劇評講座

2022年8月31日

秋→春のシーズン2021-2022■選評■SPAC文芸部 大岡 淳

カテゴリー: 2021

 今回の応募は、『みつばち共和国』2篇、『桜の園』5篇、『綾の鼓』1篇、『夢と錯乱』2篇、『夜叉ヶ池』3篇でした。
 まず全体の印象ですが、演劇作品を論じるにあたり、単に「あらすじ」を紹介するのみならず、舞台上に展開するイメージ、とりわけ、俳優の身体に言及する姿勢が、多くの投稿に共通しており、その点に好感を持ちました。舞台の感想を言語化するにあたって、皆さんが自分なりのボキャブラリーを蓄積し彫琢し駆使しておられるのは、素晴らしいことだと思いました。今後とも、「見たもの・聞いたもの・感じたものをどう言葉にするか」に、ぜひ心血を注いで下さい。そうすることで、皆さんの人生は間違いなく豊かになるだろうと思います。
 今回、応募数が最も多かったのは『桜の園』で、皆さんの関心の強さがうかがえます。これもチェーホフの戯曲が有名であり、ともすればその物語への言及に終始してしまいそうです。しかし、舞台上のイメージはライトでポップであり、明らかに(意図的に)100年以上前のロシアの没落貴族の世界とは、少なくとも表面的には食い違っています。その質感を、いかに巧みに言語化するかが、劇評を成功させるポイントであったかと思います。そこで、例えば「まるで真なる言葉を受けとめることを拒否するかのように、キャラクターたちはあらぬ方向に身体を背けたり、床に寝そべったりする」と的確に描写し、「裸足で膝を抱えながら椅子のうえで身を縮めるラネーフスカヤの姿は、本劇の瞬間的な要約かもしれない」、さらには「ジャンヌトーの演出のクライマックスは(略)2幕にだけ登場する『通りがかりの男』(大内米治)のシーンである」と、確かに我々観客が劇中ドキリとさせられた瞬間を、ひとつひとつ言葉の力で射抜いて解釈していく、小田透さんの「チェーホフ・アフター・ベケット」を最優秀といたしました。
 また、『夢と錯乱』という詩=劇に果敢に挑み、俳優(美加理)の身体、とりわけ彼女の履くブーツの鮮烈な印象を活写した関口真生さんの「『夢と錯乱』という儀式」、泉鏡花×宮城聰『夜叉ヶ池』の劇世界に対して、登場人物の心情、演出上の特性、観劇後の印象、芝居全体のテーマにバランスよく言及することで、統一感のある劇評を仕立てた小長谷建夫さんの「その女は村のものだ」を、ともに優秀といたしました。いずれも、さらにオリジナリティのある解釈なり思索なりが付加されれば、最優秀の域に達すると思います。
 『綾の鼓』を評した小田透さんの「生きる哀しみの歓び」は、ダンスと演劇の境界線上で、両者を自由に混交させるパフォーマンスの質感を、一歩踏み込んで描写した点を評価し、入選としました。また、『みつばち共和国』の劇評で、ご自身のバレエ体験を踏まえて演技・演出の特徴を鋭く指摘し、作品のテーマにまで踏み込んだ小池美宇さんの「みつばち共和国」、現実の養蜂の風景と舞台を対比した、岡崎大五さんの「たのしい時間、ゆかいな空想」を、ともに入選といたしました。
 応募作は、いずれも読み応えのあるものでした。ぜひまた挑戦して下さい!