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2017年7月23日

アヴィニョン法王庁日記(10) 2017年7月6日 公演初日

SPAC文芸部 横山義志

午後になって技術ディレクターのフィリップから連絡があり、作曲家のピエール・アンリさんが今日、89歳で亡くなったという。フランス現代音楽を代表する作曲家で、振付家モーリス・ベジャールが1967年に法王庁中庭で発表した『現在のためのミサ』の作曲者でもある。今晩初日の開演前に、可能であれば、何か追悼になることをしたい、とのこと。

「携帯電話の電源をお切りください」アナウンスと開演の間に一分間、アンリの有名な曲を流す、というのが先方の案だった。宮城さんは曲を聴いて、「ベジャールが使った『現在のためのミサ』だね、CD持ってるよ!」と言い、急遽冒頭の「ミニ・アンティゴネ」のなかに組み込むことになった。

駿府城での公演では、『アンティゴネ』の粗筋を5分で説明する「ミニ・アンティゴネ」を冒頭で上演した。今回はそのアイディアが発展し、なんとフランス語でやることに。

22時開演のはずだが、2,000人のお客さんが席に着くにはかなり時間がかかる。そのうえセキュリティチェックも厳しくなっているようで、少しずつしかお客さんが入ってこない。「10分は開演が押すだろう」と聞いていたが、22時10分にはまだ半分くらいしか埋まっていない。俳優たちはもう水のなかで、一度出てしまうと、引っ込むわけにもいかない。結局22時20分頃、ようやく開演。

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▲開演前の客席

「ミニ・アンティゴネ」組がうちわ太鼓を叩きながら出てくる。ふと歩みを止め、雲に覆われた群青色の空を眺めると、『現在のためのミサ』が流れてくる。30秒ほど、曲を聴きながら、空を目で追う。気づいたお客さんから、徐々に拍手が広がっていく。きっとここでベジャールの公演に立ち合った方も少なくないのだろう。

ふたたび歩み始め、太鼓を叩いて、「ミニ・アンティゴネ」がはじまる。「お話を忘れてしまった方々のために、これからフランス語でレジュメをします!フランス語は簡単ではないので、みなさんの応援が必要になります!」と石井萠水さんがフランス語で言うと、会場から大きな拍手が。


▲舞台映像抜粋(約3分)/「ミニ・アンティゴネ」の一部をご覧いただけます。 こちらからもご覧いただけます。

少しずつ晴れ間が見え、アンティゴネとクレオンが対峙するころには、満月に近い大きな月が煌々と照っている。やがて月は傾いていき、終演に向けて闇が濃くなっていく。

最後の精霊流しの場面では音楽が止み、闇に包まれた舞台に灯籠が流されていく。お客さんたちは固唾を呑みながら舞台を見守っていた。演劇祭代表代行のポール・ロンダンさんは「この法王庁で終演時に沈黙を聞いたのははじめてかも知れない。感動の厚みを感じた」という。

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▲観客総立ちのスタンディングオベーション

マクロン新政権の文化大臣となったフランソワーズ・ニッセンさんがいらして、気に行ってくださったらしく、「(いま自分がこの舞台を観ている)この時間が終わらないでほしい、この芝居が終わらないでほしい」とおっしゃってくださった。ニッセンさんはもともと編集者で、アヴィニョンに近いアルルを拠点とする出版社アクト=シュッド社の代表を務めていらっしゃる方。オリヴィエ・ピィやワジディ・ムアワッドなど、フランス現代戯曲の多くがこの出版社から出ている。フランスでもこれだけ演劇に深く関わってきた方が文化大臣になることはそう多くはないだろう。

先日アヴィニョンから選出されたばかりの「前進」所属の国会議員ジャン=フランソワ・セザリーニさんはここ10年ほどご自身で演劇をやっていたという。セザリーニさんは「クレオンの「人の心というものは、政(まつりごと)において、その手腕のほどが発揮されるまでは、知る由もない」という台詞にはとても感銘を受けました。たしかに権力を得ると人が変わるのは何度もみてきましたからね」とおっしゃっていた。

終演後のパーティーには、これまでSPAC作品に関わってくれた方、アヴィニョン演劇祭に関わっている方が初日を祝ってくださる。

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▲初日終演後に法王庁内でパーティを開いてくださった。

SPACで『タカセの夢』や『ANGELS』をつくってくれているメルラン・ニヤカムさんが、『現在のためのミサ』を聴いて驚いた、とおっしゃっていた。ちょうど今パリでベジャール振付・アンリ作曲の『現在のためのミサ』をもとにした作品を振り付けているそうで、開演を待っているときに電話でアンリさんが亡くなったことを知ったという。

パーティー後、演奏稽古(!)。とパーティーの参加者に言ったら、冗談だと思われたが、舞台からはやがて演奏が聞こえてくる。オマール・ポラスさんやケ・ブランリー美術館の方々が二時近くまで稽古につきあってくれる。午前2時半まで稽古。タニノクロウさんは稽古の最後まで残ってくれた。「稽古をやっているときだけが生きている気がする。自分の人生のほとんどは稽古。人の稽古を見られる機会は少ないので本当に楽しい」とのこと。これまで退館時間を気にしていた法王庁技術主任のクロードが、稽古を見ながら、「ここはお前たちの家だから、好きなだけやりな」と言ってくれた。午前4時退館。

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▲パーティー後の稽古
 
 
*アヴィニョン法王庁日記バックナンバー*
(1) 2017年6月27日 静岡からフランスへ
(2) 2017年6月28日 アヴィニョン到着
(3) 2017年6月29日 仕込み一日目
(4) 2017年6月30日 仕込み二日目
(5) 2017年7月1日  仕込み三日目
(6) 2017年7月2日  アヴィニョン法王庁の歴史
(7) 2017年7月3日  法王庁中庭での上演の歴史
(8) 2017年7月4日  フォトコール
(9) 2017年7月5日  最終公開稽古(ゲネプロ)
(10) 2017年7月6日 公演初日
(11) 2017年7月7日 公演二日目
(12) 2017年7月8日 公演三日目
(13) 2017年7月10日 公演四日目

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第71回アヴィニョン演劇祭オープニング招待作品
アンティゴネ
構成・演出:宮城聰 / 作:ソポクレス / 出演:SPAC
7月6日(木)・7日(金)・8日(土)・10日(月)・11日(火)・12日(水)各日22時開演
会場:アヴィニョン法王庁中庭
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