2016年3月12日

【ロミオとジュリエット】ロミオとジュリエットは、笑いから悲しみへ向かう(河合祥一郎)

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 オマール・ポラスの稽古場に立ち会って、彼の才能を確信した。付け耳・付け鼻やユニークな衣装を用いるオリジナルな演出は『ロミオとジュリエット』前半の喜劇性を効果的に強調するものであり、こんな突飛なアイデアはよほど深く作品を理解してないと出てこないからだ。ロマンティックな美しい影絵に目を奪われることになるが、これも喜劇性とのコントラストがあればこそ、一層効果的になっている。
 前半の喜劇性というのは、この作品の重要なポイントだ。『ロミオとジュリエット』がシェイクスピアの四大悲劇(『ハムレット』、『オセロー』、『リア王』、『マクベス』)のなかに入らないのは、この喜劇性ゆえだと言ってもいい。マキューシオや乳母が下ネタ満載のジョークを連発し、前半は悲劇どころか笑劇のようでさえある。 Read the rest of this entry »


2016年1月15日

【黒蜥蜴】探偵小説と通俗長篇(笠井潔)

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 SFの愛読者だった三島由紀夫は、アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』を構想も文体も最高水準の作品だと絶賛した。また三島自身も、広義SFに分類できる長篇小説『美しい星』を書いている。
 大戦間の時代に小説ジャンルとして形をなしたのは、SFに限らない。探偵小説もまた第一次大戦後の英米でジャンル的に確立された。しかし三島はSFと違って、「推理小説はトリッキイだからいやだ」(「推理小説批判」)と公言している。
「とにかく古典的名作といへども、ポオの短編を除いて、推理小説といふものは文学ではない。わかりきつたことだが、世間がこれを文学と思ひ込みさうな風潮もないではないのである」というのが、このエッセイの結論だ。「推理小説批判」が書かれた時期(1960年7月27日の読売新聞)から、これは純文学変質論の平野謙など、文壇批評家による松本清張の高評価への異論だろう。 Read the rest of this entry »


2015年12月6日

【薔薇の花束の秘密】密室と対話の力(野谷文昭)

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 現実とはひとつの密室かもしれない。マヌエル・プイグの作品を読むと、そんな気がしてくる。あるいはそのことに気づかされると言った方が正確だろう。彼が舞台とするのは、母胎のような映画館だったり、監獄だったり、病院だったり、マンションの一室だったりと、形を変えながらも密室性において共通している。それらは閉塞的な現実そのもののメタファのようだ。
 戯曲『薔薇の花束の秘密』も一種の密室劇である。どんなに豪華であろうと、外界から隔離された病院とその個室は入れ子状の密室になっている。登場するのは患者と付添婦という、立場の異なる二人の女性だが、両者とも挫折感や失意、悲しみを抱え込んでいる点で共通している。その負の要素は、社会的地位の違いを背景に、一方は傲慢で高圧的な態度、もう一方は控えめと言うよりは卑屈な態度として表れる。その結果、相反する特徴を備えるキャラクターが動き出し、大抵は上位にある患者の方が爆発して小さな事件が生じ、ドラマを推進していく。
 かりに二人の単に平板な会話が続くなら、衝突はあっても時空間は広がらない。だがプイグはそこに夢や願望を注入する。すると、複数の時空間が発生し、その結果、目の前の現実がカレードスコープのように複雑になる。 Read the rest of this entry »


2015年10月29日

【王国、空を飛ぶ!~アリストパネスの『鳥』~】アリストパネスの喜劇について(野津寛)

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 アリストパネスは紀元前5世紀中頃に生まれ、主にペロポネソス戦争時代のアテナイで活躍した喜劇詩人である。哲学者のソクラテスや悲劇詩人のソフォクレスやエウリピデスと同時代人だ。アリストパネスは40以上の喜劇作品を書き、それらは演劇競技会で上演された(当時アテナイで演劇を上演するとは、競技会に出品し、他の劇詩人たちと競い合うことを意味した)。これら40余りの喜劇作品中、11作品がほぼ完全な形で伝存しているが、古代の劇作家の伝存状態としては、驚異的な数字であると言えよう。 Read the rest of this entry »


