劇評講座

2022年8月31日

秋→春のシーズン2021-2022■入選■【みつばち共和国】岡崎大五さん

カテゴリー: 2021

『たのしい時間、ゆかいな空想』

 観劇は、非日常である。
 日常の暮らしの中で、置いてきぼりになっていることを、気づかせてくれるチャンスだ。
 人間のおかしさ、非情さ、世間の不条理、恋、愛情、憎しみ、哀れ……それらを言葉だけでなく、演じる役者の肉体、声、衣装、照明、美術といった要素を縦横に織り交ぜて、見せてくれる。
 非日常の空間は、とても尊い。
 人生の彩でもある。
 だから劇のチラシを見かけたときに、心にクサビを打たれたような気持になれば、さっそくチケットを予約したくなる。
 ただし、自分の都合や観劇場所がどこであるかが大問題で、それは自身の体調との兼ね合いもあり、いくら心にクサビを打たれても、実際に観劇できるチャンスはそう多くはない。
 海外、ことに欧米を旅していればまた別の話で、必ず観劇やコンサートに赴く。総合チケット売り場に足を運んで、何を見に行こうかと、より心に響くものをチョイスする。
 ところが日本の地方に暮らしていると、そうした文化との接点があまりに少ない。観劇に行く以前の障壁が、かなり高いのだ。
 だから今回のSPAC下田公演は、下田で暮らす僕にとって、絶好の機会のはずだった。
 ところが僕と来た日には、公演があることはわかっていながら、日時を確かめることすらしなかった。
 今、思えば、心にクサビを打たれなかったのである。
 なぜ、心にクサビを打たれなかったのか。
 それは、たぶん、『みつばち共和国』の内容が、あまりに僕の日常だったからである。
 下田には、静岡県下で有数の養蜂家高橋鉄兵君がいる。
 数年前に、山の上に位置する荒廃したみかん畑を開墾し、ミツバチの巣箱を置いて、養蜂家としてスタートした人だ。
 時々、彼の山に遊びに行く。現地で、彼の仕事の進み具合やミツバチの話をするのだ。
 そして「将来は、ここをミツバチランドにしようぜ」と語り合ってきた。
 高橋養蜂では、雑木を伐り、土地を開墾し、鹿除けの柵を張り巡らし、ミツバチの蜜になるような、ブルーベリーを植え、ここ数年は、レモンの木を何十本も植栽し、下にクローバーの種を蒔いた。
 数頭の山羊を飼い、クローバーの葉を山羊のエサにして、山羊に草を食べさせることで草刈りしてもらいつつ、山羊の糞をレモンの木の肥料とする。レモンの花が咲く時期になれば、巣箱を運んで、ミツバチたちに、レモンの花を受粉させ、花の蜜を集めさせるのだ。
 「ミツバチの受粉がなければ、植物は種を受け継ぐことができずに死滅し、そうなれば人類も自滅してしまいます。ミツバチが自然界の橋渡し役として、決定的な役割を果たしている。だからミツバチが死んでしまうような農薬の使用を、ヨーロッパでは禁止してきたのです。ミツバチこそが循環型社会のシンボルであり、実行者でもあるんです」
 高橋君のこんな言葉は、僕の心に大きく響き、そのせいで、今回SPACの『みつばち共和国』が僕の非日常とはならず、日常に埋没してしまったのである。
 『みつばち共和国』の原作は、メーテルリンク著『蜜蜂の生活』である。百年以上前の作品だ。それをセリーヌ・シェフェールが劇化創作し、SPACが日本で公演することになった。
 下田公演は、『みつばち共和国』の最終公演だった。
 その公演前日、ふらりといった佇まいで、SPACの役者である仲村悠希さんが、僕の事務所にやってきた。彼女とは、下田でのSPAC公演について、以前メールで相談したことがあったのだ。その後、昨年の『ハムレット』で初のSPAC下田公演が実現している。
 血管は、遠く離れた毛細血管の先から活性化させなければ、血の巡りはよくはならない。文化も同様で、静岡に根を張るSPACの活動理念もそうである。
 日本の中での静岡の位置づけは、一地方に過ぎない。さらに下田は、毛細血管の先である。だからこそ、下田での公演は、文化という血管の流れをよくするためには、とても重要なのだ。
 そんなエラそうなことをほざいていながら、『みつばち共和国』の公演を、日常に埋没させたまま、失念するとは、我ながら情けなかった。
 そんな気持ちの僕に対して、仲村さんは、高橋養蜂の話をすると、興味津々である。
 「まさに、そんな話なのです! 下田に養蜂所があると聞いて、実はお土産に買ってあるんです」
 彼女はハンドバッグから、そろりと、いかにも大切そうにハチミツの瓶を取り出した。
 僕は、一瞬で彼女の所作に引き込まれた。
 蜜を大事に抱えるミツバチのように見えたのだ。
 頂戴したパンフレットを見ると、彼女の役柄は「オスバチ・働きバチ2」である。
 この時僕は、宮城ワールドが目の前に現れたと思った。
 SPACの芸術総監督宮城聰の舞台に魅入られたのは、何年か前に上演された『イナバとナバホの白兎』である。あの舞台では、何頭ものワニが出てきた。
 人間が、四つん這いになって、ワニの役をするのは、かなり難しい。肉体だけでなく、精神もワニにならないと、ホンモノのワニのようには、目に映らない。
 劇中で、僕は、ホンモノのワニがいると思った。数頭の出演だったような気がするが、数十頭もいたような気もする。頭の中がワニだらけになっていた。
 役作りとは、こういうことなのだ。
 肉体と精神を磨かなければ、こうはならない。
 宮城ワールドはホンモノだった。
 そしてこの日は、目の前に、ホンモノのミツバチになった仲村悠希さんがいた。
 その場で僕は、チケット予約を、こともあろうに役者さんにお願いしていた。

