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2019年11月9日

「茶色いパン」から見えてくるペール・ギュント

 『ペール・ギュントたち 〜わくらばの夢〜』は、アジアのアーティストたちがアジアの視点からイプセンの『ペール・ギュント』を読み解いていく、というもの(詳しくはこれまでのブログへ)。
 大口を叩いては、あちらこちらへ自由奔放な旅を続けるペール・ギュント。荒唐無稽なお話で、ちょっと捉えどころのない印象も受けるペールさん、なのですが、母国ノルウェーでは国民的な存在なのだとか(!)…そもそもペールを生んだノルウェーの文化って?と知りたくなり、静岡芸術劇場の近くにあるノルウェーパンのお店「シリケカフェバーケリ」の永井美香子さんにお話を伺いに行きました。素朴なパンから、ペールの気質の一端が見えてきます。
すぱっく新聞第10号『ペール・ギュント』に短縮版を掲載。<クリックするとPDFが開きます>)
 
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▲シリケカフェバーケリにて、永井美香子さんと匠さん。
 
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 永井さんご夫妻はノルウェー最古の都市トンスベルグに近い村に住み、ご主人の匠さんがパン作りの修行を、美香子さんは福祉関係の仕事をしていた。
 
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▲ノルウェーの港町 トンスベルク(撮影:永井美香子さん)
 
美香子さん:ノルウェーは自然が豊かで、みんな自然を誇りに思っています。山や海にヒュッテ(小さな小屋)があり、ちょっとした休みにはオフグリッド*の生活を楽しんでいます。そこには水道もなく、川から水を汲んで、薪ストーブでお湯を沸かして。トイレもバイオトイレ、用を足したらおがくずを一杯かけておく、みたいな。都会的な暮らしをする人ももちろんいるけれど、わざとそういう不便な、自然に近い暮らしを楽しむ、そのことを誇りにしている印象を受けました。
*太陽光や風力などの自然エネルギーを電力に変え使用すること

 
kirkekafe_3「ゴーポトゥール(散歩に行かない?)」とよく誘われるんですが、ノルウェー人の「ゴーポトゥール」は恐ろしくて(笑)、平気で2時間くらい歩くんです。彼らは軽装に見えて山道も歩きやすい靴で、何気ないリュックの中にちゃんとコーヒーとサンドイッチ、岩場でも座りやすい敷物を入れていて、私たちが気軽について行ったらえらい目にあった、という経験があります。それ以来、家族の中では「ゴーポトゥールには気をつけろ!」が合言葉になりました(笑)。それをスウェーデン人に話したら、「ああ、ノルウェー人だからね」と言われたんです。北欧の中でもノルウェーはよりワイルドなのかもしれないです。(写真:トンスベルクの夕暮れ(撮影:永井美香子さん))

 
 
『ペール・ギュント』で展開する現実ではありえないような物語も、ノルウェー人の気質を知るとうなずけるところもあるよう。
 
美香子さん:ノルウェー人には発想の自由さがありますね。そして自由な発想を応援しようとする気質も。荒唐無稽と思われるようなことでも、ノルウェー人に話すと、「ああ、いいんじゃない。面白そう。やってみたら?」とみんな言うんです。み〜んな言うんです本当に(笑)。実際にノルウェーの人たちも、気負わず、大胆なことをポンとやってしまう。やれる状況があって、パッションがあればやってみるということが普通だし、誰も止めることはない、という印象があります。
 
永井さんご夫妻の経歴も驚くほどフレキシブル。日本で看護師の仕事をしていた美香子さんは結婚直後にイギリスで福祉の仕事に就き、日本で印刷機械のエンジニアをしていた匠さんは、その後にスウェーデンの車椅子を日本で販売する仕事を8年ほどしていた。スウェーデンに移住したいと考えながら、たまたまノルウェーの「キャンプヒル・コミュニティ(シュタイナーの思想による知的障がいがある人とない人が共生する村)」で職を見つけ、匠さんがドイツ人からノルウェーパン作りを学び、今に繋がっている。
美香子さんは、「日本に帰ってくると波乱万丈ですね、と言われるんですが、そんなに特別なことじゃないんです」と笑う。
 
