2016年7月17日

【ラ・バヤデール―幻の国】バレエと小劇場運動を結ぶ――金森穣『ラ・バヤデール』の見どころ(三浦雅士)

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 金森穣の新作『ラ・バヤデール』は傑出した作品である。平田オリザに脚本を依頼し、SPACの俳優3名を加えて舞台化しようとしたその方針そのものが傑出していたといっていい。金森とNoismには、舞踊家としてそれだけの自信があったということなのだろうが、結果は予想をはるかに上回るものになった。振付の水準もダンサーの水準もこれまでのそれを大きく超えている。異常な成長である。
 特筆すべき点は二つ。それがそのまま最大の見どころになっているのだが、ひとつは、この「劇的舞踊」が、1960年代に登場し、日本と世界の舞台芸術に大きな影響を与えたいわゆる小劇場運動と、80年代以降、コンテンポラリー・ダンスの呼称のもとに展開してきた舞踊運動との、いわば完璧な結合以外の何ものでもないということである。小劇場運動は60年代から70年代を通じて、寺山修司、唐十郎、鈴木忠志といういわゆる御三家によって担われたが―その最大の特徴は歌と踊りと劇の結合である―、長く伏流水となっていたそのエネルギーがコンテンポラリー・ダンスの現場において突如噴出したのだ。金森にしてみれば突如などではないだろうが、小劇場運動とコンテンポラリー・ダンスの結合ということでは、前作『カルメン』を上回っている。 Read the rest of this entry »


2016年4月28日

【ふじのくに⇔せかい演劇祭2016】寄稿一覧

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「ふじのくに⇔せかい演劇祭2016」で上演された作品の寄稿は、
演劇祭のウェブサイトにてご覧いただけます。

※リンク先のページの「寄稿」ボタンをクリックしてください。

【イナバとナバホの白兎】
『古事記』の「稲葉の白兎」挿話における八十神の身分をめぐって (イグナシオ・キロス)

【三代目、りちゃあど】
『三代目、りちゃあど』をめぐって ―― 近過去を再訪する (内野儀)
オン・ケンセンと『三代目、りちゃあど』 (横山義志/SPAC文芸部)

【オリヴィエ・ピィのグリム童話『少女と悪魔と風車小屋』】
芸術と娯楽 オリヴィエ・ピィ『少女と悪魔と風車小屋』について (横山義志/SPAC文芸部)

【ユビュ王、アパルトヘイトの証言台に立つ】
演じられる「真実」を切り裂く (溝口昭子)

【火傷するほど独り】
ワジディ・ムアワッドとロベール・ルパージュ『月の向こう側』から『火傷するほど独り』へ (藤井慎太郎)

【It’s Dark Outside おうちにかえろう】
認知症の人の生きる世界にどう寄り添い、描くか―『It’s Dark Outside おうちにかえろう』の上演に寄せて (六車由実)

【アリス、ナイトメア】
わからない「わたし」と「あなた」のためのアラブ演劇 (鵜戸聡)


2016年3月12日

【ロミオとジュリエット】ロミオとジュリエットは、笑いから悲しみへ向かう(河合祥一郎)

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 オマール・ポラスの稽古場に立ち会って、彼の才能を確信した。付け耳・付け鼻やユニークな衣装を用いるオリジナルな演出は『ロミオとジュリエット』前半の喜劇性を効果的に強調するものであり、こんな突飛なアイデアはよほど深く作品を理解してないと出てこないからだ。ロマンティックな美しい影絵に目を奪われることになるが、これも喜劇性とのコントラストがあればこそ、一層効果的になっている。
 前半の喜劇性というのは、この作品の重要なポイントだ。『ロミオとジュリエット』がシェイクスピアの四大悲劇(『ハムレット』、『オセロー』、『リア王』、『マクベス』)のなかに入らないのは、この喜劇性ゆえだと言ってもいい。マキューシオや乳母が下ネタ満載のジョークを連発し、前半は悲劇どころか笑劇のようでさえある。 Read the rest of this entry »