 翌日、僕は妻と一緒に観劇に赴いた。
 観劇など、いつ以来のことだろう。
 忘れてしまっていた大切な時間を、取り戻す。
 人生には、メリハリが必要である。
 会場の入口には、黒いジャケットを着た宮城聰さんがいた。
 数年前に静岡市の劇場でお見かけした時と変わらない。
 新聞のコラムは、熱心に読んで、いつも感服していた。
 「宮城先生!」
 思わず声をかけると、口角をあげて、宮城さんは穏やかな笑みをたたえた。
 座席に案内されて舞台を見ると、スクリーンには、高橋養蜂の山が映し出されていた。
 まさか。
 ……いや、そんなはずはない。
 それにしてもそっくりだ。
 後の解説で、映像はフランスのものと聞かされた。セリーヌ・シェフェールの制作である。一年をかけて、映像を撮っている。なんと息の長い制作なのだろう。
 ホンモノである。
 映像をバックに、なんとなくといった感じで、山の春の場面から舞台が始まる。
 最初に現れたのは、下田の養蜂家、高橋鉄兵君である。
 ……いや、そんなはずはない。
 瞬きして見直すと、役者の永井健二さんだった。
 帽子、服装、ゆったりしながら的確な体の動きは、ホンモノの養蜂家である高橋君そっくりなのである。衣装の色合いまで、高橋君が着ている服に似ている。
 劇と、僕の現実がシンクロしていく。
 そして女王バチの誕生である。
 女王バチ役はたきいみきさんだ。
 彼女の舞台は何年か前に観た。その時に、SPACの本拠地である日本平北麓の静岡県舞台芸術公園でインタビューもさせてもらった。
 女王バチらしい貫禄の演技ぶりが、懐かしさもあって、微笑ましくなる。
 静岡県舞台芸術公園は、山と茶畑に囲まれた素晴らしいロケーションにある。
 演劇は、とかく都市文化のように思われがちだが、ギリシャの古代劇場などは山にあることが普通だ。
 月光の晩、たいまつに照らされた舞台。背後に、月にうっすらと照らされた山々……演劇は、古代人にとって、神との会合を感じさせるものだった。
 静岡県舞台芸術公園にも、ギリシャ風の半円形野外劇場「有度」が配置されている。有度とは、このあたりの土地の名前だ。磯崎新の設計である。磯崎は、大地の力を信じているにちがいない。
 SPACが誕生したのは、石川嘉延元静岡県知事の時代だ。
 近隣の茶農家のみなさんに話を聞いたことがある。
 「あんたねえ、石川さんは、ほりゃエライもんだがね。一軒一軒、私らの家を回られて、この有度の地から、文化を作りたい。茶畑を提供してもらえんだろうか。劇団ができたら、茶摘みを一緒にみんなでやって手伝って。ここから演劇文化を発信させる。どうだろうかってね。ほりゃ、みんな、感激したがね。知事さんが、頭を下げて、私らみたいなもんと、一緒に演劇文化をこさえていくんだって、言わさるんだから」
 僕は、たきいさんの女王バチが、結婚飛行で日本平に飛んで行っているように見えた。