2015年10月2日

【室内】聞こえないイメージ、見えない声(宇野邦一)

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 メーテルリンクの『室内』が、演劇としてかなり風変わりな作品であることは、前から聞かされていた。ある家の庭から、居間で夕べの団欒のときをすごす家族の姿が、窓越しに見えている。外でそのありふれた光景を見つめている人物のせりふを観客は聞くことになる。その家族に起きた悲劇を知らせようとしてやってきた人物は、幸福そうな一家の姿を見て、不幸なニュースをどんなふうに知らせたものか、ためらっている。私の注意をひきつけたのは、ただ見つめられるばかりで会話が聞こえてこないという「室内」と、一方ではそれを見つめて注釈するだけの室外の人物という、その異様な構成であった。 Read the rest of this entry »


2015年9月22日

【舞台は夢】コルネイユと『舞台は夢』(伊藤洋)

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 イギリスでシェイクスピアが劇作品を書いていた17世紀、フランスでは少し遅れてピエール・コルネイユ(1606年~84年)が多様な劇作品(喜劇、悲喜劇、悲劇、歴史劇、英雄喜劇、音楽悲劇など)を創作して人気を博していた。彼はのちに「フランス演劇の父」とも「大陸のシェイクスピア」とも呼称されている。後年活躍する喜劇のモリエール、悲劇のラシーヌとともに、「フランス17世紀三大劇作家」の最初の一人である。
 コルネイユの生まれたパリ北西の中都市ルーアンは当時文芸の一大中心地で、地方巡業の芝居も頻繁に行われていた。彼は自分の恋愛体験をもとに処女作喜劇『メリット』(29年)を書き劇団の主宰者に渡したところ、そのパリ公演が評判になって劇界にデビューした。その後に書いた初期喜劇『未亡人』『ロワイヤル広場』などとともに、この『メリット』には上流社会の青年男女だけが登場し恋を語り上品な会話を交わす。コルネイユは「滑稽な人物なしで笑わせる」ことを考え、それまでの喜劇にあった笑劇要素も下品さも下卑た滑稽さも描かない。だから大笑いする場面は少ないが、優雅で微笑ましい上品な喜劇になり貴族の子女たちも安心して観劇できた。劇場も演劇も浄化され、演劇の地位は確実に向上した。『舞台は夢』(35年)の最後に演劇が礼賛されるのはそのことである。 Read the rest of this entry »


2015年4月30日

【聖★腹話術学園】避雷針としての人形(いとうせいこう)

 5年ほど前、みうらじゅんという友人と仏像を見るぶらり旅で奈良の談山(たんざん)神社へ行った。拝観出来る宝物の中にひとつの小さな人形があり、室町時代作のその公家のごとき姿に私は打たれた。といっても作りはなんということもない。ひな人形を立たせたようなものである。だが直垂(ひたたれ)を着たそれは体の中心に両手を寄せて細い棒を持っていた。まるで避雷針のような棒であった。いや避雷針そのものと言うべきかもしれない。
 中臣鎌子(のちの藤原鎌足)と中大兄皇子(のちの天智天皇)が『大化の改新』について談合を行った場所・談山神社には10月に嘉吉祭という600年近く続いた祭事があり、人形は神饌に先立って配置されるという。かの地では『青農(せいのう)』と呼ばれているが、同じ読みで『細男』があり、京都祇園祭のいにしえの様子を絵巻で見れば、行列の先頭によく似た人形が立てられているのがわかる。細男はまた、御霊会(ごりょうえ)などで滑稽な舞いを行う者の名でもあるから、軽業師のようなものが人形化されたわけだろうか。 Read the rest of this entry »


【小町風伝】夫、太田省吾、そして、「小町風伝」のことなど(太田美津子)

 この度、SPAC−静岡県舞台芸術センターの「ふじのくに⇔せかい演劇祭2015」で、太田省吾作、李潤澤氏演出、演戯団コリペの『小町風伝』が上演されることを、大変嬉しく思っております。関係の皆様にお礼申し上げます。

