ふじのくに⇄せかい演劇祭2021劇評コンクールには計16作品の応募がありました。16作品の内訳は、『アンティゴネ』9、『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』5、『三文オペラ』2でした。コロナ禍のなか、多くの方に劇評を寄せていただき、とてもうれしく思いました。
今回、最優秀賞に選ばれたのは小木郁夫さんの【アンティゴネは、なぜ<過剰に>天を仰ぎ見たのか?】です。「約10分をかけ、[…]力無く地面にうずくまっていたアンティゴネが、[…]最終的には常人の為せる体屈角度の限界にまで仰けに反り返り、その姿勢を数分に渡り維持する」というたった一つの動作に注目し、その過剰さを従来の西洋文学史における戯曲解釈に反して「神の法それ自体への「挑戦」」とみなし、さらにキリストと重ね合わせるというかなりアクロバティックな展開なのですが、具体的な演出と丹念に突き合わせ、説得力をもたせています。静岡で二回、さらにアヴィニョンでもご覧になったという観劇体験から、「終劇後にふしぎな「原罪」を負ったような感覚」の根源を、時間をかけて突き止めてきたことがうかがわれます。
優秀賞としては、植村朔也さんの【『アンティゴネ』】、小田透さんの【戦略的ハッピーエンドの演出的アンハッピーエンド】と【ウィズコロナ様式の可能性と野外劇】が選ばれました。神の法と人間の法は実のところ「二元支配によって一層強固に安定」する全体主義的支配を永続させるものであり、「真に革命的なのはアンティゴネの厭世ではなく、愛に駆動されたイスメネとハイモンとの徹底的に見返りなき現世主義、現在主義である」と看破する植村朔也さんの『アンティゴネ』評も、舞台の描写から大胆な解釈が立ち上がる出色のものでした。全体の流れがもう少しすっきりすれば、最優秀賞作品よりもインパクトのある劇評になったかもしれません。
小田透さんによれば、『三文オペラ』は「虚構のものであることが、絶えず示唆される」にもかかわらず、「目の前で生起していることを、現実から切り離して安全な距離を取ることができなくなる」作品でした。コロナ禍のなかでこの作品がエンターテイメント性のなかにも「悲劇的な嘆きのトーン」を響かせていたことを具体的かつ構造的な分析から浮かび上がらせた劇評でした。【ウィズコロナ様式の可能性と野外劇】は『おちょこの傘持つメリー・ポピンズ』出演者の個々の演技を緻密に描写することで、「対話を繰り広げる俳優たちが、正面を向いたまま、向かい合うことなく言葉を投げかけ」るというコロナ禍のなかで培われた様式が、ここで「とても奇妙で異様な舞台的真実」を成立させていたことを思い出させてくれます。両者とも、この二作品の劇評としては最も説得力のあるものでした。
入選となった森川泰彦さんの【おちょこの傘持つ芸術史的記憶】、山上隼人さんの【『アンティゴネ』における「四次元的演劇空間」の創造】、菅谷仁志さんの【生者の葬式としてのアンティゴネ】はいずれも記憶に残る劇評でしたが、扱っている要素が多いために焦点が絞りにくかったり、扱ったテーマをより深く掘り下げることが可能なのではと思わせるところがあったりして、優秀賞には一歩及ばずと判断いたしました。
今回はこれまでにも増して、読み応えのある劇評が多かったように思います。困難な状況のなか、劇場に足を運び、観劇体験についてじっくりと思考をめぐらせてくださったみなさんに、改めて御礼申し上げます。またみなさんの劇評を拝読できるのを楽しみにしております!