 会場には、半数くらい子供たちの姿があった。
 彼ら、彼女たちの目に、この舞台はどう映ったのだろう。
 きっとホンモノのミツバチの営みが、目の前で繰り広げられていたはずだ。
 たきいさんも仲村さんも、手を後ろに精一杯回して、ホンモノのミツバチのように、舞台上を飛んでいる。その間を、養蜂家の永井さんが見て回る。
 実際のミツバチの羽音を録音した音響もホンモノである。
 僕は、高橋養蜂に行った気分になっていた。
 そこで高橋君とミツバチの話をしている。
 いや、そうじゃない。
 高橋君からミツバチの話を滔々と聞かされるのである。
 これがまた心地いい。
 青空の下、陽光を浴び、遠くに紺碧の太平洋が見える山の上で、ミツバチの羽音がどこかで聞こえる。
 レモンの黄色い実がたわわになる木の下で、山羊が草をはみ、ポロポロと小さな玉の形の糞を出す。
 「ハチミツレモンが飲みたくなってくるね。ホットでもコールドでも」
 「下の販売所で、そのうちやりますよ」
 「ここまで、みかん畑にあるような、トロッコの線路を作りたいね。みんなに乗ってもらうんだ。ミツバチトロッコ。道が険しいからなあ」
 「いいですね。ミツバチランドのミツバチトロッコ構想。みんなでやれば、きっとできます」
 高橋君は、ミツバチ王子のようだった。
 そんな彼には、協力者が後を絶たない。
 僕は、舞台を見ながら、夢うつつになっていた。
 あまりに気持ちがよくて、ウトウトしてしまう。
 ━━バリバリ、ガリガリ、ドガーン!
 稲妻の音で目を覚ます。
 舞台上は、そろそろ季節の変わり目である。
 ミツバチたちは、冬になると数を減らし、生き残った者たちが、体を震わせ、押しくらまんじゅうでもするように、熱を発して温め合って、冬をやり過ごす。
 人間の家族も同じだ。
 この日は、家族連れが、お客さんの主流であった。
 舞台が終わって、外に出る。
 近所の女性が三人兄弟の末っ子を連れて来ていた。
 「お怪我のほうは大丈夫ですか」
 一年近く前に事故で大けがをした僕は、いまだリハビリ途上なのである。
 「まあ、なんとか……」
 少し話をし、僕は言った。
 「いい舞台でした。楽しかったですね」
 「ハイ。楽しかったです」
 僕たちは、微笑み合った。
 「楽しかったよね」
 ママに問われて、男の子ははにかんで小さくうなずくと、下を向いてもじもじしている。
 「じゃあ、また」
 僕たちは、それぞれの車に向かった。
 僕はそれから、また別の空想を楽しんだ。
 これで終演とは言わずに、『みつばち共和国』の公演を、日本平の野外劇場「有度」でやってもらえないものか。
 できれば、定期公演にして、茶摘みの時期に、近隣の茶農家の家族も招いて、家族で見てもらえるようなチャンスはないか。
 日本平の自然を一年間撮影して映像化し、またヨーロッパミツバチではなく、ニホンミツバチの羽音を録音してもらえないか。その場合、きっと高橋君は、協力を惜しまないだろう。
 あるいは、日本平で養蜂を始め、採れたハチミツをみんなで分け合いながら、『みつばち共和国』を観劇する。
 やがてこの『みつばち共和国』は、日本平に拠点を置く、SPACの代表作として、ロングランを続け、文化発信の象徴となる。
 と同時に、多くの子供たちの、思い出になり、子供が親になり、また子供を連れて観劇に行く。
 『みつばち共和国』は、そういった作品に成長するのではないか。
 そしてSPACは、演劇で、演劇を越えていく。
 きっとそれが、多くの人が夢見た演劇文化なのではないか。
 僕はしばらく、そんな愉快な空想に浸った。