劇評講座

2020年10月20日

秋→春のシーズン2019-2020 劇評コンクール 審査結果

カテゴリー: 2019

秋→春のシーズン2019-2020の劇評コンクールの結果を発表いたします。

SPAC文芸部(大澤真幸、大岡淳、横山義志)にて、応募者の名前を伏せて全応募作品を審査しました結果、以下の作品を受賞作と決定いたしました。

(応募数14作品、最優秀賞1作品、優秀賞2作品、入選2作品)

(お名前をクリックすると、応募いただいた劇評に飛びます。)

■最優秀賞■
小田透さん【「過去は忘れたい、未来は知らない」――問いを上演する】
(『ペール・ギュントたち ~わくらばの夢~』)
 

■優秀賞■
佐野あきらさん【円環と重力】
(『寿歌』)
 
西史夏さん
(『ペール・ギュントたち ~わくらばの夢~』)
 
■入選■
小田透さん【人間的不自然さの彼方にある奇跡的な自然に】
(『グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~』)
 
山本伸育さん
(『メナム河の日本人』)
 
■SPAC文芸部・大岡淳の選評■
選評
  
  
 
◆秋→春のシーズン2019-2020 上演作品一覧◆
『寿歌』
(演出:宮城聰 作:北村想)
『ペール・ギュントたち ~わくらばの夢~』
(上演台本・演出: ユディ・タジュディン 原作: ヘンリック・イプセン)
『RITA&RICO(リタとリコ)~「セチュアンの善人」より~』』
(構成・演出・台本:渡辺敬彦 原案:ベルトルト・ブレヒト)
『グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~』
(演出:宮城聰 作:オリヴィエ・ピィ 原作:グリム兄弟)
『メナム河の日本人』
(演出:今井朋彦 作:遠藤周作)

秋→春のシーズン2019-2020■最優秀■【ペールギュントたち~わくらばの夢~】小田透さん

カテゴリー: 2019

「過去は忘れたい、未来は知らない」――問いを上演する

幕開けからおそろしく情報密度が高い。情報量で圧倒してくるのではない。情報が多様に多層的なのだ。杖をついた老婆が舞台左手前の足踏みミシン台に腰かけ、悠然と縫物を始める。すると、軽く湾曲した弓なりの棒を頭の上に載せ、スーツケースを抱えるパフォーマーたちが、舞台の両側からゆっくり入ってきて、それがいつのまにか踊りに転化している。強いビートの音楽が鳴り出す。同じようなパターンの身振りだが、その速度にしても強度にしても、ひとりひとりが大いに異なっている。早送りとスローモーションがシンクロし、不思議な空気が出現する。そのあまりの濃密さに、見ているほうの脳の情報処理が追い付かない。つねに複数の時間が流れ、つねに複数の空間が共立している。メインとなる空間に立つ者たちとは別の時間軸に属する者が舞台のどこかに必ず佇んでいる。さまざまなものが交錯し、そこから、現代社会のなかの声なき存在の声が聞こえてくる。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■優秀■【寿歌】佐野あきらさん

カテゴリー: 2019

円環と重力

 観劇後の余韻が数日経っても残っている。舞台の濃密だった時間の続きに今もいるようだ。数年ぶりに演劇を観たせいだろうか?それもあるかもしれない。でも、それだけではない気がする。私は10月13日の体験を意味付けするためにもこの劇評を書こうと思った。
 
 『寿歌』は核戦争後のミサイル飛び交う関西地方での物語だ。リヤカーを引く旅芸人のゲサクとキョウコは旅の途中でヤスオを仲間に加え、珍道中をはじめる。奥野晃士のすっとぼけたゲサク、たきいみきがエネルギー全開で演じる溌溂としたキョウコ、春日井一平の真面目さが滑稽なヤスオ。舞台上で繰り広げられるトリオの「エエカゲン」な漫才は三者三様の魅力が溢れ、大いに笑えた。けれど、笑えば笑うほど、彼らと距離ができてしまう奇妙な困惑が観劇中の私にはあった。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■優秀■【ペールギュントたち~わくらばの夢】西史夏さん

