劇評講座

2019年8月31日

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019 劇評コンクール 審査結果

カテゴリー: 2019

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019の劇評コンクールの結果を、発表いたします。

SPAC文芸部(大澤真幸、大岡淳、横山義志)にて、応募者の名前を伏せ、全応募作品を審査しました結果、以下の作品を受賞作と決定いたしました。

(応募数26作品、最優秀賞1作品、優秀賞2作品、入選4作品)

(お名前をクリックすると投稿いただいた劇評をご覧いただけます。)

■最優秀賞■
小田透さん【サーカス in C】(『Scala – 夢幻階段』)

■優秀賞■
小田透さん【フィクションがもたらす正義の希望】(『コンゴ裁判~演劇だから語り得た真実~』)
三島渚さん(『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』)

■入選■
小田透さん【心理劇は野外化できるのか、または『マダム・ボルジア』に欠けているもの】(『マダム・ボルジア』)
西史夏さん【メディアともう一人のわたし~メディアのなかの多様性~】(『メディアともう一人のわたし』)
小田透さん【障碍についての映画についての劇についてのミュージカルについてのコメンタリー】(『マイ・レフト/ライトフット』)
浅川和仁さん(『歓喜の詩』)

■選評■
SPAC文芸部・大澤真幸による選評

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019 作品一覧
『マダム・ボルジア』(演出:宮城聰)
『ふたりの女 平成版 ふたりの面妖があなたに絡む』(演出:宮城聰 作:唐十郎)
『Scala –夢幻階段』(演出:ヨアン・ブルジョワ)
『マイ・レフト/ライトフット』(演出・作:ロバート・ソフトリー・ゲイル)
『歓喜の詩』(演出:ピッポ・デルボーノ)
『メディアともう一人のわたし』(演:イム・ヒョンテク 原作:エウリピデス)
『コンゴ裁判 ~演劇だから語り得た真実~』(脚本・監督:ミロ・ラウ)

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■最優秀■【Scala-夢幻階段】小田透さん

カテゴリー: 2019

サーカス in C

 ミニマル・ミュージックにたいする現代サーカス・パフォーマンスからの返答、そう言い切ってしまっていいのではないか。『Scala‐夢幻階段』は比較的単純な主題群で構成されている。左手のドアを開けて入ってくる。右手のドアを開けて出ていく。額を壁に掛ける。額が床に落ちる。床を掃く。ベッドに寝転ぶ。椅子に座る。椅子がグニャりと崩れる。グニャりと崩れた椅子が元に戻る。グニャりと崩れる椅子に合わせてパフォーマーの体もグニャりと崩れる。元に戻る椅子に合わせてグニャりとしたパフォーマーの体が元に戻る。トランポリンに倒れ落ちる。トランポリンに跳ね返される。階段を降りる。穴に消える。階段を降りる。穴に落ちる。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■優秀■【コンゴ裁判】小田透さん

カテゴリー: 2019

フィクションがもたらす正義の希望

 ミロ・ラウの『コンゴ裁判』はノンフィクション・フィクションとでもいうべきドキュメンタリー作品である。登場するのはすべて実在の人物であり、誰もが本当の言葉で語る。600万人以上の死者を出した20年以上にわたる紛争のなか、第三次世界大戦とも呼ばれるコンゴ戦争のなかで起こった虐殺、暴力、搾取について、さまざまな角度から、生々しい言葉がスクリーンに映じられる。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■優秀■【ふたりの女】三島渚さん

カテゴリー: 2019

 野外劇の開演前、高低差のある観客席から舞台を見下ろすと、砂の格子がまず目に飛び込んできた。砂の格子は、舞台の床面に規則正しく原稿用紙のマス目のように引かれていて、所々に欠けがあった。
 それが固定された舞台の装飾ではなく、本物の砂でたんに引かれた線であることが、はっきりしたのは舞台がはじまってからだ。精神病患者たちが、その砂の格子を必死に避けるようにして、飛び跳ねまわるのだ。
 砂というのはそもそも海と陸との境界線によくあるものだ。精神病患者たちの狂気が限界まで高まると、倒れながら、砂の境界線を壊してしまうものもある。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■入選■【マダム・ボルジア】小田透さん

