劇評講座

2022年9月8日

SPAC ふじのくに⇄せかい演劇祭2022■優秀賞■【星座へ 】安間真理子さん

カテゴリー: 2022

 芝居やパフォーマンスを観るのが好きだ。しばしば生じる「脳のいつも使わない引き出しがコトリと開く」感覚がたまらなく気持ちが良い。
 『星座へ』公演初日は、星の見えない曇天であった。
 2022年5月夕方の静岡市。観客はマイクロバスで郊外の山中へ向かい、集合場所までしばし歩いた。道はコンクリートから徐々に土や小石、湧き水が混じりぬかるみを増し、歩き進むだけでプロローグが始まっている感じがして高揚する。既に日は落ち、周囲は少しずつ暗くなっていく。
 高木に囲まれた広場で一旦集まる。ウグイスが啼いている。木の上の方に大きな鳥の巣を見つけるが、突然の大人数に驚いたのか家主と思しき鳥の姿はない。コンセプト発案者ブレット・ベイリー氏の話が始まる。これから山中に入り、ガーディアン(パフォーマー)と遭うこと、9名いる彼らの誰と会うかは事前には知らされないことが説明された。最後に「journey to inside. Bon voyage!」……なるほど。ベイリー氏は演出ノートの中で「自然というのは私にとって寺院のような場所です(中略)普段よりも自身のより深いところにつながることができる場所なのです」と述べている。ガーディアンを介して私は自身の内部と対峙するのだろう。後で私は、真っ暗闇の森がそれを最大に助ける舞台装置であることを、自分の身をもって実感することになる。
 10名程度のグループにその場で分けられ、それぞれにガイドがつく。彼らはガーディアンと観客の出会いを橋渡しするわけだが、事前に説明しすぎては野暮になるし、舞台劇のようなフィクションがかったふるまいが過ぎると場に違和感が生じてしまう。遭難やケガなど夜の山のリスク管理をする運営側の役割もある一方、素でいては場にそぐわない。おそらく普段は舞台に上がっている方々だが、いつもと違う難しさがあるのではないかと思う。
 山に入る。ガイドに先導され、ランプで照らされた道を歩く。所々に設けられた小さな広場にガーディアンたちは既に待機している。詩を読む人、ひっそりと座るだけの人、何かにくるまりじっとしている人……。べイリー氏とこの森とガーディアン、そして私たち観客との化学反応が静かに始まろうとしている。
 森を歩きながら考えた。良い意味でこの公演は何かとわかりにくい。従来の舞台にある物がここには悉く無い。時計、館内放送、舞台の幕、演者と演者を仕切る壁、非常口のランプ……。どこからが開演なのですか?と尋ねるのはきっと無粋だ。夜の闇がすべてを包み、一切の視覚情報は排除される。わかりやすい現代社会に寄りかかって棲んでいる私たちに、そこから離れて自分でしっかり感じてごらん、とベイリー氏が囁いているように思えた。いつもより足裏で地面の形や硬さの変化を感じ取っている自分に気づく。ウグイスに代わる虫やカエルの声、葉や枝がこすれあう音、遠くで小枝を踏み折る音が耳に入る。感染対策のマスクをしていても腐葉土や枝葉の匂いがぷーんと鼻に心地よい。肌は暮れゆく夜のひんやりとした空気を感じる。
 ガーディアンたちは、それぞれの方法でこの設定にアプローチしていた。人形遣いは、静かな足取りでランプを灯し始める。操る人形がモノでなくなる瞬間。その幽玄さと自然の美が薪能を想起する。その数十メートル先では、別のガーディアンが何かと戦うように体を歪ませ叫び声を上げている。同時に観られる面白さも森ならでは。一方、戦争を題材にしたソロミュージカル。闇が観る側の想像力を最大限にかき立てる。最近の世界情勢もあり、一見明るい歌や音楽に帯びる悲しみや寂しさを、ひりひりと肌で感じる。最後に案内された先では、詩人が静かに朗読していた。夜の森と方丈記がこんなに合うとは。ポエトリーリーディングが始まると、途端に思考のカメラワークが遥か何億光年の彼方に拡がる。まだ王ではなく熊を恐れ、自然を崇拝し、熾火を囲んで神話を語り継いだ遠き先祖たちに思いを馳せる。さまざまな偶発的な出来事の積み重ねでここにいる私も、きっと「星座」の一部なのだ。
 それぞれに磨き抜かれたパフォーマンス。その美しさが私の脳の中にある「いつも使わない引き出し」を、そっと開けてくれる。インターネットで簡単に情報が得られ、好むものだけを周りに置き、安心できる範囲の中で暮らす日常では、ひっそり閉じたままの引き出し。そこにはきっと銀河系で命をつなぐ地球の一生物として大切な何かが納められている。それを忘れたくなくて、私は劇場に向かうのだろう。
 パフォーマンスが終わり、広場にふたたび皆で集まる。観客たちが照らす懐中電灯の光の連なりもまた「星座」に見える。自分との対話、journey to insideが静かに終わりゆく。すがすがしい気持ち。最後にガイドが囁いた。「良い夜を」