2016年1月15日

【黒蜥蜴】探偵小説と通俗長篇(笠井潔)

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 SFの愛読者だった三島由紀夫は、アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』を構想も文体も最高水準の作品だと絶賛した。また三島自身も、広義SFに分類できる長篇小説『美しい星』を書いている。
 大戦間の時代に小説ジャンルとして形をなしたのは、SFに限らない。探偵小説もまた第一次大戦後の英米でジャンル的に確立された。しかし三島はSFと違って、「推理小説はトリッキイだからいやだ」(「推理小説批判」)と公言している。
「とにかく古典的名作といへども、ポオの短編を除いて、推理小説といふものは文学ではない。わかりきつたことだが、世間がこれを文学と思ひ込みさうな風潮もないではないのである」というのが、このエッセイの結論だ。「推理小説批判」が書かれた時期(1960年7月27日の読売新聞)から、これは純文学変質論の平野謙など、文壇批評家による松本清張の高評価への異論だろう。 Read the rest of this entry »


2015年12月6日

【薔薇の花束の秘密】密室と対話の力(野谷文昭)

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 現実とはひとつの密室かもしれない。マヌエル・プイグの作品を読むと、そんな気がしてくる。あるいはそのことに気づかされると言った方が正確だろう。彼が舞台とするのは、母胎のような映画館だったり、監獄だったり、病院だったり、マンションの一室だったりと、形を変えながらも密室性において共通している。それらは閉塞的な現実そのもののメタファのようだ。
 戯曲『薔薇の花束の秘密』も一種の密室劇である。どんなに豪華であろうと、外界から隔離された病院とその個室は入れ子状の密室になっている。登場するのは患者と付添婦という、立場の異なる二人の女性だが、両者とも挫折感や失意、悲しみを抱え込んでいる点で共通している。その負の要素は、社会的地位の違いを背景に、一方は傲慢で高圧的な態度、もう一方は控えめと言うよりは卑屈な態度として表れる。その結果、相反する特徴を備えるキャラクターが動き出し、大抵は上位にある患者の方が爆発して小さな事件が生じ、ドラマを推進していく。
 かりに二人の単に平板な会話が続くなら、衝突はあっても時空間は広がらない。だがプイグはそこに夢や願望を注入する。すると、複数の時空間が発生し、その結果、目の前の現実がカレードスコープのように複雑になる。 Read the rest of this entry »


2015年10月29日

【王国、空を飛ぶ!~アリストパネスの『鳥』~】アリストパネスの喜劇について(野津寛)

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 アリストパネスは紀元前5世紀中頃に生まれ、主にペロポネソス戦争時代のアテナイで活躍した喜劇詩人である。哲学者のソクラテスや悲劇詩人のソフォクレスやエウリピデスと同時代人だ。アリストパネスは40以上の喜劇作品を書き、それらは演劇競技会で上演された(当時アテナイで演劇を上演するとは、競技会に出品し、他の劇詩人たちと競い合うことを意味した)。これら40余りの喜劇作品中、11作品がほぼ完全な形で伝存しているが、古代の劇作家の伝存状態としては、驚異的な数字であると言えよう。 Read the rest of this entry »


2015年10月2日

【室内】聞こえないイメージ、見えない声(宇野邦一)

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 メーテルリンクの『室内』が、演劇としてかなり風変わりな作品であることは、前から聞かされていた。ある家の庭から、居間で夕べの団欒のときをすごす家族の姿が、窓越しに見えている。外でそのありふれた光景を見つめている人物のせりふを観客は聞くことになる。その家族に起きた悲劇を知らせようとしてやってきた人物は、幸福そうな一家の姿を見て、不幸なニュースをどんなふうに知らせたものか、ためらっている。私の注意をひきつけたのは、ただ見つめられるばかりで会話が聞こえてこないという「室内」と、一方ではそれを見つめて注釈するだけの室外の人物という、その異様な構成であった。 Read the rest of this entry »


