5/12、『室内』ウィーン公演終演後に行われたクロード・レジさんのアフタートークの内容を公開します!
質問1:この企画のいきさつは。
クロード・レジ氏(以下C.R.) まずSPACに『海のオード』で招待していただきました。その時に宮城氏からSPACの俳優と日本語で芝居を作ることに興味はありますか、と聞かれました。日本語は全く分かりませんが、だからこそ興味をそそられました。今日ご覧になった通り、私の芝居は常に暗い中で行なわれ、静かでゆっくりで、一般に言う「演劇」とは違います。既知の領域にとどまるのではなく、未知の分野を開拓することの方が断然面白いのです。
2:何故、この戯曲を選択しましたか。
C.R. メーテルリンクはマリオネット劇を4本残しています。『室内』もそのうちの一本です。日本には文楽というマリオネット芸術があり、その部分が私の中で重なりました。また、わからない言語で仕事をしなければならないため、30年前に扱った自分がよく理解している戯曲、『室内』に即決しました、直感で。今行なっているアフタートークのように通訳/翻訳を介さなければならないわけですが、俳優の作業/仕事を見ていると、私の言わんとすることがきちんと伝わっていることが分かります。私にとって、本能に身を任せることや直感は大切な要素です。
3:母親が素早く手を引っ込めるシーンで、それまでがゆっくりだったのでそのスピードに驚きました。その部分は加えた演出ですか?
C.R. メーテルリンクは母親のジェスチャーを細かくト書きに描写しています。私の演出ではありません。無意識の中で、母親は実はもう娘の死を感じ取っているのです。セリフにもある通り、その子の死は自殺だったかもしれない。だとすれば、子をなくした母親の痛みはより痛烈です。戯曲の終末に近づけば近づくほど、セリフの数が減っていっているのをご覧になりましたね。
4:字幕が少ないですね。
C.R. 演劇に字幕を付けるようになったのはつい最近のことです。私が演劇を始めた頃には存在しませんでした。60年間その変遷を見てきましたが、やはり字幕は好きになれません。字幕を追っている間、お客様は俳優を見ることができません。知識をもって芝居を理解するのではなく、感じてほしいのです。知識を利用してしまうと、理解した気になっているだけのことが多々あるからです。知識の向こう側に行ってほしいのです。メーテルリンクはほとんどのセリフの終わりに「・・・」を付しています。つまり、言葉はそこで終わらず、ひとつの意味にとどまらず、想像の世界に広がり続けるのです。でも、全く字幕を出さないわけにもいかないので、理解するのに必要最小限の、メーテルリンクの詩的才能を如実に現す文章を選択しました。
5:俳優の演技指導のためのメソッドは?最後の砂場を渡っていくシーンで俳優たちに与えた指示は?
C.R. 私はアンチメソッドです。そのようなエスプリは持ち合わせていません。最後のシーンでの指示?上手から出てきたら下手に去るしかないではありませんか。(笑)ただ、可能な限りゆっくり歩いてくれと頼みました。
「未知の中に永遠がある。」という言葉があります。誰も足を踏み入れたことのない未知の領域に行く為に、観客をその領域に誘うために、俳優は常に扉を開いておかなければなりません。そのためにアクションを起こさず、ゆっくりとした動きの中に身を置き、受動態でいることが望まれます。実はその受動態でいることこそがものすごい力を発揮するのです。
現代は騒音にあふれ、ものすごいスピードで進んでいます。だからこそ、その正反対の方向性をとることに意味があります。リズム、というと速いスピードと思いがちですが、ゆっくりの速さもあるのです。ゆっくりとすることで、時を延長させ、空間を広げることができます。また、ゆっくりさの中で俳優たちは内部奥底にある静寂をみつけ、聖なる域に辿り着きます。静寂がなければ未知の世界には踏み込めません。
舞台上で見えていることは書かれた戯曲の一面にすぎません。日常生活でも目に見えていることはほんのごく僅かで、実は見えないところに多くが隠されています。ですから照明も明るくはしません。常に、見えているのか見えていないか分からない境界線に、聞こえているのかどうか分からない境界線にいることで未知への第一歩を踏み出すことができるのです。言ってみれば、我々は「不可能」なものを扱っています。でも、ある賢者が言っていました、「不可能というものは未開拓の可能である。」と。
6:初日があけても毎公演ご覧になるそうですね。
C.R. 芝居はお客様とともに進歩していきます。私は観客にもクリエーターであり、執筆中の作家であり、各々が思い描く映像世界の役者であってほしいと願っていますが、実現するのはそう簡単なことではありません。だからこそ毎日観て、芝居と観客とのコンタクトが途切れないよう、配慮/援助していかなければなりません。
【「ウィーン芸術週間」パンフレット表紙】
【『室内』ウィーン公演 終演後の舞台】
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