カテゴリー: 2019

心理劇は野外化できるか、または『マダム・ボルジア』に欠けているもの

もしオイディプス神話が根源的な物語であるとしたら、それはフロイトが考えたのとは別の理由かもしれない。欲望の原型――息子は父を殺し、母を娶りたいと欲望する――を示しているからではなく、起源をめぐる原‐物語――わたしの母は誰なのか、わたしの父は誰なのか、わたしは何者なのか――だからではないだろうか。ヴィクトル・ユゴーの室内楽的な心理劇『リュクレース・ボルジア』を、宮城聰は、母と息子についての根源的な神話的物語『マダム・ボルジア』へと翻案的に演出する。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■入選■【メディアともう一人のわたし】西史夏さん

カテゴリー: 2019

メディアともう一人のわたし~メディアのなかの多様性~

 いま、韓国フェミニズムが熱い。
“Kフェミ”と日本で呼ばれるそれらの文学が注目を集めるきっかけとなったのが、昨年末邦訳された『82年生まれ、キム・ジヨン』である。今も書店に平積みされているこのハードカバーを私も最近になってようやく読んだ。胸が痛くなると同時に、これまで自分が感じて来たわだかまりのひとつひとつを飲みこめたような、どこかすがすがしい読了感があった。ここには、二〇一五年に三十三歳を迎える主人公キム・ジヨンの半生が描かれている。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■入選■【マイ・レフト/ライトフット】小田透さん

カテゴリー: 2019

「障碍についての映画についての劇についてのミュージカルについてのコメンタリー」

 障碍についての自伝、についての映画、についての劇、についてのミュージカル。ロバート・ソフトリー・ゲイルの『マイ・レフトライトフット』は入れ子状の構造をしている。起源には1954年に書かれたクリスティ・ブラウンの自伝『マイ・レフトフット』がある。第2の起源が1989年にダニエル・デイ=ルイス(DDL)主演の映画だ。スコットランド演劇祭での優勝を切望するアマチュア劇団がこの物語を舞台化しようと悪戦苦闘するさまを描くのが、2幕仕立てのミュージカル『マイ・レフトライトフット』である。インクルーシヴでダイヴァースな劇にしたら審査員にアピールできるのではないかという劇団員の軽い思いつきが、次から次へと思わぬ厄介事を引き起こし、ついには劇団の分裂に至ってしまう。脳性まひで片足が不自由な修理工のクリスをアドバイザーとして劇団に招いてはみたものの、障碍者ブラウンの生の真実をストイックに追求するのか、健常者DDLのプロフェッショルな障碍者らしい演技をエンターテイメント的に再現するのかで劇団内に諍いが勃発し、主演男優グラントが役を降りてしまう。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■入選■【歓喜の詩】浅川和仁さん

カテゴリー: 2019

 涙のわけを考えている。
 劇評など書いたことはない。が、書くことで何かを解決しようとしている自分がいる。たまたま帰宅後に広げたパンフレットの中に劇評コンクールのチラシを見つけた。これも何かの縁かもしれない。
 2019年5月6日、私は比較的新しい友人の誘いで、静岡芸術劇場で上演される「歓喜の詩」を観た。日本の元号が平成から令和へと変わり、狂騒の中で迎えた、人によっては10連休にもなるというゴールデンウイークの最終日。前日の仕事を終え、深夜静岡に向かった。友人から同行も勧められたが、仕事の都合もあり、また人と過ごすことが得意でないこともあって、劇場の席で待ち合わせた。ピッポ・デルボーノという詩人、劇作家についてはもちろん知らない。だからどんな演劇が上演されるのかもまったく予想していなかった。 続きを読む »

ふじのくに⇔せかい演劇祭2019■選評■SPAC文芸部 大澤真幸

カテゴリー: 2019

 「ふじのくに⇄せかい演劇祭2019」の劇評コンクールに対しては、26本の劇評の応募がありました。内訳は次のようになります。『Scala』への劇評が4本、『コンゴ裁判』の劇評が2本、『ふたりの女』に対しては4本、『マダム・ボルジア』の劇評が6本、『メディアともう一人のわたし』の劇評は1本、『マイ・レフトライトフット』への劇評が5本、そして『歓喜の詩』に対しては4本。すべての作品に対する劇評が集まりました。昨年と比べて、はっきりとレベルがあがっており、読みごたえがある劇評がたくさんありました。 続きを読む »