美香子さん:ノルウェー人は自分たちを「ヴァイキングだ」とよく言うんです。どんどん色んな所に行く血が流れているんだと。また自分たちには交渉力があるという自負もあるみたいです。他の北欧の人と比べても(ここがポイント)ノルウェー人は交渉力があって、世界の政治の揉め事を交渉でまとめているのもノルウェー人なんだと言っていましたね。
 
またノルウェー人には受け入れる気質もあり、表立って差別的なことをしないという強いポリシーも感じたそう。しかし昨今は南の方から移民が増え、政策的に移民を制限する傾向も強まってきているのだとか。ノルウェーもまた世界の情勢の中で少しずつ変化している。
 
美香子さん:食の視点でいうと、ノルウェーは寒くて野菜があまり育たないので、その昔、ブロッコリーが入ってくるまでは、じゃがいもと人参、根菜くらいしかなかった。茹でたタラにバターソースをかけて、茶色いパンと食べるというのが一番のディナー。
パンは、小麦よりも、寒さに強いライ麦などを使った茶色いパンが多くて、糖質の少ない茶色いパンを食べなさいとよく言われました。朝と昼はパン、バターをぬってチーズをスライスしたものを乗せて食べます。ナッツを足したりしてミネラルやタンパク質などを摂り、素朴だけど彼らにとっては理にかなった食事です。
毎週土曜日は「ゴッテリの日」=甘いものを食べる日で、映画『ロッタちゃん』にもでてくるんですが、この日は甘いお菓子を買いに行ったり、チョコやレーズンの入ったパンを焼いたりします。今では日常的にも食べますが、職場でも10時・3時のおやつの時間がちゃんとあって、手を休めて甘いものを食べ、適度に休憩を取ることで仕事の効率もあがるそうです。オフの時間も大切にしていましたね。

 
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▲シリケカフェバーケリのパン(写真:お店より)
 
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「茶色いパン」を中心としたシンプルな暮らし。ペール・ギュントが生まれた背景が少し見えたでしょうか。今回のペールがどんな風に描かれるのかは…、ぜひ劇場でご覧ください。
 
そんなシリケカフェの味わい深い「茶色いパン」、一般公演では2Fカフェ・シンデレラの特別メニューとして皆さまにも味わっていただけます。ペール・ギュントのエッセンスを感じていただけるかもしれません。
(文:制作部 坂本彩子)
 
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▲『ペール・ギュントたち』カフェ特別メニュー
「ブラウンチーズとペリーのオープンサンド」
数量限定です。お早目にご来場ください。

 
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シリケカフェバーケリ
https://kirkekafe.crayonsite.info/
静岡市駿河区大和1-4-20
TEL: 090-8472-3929
お店の名前はノルウェー語で「教会のカフェベーカリー」の意。長野県産の小麦・ライ麦などを使用したパンはどれも深い味わい。
 
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SPAC秋→春のシーズン2019-2020 #2
『ペール・ギュントたち〜わくらばの夢〜』
2019年11月9日(土)、10日(日)、16日(土)、17日(日)
各日14:00開演
会場:静岡芸術劇場

原作: ヘンリック・イプセン
訳:毛利三彌

上演台本・演出: ユディ・タジュディン

共同創作:
ウゴラン・プラサド(ドラマトゥルク)
川口隆夫(パフォーマー/ダンサー/振付家)
ヴェヌーリ・ペレラ(振付家/ダンサー)
美加理(俳優)
ムハマッド・ヌル・コマルディン(俳優/ダンサー)
森永泰弘(サウンドアーティスト/作曲家)
グエン・マン・フン(ヴィジュアル・アーティスト)
アルシタ・イスワルダニ(俳優/パフォーマー)
グナワン・マルヤント(俳優/作家)

大内米治、佐藤ゆず、舘野百代、牧山祐大、
宮城嶋遥加、若宮羊市(俳優〔SPAC〕)

\チケット販売中/
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