と思っています。

宮城さんの作品にとって、音楽はとても大切なことです。
音楽のおかげで、セリフは分かりやすくなり、作品は叙事詩のようになります。音楽は登場人物と同じくらい重要です。
SPACの作曲家である棚川寛子さん、その音楽の才能のおかげで、SPACの俳優はまじめで精緻な演奏者になりました。
棚川さんは皆で一緒に曲を作っています。音楽のおかげで俳優たちが一体となります。
毎日のように、その特別なコンサートを見るのはとても面白かったです。『顕れ』が立ち上がっていました。

『顕れ』の稽古は僕にとって演出についての大切な授業でした。
演出家として自分の心に留めておきたいことは以下の3つです。

1-日々のトレーニングによって丹田を鍛えなければ、劇はできない。
2-俳優を信じなければいけない。俳優に自由を与えることで、劇に命が吹き込まれれる。
3-寛大さを示す。

このインターンシップでは単なる経験ではなく、より良い作品を創るための根本を学びました。
僕はいま帰りたいけれど帰りたくないような、複雑な感情です。
フランスに戻るのは悲しいですけど、希望もあります。
国境のない、寛大な演劇の作品を作っていきたいです。


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▲ポールさんが毎日熱心に書き込んでいたノートの1ページを撮らせてもらいました。


Venir au Japon pour observer le travail du SPAC et de Mr Satoshi Miyagi est un rêve que je fais depuis longtemps. Depuis que j’ai vu le Mahabaratha ou le Lièvre d’Inaba mais également d’autres pièces mettant en scène les acteurs du SPAC. Originaire de l’Île de la Réunion, je vis et travaille à Limoges(France). J’y dirige la Compagnie Soleil Glacé, avec laquelle je dirige les pièces que j’écris. Je voulais découvrir le travail de Monsieur Miyagi car je pense qu’il se passe quelque chose d’important lorsque les acteurs du SPAC entrent sur scène. J’ai donc eu la chance d’observer la création de Révélation, écrite par Léonora Miano et qui sera jouée à la Colline à partir du 20
Septembre 2018.

L’aventure a commencé par le training, qui précède chaque répétition. Au début, la première vision impressionne. 16 acteurs, visages impassibles, se mettent à frapper des pieds dans un rythme presque militaire. S’ensuit la voix entre prières et harmonies montantes. Et tout à coup de crier « A » de toutes ses forces au soleil. Puis ensuite, on entre dans le training et on comprend soi-même. Rien de militaire, rien de religieux. Seulement du théâtre. On comprend que tout doit venir du centre de gravité du corps. J’ai passé beaucoup de temps à le chercher sans être vraiment sûr de le trouver à chaque fois pendant qu’autour de moi s’éveillaient les acteurs, projetant la tirade de
Macbeth à plein ventre. Le training de l’acteur forme le corps à l’acte de jouer et rassemble les acteurs autour de rituels et la notion de rituel est primordiale dans le théâtre de Satoshi Miyagi.

Révélation de Léonora Miano est une pièce profonde et puissante. Elle retranscrit, sous la forme d’une mythologie inventée, le procès fictif des grands criminels africains de l’histoire de la traite des esclaves. Miano réveille les morts et les dieux pour révéler les crimes, les blessures pour ainsi faire le deuil d’une histoire complexe qui est encore trop entachée d’approximations. Comment une troupe japonaise peut-elle alors se saisir d’une telle histoire qui, de plus, n’est pas connue du grand public ? Par le talent et l’humilité. Talent de ne pas se travestir pour jouer une pièce qui parle de l’Afrique. Ici, on créé sur le plateau une autre mythologie qui n’est ni africaine, ni japonaise. Les frontières se brouillent. Humilité des acteurs ensuite, consciencieux, inquiets parfois de ne pas être à la hauteur de la portée politique du texte ou juste dans ce qu’ils proposent au plateau. Les répétitions avancent prudemment, cherchant la musique juste, le texte juste, le mouvement juste. Satoshi Miyagi, avec une grande habilité, laisse une liberté importante aux acteurs, pour que la vie arrive sur le plateau. L’équipe cultive un doute créateur fondamental et la passion de bien faire. De cette place étrange d’observateur, j’ai pu sentir ce qu’est une vraie troupe d’artistes en recherche, oeuvrant pour une œuvre plutôt que pour eux-même.

La musique accoustique prend une place très importante dans les pièces de Satoshi Miyagi. Composée par la géniale Tanakawa Hiroko, la création de la musique de Révélation est un spectacle quotidien. Chaque acteur improvise autour des consignes données par la musicienne, qui finalement additionne et compose. Souvent, les bases d’une véritable musique de théâtre naît en à peine 30 minutes. La musique n’apporte pas seulement une compréhension du texte. Elle est un véritable personnage, le chef d’orchestre du spectacle. Elle rassemble des acteurs qui pourtant sont tous très différents. Révélation devient une épopée qui brise les frontières.

De ces répétitions, je retiendrai d’importantes leçons de mise en scène : faire confiance aux acteurs et au théâtre ; structurer la liberté de la vie au milieu d’une musique généreuse ; laisser respirer un spectacle pour y créer de la vie ; faire preuve de courage et de générosité. Je ne pars pas seulement avec une expérience mais aussi avec un désir fondateur de rendre au monde la poésie étrange qu’il génère. L’envie d’être un meilleur artiste, pourvu de la même folie, de la même rigueur et du même professionalisme. Enfin, je repars avec l’espoir et la confiance à porter un théâtre qui peut briser les frontières et dire toutes les histoires du monde, ici et maintenant.


*『顕れ』(フランス公演)詳細はこちら