劇評講座

2019年8月31日

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■選評■SPAC文芸部 大澤真幸

カテゴリー: 2019

 「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」の劇評コンクールに対しては、26本の劇評の応募がありました。内訳は次のようになります。『Scala』への劇評が4本、『コンゴ裁判』の劇評が2本、『ふたりの女』に対しては4本、『マダム・ボルジア』の劇評が6本、『メディアともう一人のわたし』の劇評は1本、『マイ・レフトライトフット』への劇評が5本、そして『歓喜の詩』に対しては4本。すべての作品に対する劇評が集まりました。昨年と比べて、はっきりとレベルがあがっており、読みごたえがある劇評がたくさんありました。
 最優秀賞には、小田透さんによる『Scala』の劇評が選ばれました。実は、小田さんの劇評は、優秀賞にも選ばれており、さらに、入選4本のうちの2本もまた、小田さんの劇評です。この結果が如実に示しているように、小田さんが書いた劇評は洗練されており、抜きん出ておりました。
 さて、その最優秀賞の劇評は、「ミニマル・ミュージックにたいする現代サーカス・パフォーマンスからの返答」の一言から始まります。いきなり、『Scala』の特徴の見事な要約になっていて、惹きつけられました。その後に続くパフォーマンスの記述も的確で、小田さんの筆力の高さがわかります。最終的に、「器官なき身体」というアルトー/ドゥルーズ=ガタリの概念を用いながら、パフォーマーたちのアクロバティックな身体は、「徹底した受動性」という「現代社会における根源的ホラーの表象」になっていた、という結論が導かれます。この結論に対しては、『Scala』が見ている者に与える快楽を十分に汲み尽くすものなのか、異論もありえますが、小田さんは、このように結論する根拠も示しており、一定の説得力があると言えるでしょう。
 小田さんの『コンゴ裁判』の劇評とともに、優秀賞に選ばれたのは、三島渚さんの『ふたりの女』の劇評でした。三島さんの着眼点は、「砂の境界線」。舞台上に本物の砂によって引かれた境界線に関係づけながら、ストーリーや印象的なシーンを読み解いており、まとまりのよい明快な劇評になっております。
 入選作の西史夏さんの『メディアともう一人のわたし』の劇評は、フェミニズムの観点から、古代ギリシアの悲劇を典拠とするこの作品の現代性をわかりやすく抽出できています。「涙のわけを考えている」というフレーズから始まる、浅川和仁さんの『歓喜の詩』への劇評は、「書かずにはいられなかった」という浅川さんの熱い思いが伝わる文章で、好感をもちました。浅川さんをこうした思考へ駆り立てたということが、『歓喜の詩』の公演が有意味だったことを示しており、演劇祭の主催者としてはうれしく思いました。
 ここで講評しなかったものの中にも、興味深い劇評がいくつもありました。今年の「ふじのくに⇄せかい演劇祭」劇評コンクールは、応募作品の量の点でも、質の点でも、今までになく充実していました。観劇の体験は、劇評を書きながら反省することで深く有意味なものになります。これからも劇評をお待ちしております。