2015年9月22日

【舞台は夢】コルネイユと『舞台は夢』(伊藤洋)

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 イギリスでシェイクスピアが劇作品を書いていた17世紀、フランスでは少し遅れてピエール・コルネイユ(1606年~84年)が多様な劇作品(喜劇、悲喜劇、悲劇、歴史劇、英雄喜劇、音楽悲劇など)を創作して人気を博していた。彼はのちに「フランス演劇の父」とも「大陸のシェイクスピア」とも呼称されている。後年活躍する喜劇のモリエール、悲劇のラシーヌとともに、「フランス17世紀三大劇作家」の最初の一人である。
 コルネイユの生まれたパリ北西の中都市ルーアンは当時文芸の一大中心地で、地方巡業の芝居も頻繁に行われていた。彼は自分の恋愛体験をもとに処女作喜劇『メリット』(29年)を書き劇団の主宰者に渡したところ、そのパリ公演が評判になって劇界にデビューした。その後に書いた初期喜劇『未亡人』『ロワイヤル広場』などとともに、この『メリット』には上流社会の青年男女だけが登場し恋を語り上品な会話を交わす。コルネイユは「滑稽な人物なしで笑わせる」ことを考え、それまでの喜劇にあった笑劇要素も下品さも下卑た滑稽さも描かない。だから大笑いする場面は少ないが、優雅で微笑ましい上品な喜劇になり貴族の子女たちも安心して観劇できた。劇場も演劇も浄化され、演劇の地位は確実に向上した。『舞台は夢』(35年)の最後に演劇が礼賛されるのはそのことである。 Read the rest of this entry »


2015年4月30日

【聖★腹話術学園】避雷針としての人形(いとうせいこう)

 5年ほど前、みうらじゅんという友人と仏像を見るぶらり旅で奈良の談山(たんざん)神社へ行った。拝観出来る宝物の中にひとつの小さな人形があり、室町時代作のその公家のごとき姿に私は打たれた。といっても作りはなんということもない。ひな人形を立たせたようなものである。だが直垂(ひたたれ)を着たそれは体の中心に両手を寄せて細い棒を持っていた。まるで避雷針のような棒であった。いや避雷針そのものと言うべきかもしれない。
 中臣鎌子(のちの藤原鎌足)と中大兄皇子(のちの天智天皇)が『大化の改新』について談合を行った場所・談山神社には10月に嘉吉祭という600年近く続いた祭事があり、人形は神饌に先立って配置されるという。かの地では『青農(せいのう)』と呼ばれているが、同じ読みで『細男』があり、京都祇園祭のいにしえの様子を絵巻で見れば、行列の先頭によく似た人形が立てられているのがわかる。細男はまた、御霊会(ごりょうえ)などで滑稽な舞いを行う者の名でもあるから、軽業師のようなものが人形化されたわけだろうか。 Read the rest of this entry »


【小町風伝】夫、太田省吾、そして、「小町風伝」のことなど(太田美津子)

 この度、SPAC−静岡県舞台芸術センターの「ふじのくに⇔せかい演劇祭2015」で、太田省吾作、李潤澤氏演出、演戯団コリペの『小町風伝』が上演されることを、大変嬉しく思っております。関係の皆様にお礼申し上げます。

 私は演劇について全くの素人ですが、劇団転形劇場と太田の演劇活動を、長年傍らから見てきた様々な事柄について、充分ではありませんがこの貴重な紙面をお借りし、私なりに書かせていただきたいと思います。

 太田は、1968年に程島武夫先生を主宰に、品川徹さん達と劇団転形劇場の設立に参加、70年には太田が主宰となり、東京赤坂の工房を拠点に活動を開始しました。以降、劇団転形劇場は、70年に上演した鶴屋南北の「桜姫東文章」を例外に、88年の劇団解散まで、すべて太田作、演出の作品を発表し続けてきました。  Read the rest of this entry »