カテゴリー: 2019

 ビブリオバトルというイベントが広まり出してどれくらい経つだろう。
 「知的書評合戦」とも言われ、制限時間5分でおススメ本を紹介し、「どれが一番読みたくなったか?」を基準とした観客投票の結果、チャンプ本を決めるというものである。
 たまたま地元で、中学生大会を観る機会があった。
 驚いたのが、10人中9人が日本の作家を取り上げた事である。勿論、どの国の作家を選ぶかは出場者の自由だ。しかし、『人間失格』や『こころ』、あるいは流行作家の作品と並んで、『赤毛のアン』や『三国志』の名があがってもいいのではないか。そんな事を考える内に、こんな田舎の中学生にもナショナリズムが浸透している気がして、暗澹たる思いがこみ上げて来た。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■入選■【グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~】小田透さん

カテゴリー: 2020

人間的不自然さの彼方にある奇跡的な自然に

 オリヴィエ・ピィの『グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~』の物語は民話的な形式にのっとっている。匿名のキャラクターたち――父親、悪魔、少女、王様、庭師――が、どこともつかぬところ――森、庭、水車小屋――を、移動していく。そして、父親を恨むこともなければ、王様を憎むこともない、すべてをありのままに受け入れて受け止めることのできる純真な自然児である少女が、悪意というよりは軽率さによって罪を犯した父と、彼自身のものではない罪の咎を負わされた王とを、救ってしまう。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■入選■【メナム河の日本人】山本伸育さん

カテゴリー: 2020

 アユタヤ遺跡の破壊された仏像群は、ビルマとの戦闘の歴史であることは知っていた。そのような時代、その場所に日本人が住み、活躍していたことに思いをはせると感慨深い。
 静寂のなか漆黒の闇のなかから舞台が始まる。照明とともにセミの鳴き声が聞こえはじめ、蒸し暑さを感じるアユタヤの世界に引きずり込まれていく。張りつめた緊張感を漂わせながら舞台は進んでいく。
 「メナム河の日本人」の壮大な物語は、王宮と日本人町とリゴール地方の3つの場所で展開していく。王宮での謀略・策略の緊張感と日本人町での祖国を懐かしむ思いとリゴールでの先を思う不安感と3つの場面設定の中で緊張と弛緩が繰り返されて、増幅させながら物語は展開する。その中で山田長政が見せる、強い生き方とやさしさと孤独感が折り重なって物語に厚みを与えていく。 続きを読む »

秋→春のシーズン2019-2020■選評■SPAC文芸部 大岡淳

カテゴリー: 2019

 今回寄せられた劇評は、『寿歌』4篇、『ペール・ギュントたち~わくらばの夢~』2篇、『RITA&RICO(リタとリコ)~「セチュアンの善人」より~』4篇、『グリム童話~少女と悪魔と風車小屋~』3篇、『メナム河の日本人』1篇でした。

 最優秀賞に選出した小田透さん、優秀賞に選出した西史夏さん、ともに『ペール・ギュントたち~わくらばの夢~』を批評して下さいました。『ペール・ギュントたち』は、グローバリゼーションが進む現代のアジアと、イプセンの原作が緩やかに重なる中で、難民化する人々のアイデンティティを問い直した、多面的・複合的・重層的な舞台であり、コスモスとカオスを往還するような、いわばカオスモスの趣向を示した芝居でしたから、これをあえて言葉にして批評しようという勇気をふるって下さったことは、それだけでじゅうぶん評価できると感じました。のみならず、西史夏さんは、この複雑な内容を簡潔かつ明快にまとめた上で、終盤におけるマリア的母性(オーセ/ソールヴェイ)による救済の場面から、「この演出が示唆するように、漂流民ソルヴェイこそがマリアなのだとすれば、私たちが信仰する自国の神々の足元は揺るぎ、歴史の浅いナショナリズムと共にあっけなく崩壊する」と展開しておられ、鋭い指摘であると感じました。また小田透さんは、この芝居の多面性を、舞台上の表象に即して丹念に叙述した上で、「ペール・ギュント」が「ペール・ギュントたち」と複数化されている意味を読み解き、さらに、その複数性によって投げかけられる問いを、自分自身に差し向けられたものと受けとめておられる点を高く評価しました。以上より、西史夏さんを優秀賞、小田透さんを最優秀賞といたしました。 続きを読む »