 私は演劇について全くの素人ですが、劇団転形劇場と太田の演劇活動を、長年傍らから見てきた様々な事柄について、充分ではありませんがこの貴重な紙面をお借りし、私なりに書かせていただきたいと思います。

 太田は、1968年に程島武夫先生を主宰に、品川徹さん達と劇団転形劇場の設立に参加、70年には太田が主宰となり、東京赤坂の工房を拠点に活動を開始しました。以降、劇団転形劇場は、70年に上演した鶴屋南北の「桜姫東文章」を例外に、88年の劇団解散まで、すべて太田作、演出の作品を発表し続けてきました。  Read the rest of this entry »


【例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする】上演に寄せて(アサダワタル)

意識は常に「無」を欲望する。しかし、意識には「無」がわからない。詩とは、もて余された意識によって、「存在」のうえに書かれる「無」の幻影だ。意識が「存在」そのものとなるそのときまで、「在って、ない」ことばの群れが、自己へと還るためにのみ自己から発せられ続けているだろう。つぶやかれないつぶやきで、宇宙は充ちているだろう。(池田晶子『事象そのものへ!』)

■本作上演「後」の日常イメージ

 筆者は本作『例えば朝9時には誰がルーム51の角を曲がってくるかを知っていたとする』についての情報、および本作のために新たに結成されたユニットの素性についてほぼ何も知り得ない。しかも本作は新作のため、拙稿執筆の2015年2月末現在には、台本も未だ完成していない状況だ。唯一受け取った企画書から得たヒントは、作・演出担当の一人である鈴木一郎太が語る「町」「生活」「個人」という言葉たち。それらの言葉を軸にしながら、劇場ではなく静岡の街中を舞台にした体験演劇を行なうということだ。纏めるとこういうことだろうか。「私」という「個人」が日々の「生活」の中で、どのように「町」を意識し、またどのような方法で「町」に関わるのかというテーマを、実際に「町」を歩くことで展開される「演劇」という「非日常」の枠を駆使しながら、これまで気付くことの出来なかった「もうひとつの日常」を、幸福と刺激を交えながら体感する、といった作品。であるならば、拙稿では本作体験「後」に、つまり「演劇」という枠を一旦手放した後の夫々の「日常」においても、「もうひとつの日常」になだらかに触れ続けることができるようなスケッチを筆者なりの体験をもとに描いてみようと思う。同時に、それらが、回り回って本作を体感する「前」に試されるひとつの思考上の「レッスン」としての役割も果すことができるのであれば、より嬉しいことだ。では始めよう。 Read the rest of this entry »


【ベイルートでゴドーを待ちながら】あっちとこっちの反弁証法、或はないところにあるものについて(鵜戸聡)

 暗闇に浮かび上がる二人の男、噛み合ない会話。脱線に次ぐ脱線、というよりそもそも本線がわからない。さて、この作品の解説なんてどうしたものか? だいいち解説するために必要な作品の「解釈」なんてものは、すでにこの説明的すぎる邦題がケリをつけてしまっているではないか。『ベイルートでゴドーを待ちながら』。そのとおり。これはサミュエル・ベケットのあの傑作/問題作のレバノン版である。そこまで言ってしまえば、もはや演劇好きの観客に向かって付け足すこともなくなってしまう(わかるでしょ?)。
 とはいえ『ゴドーを待ちながら』の訳者解題で、イギリス演劇研究の大家にして『ノンセンス大全』の著者たる高橋康也先生が「論ずれば論ずるほど、というか論じようとして本文を丁寧に読み返せば読み返すほど、議論が作品によって先手を打たれているのではないか」、と気づかされつつも「無数の解釈が生まれ、すれちがい、ゆらめき、消尽されてゆく、その過程がまさにこの作品を観たり読んだりする経験の実体にちがいないのだ」とおっしゃっているのだから、僕もまた「要らざるお節介とお叱りもあろうが、限りなく多様な乱反射的な読みの可能性のちょっとした示唆」を書き付けさせて頂こう。 Read the rest of this entry »