劇評講座

2024年9月4日

ふじのくに⇄せかい演劇祭2023■選評■SPAC文芸部 横山義志

カテゴリー: 2023

ふじのくに⇄せかい演劇祭2023劇評コンクールには計18作品の応募がありました。内訳は『天守物語』7、『ハムレット(どうしても!)』4、『アインシュタインの夢』3、『XXLレオタードとアナスイの手鏡』3、『パンソリ群唱~済州島 神の歌』1でした。だいたいご覧になった方の数に比例していて、どの作品もきちんと評価していただけたのをうれしく思いました。

ちなみに私は、劇評を以下のような基準で評価しています。
1)(粗筋ではなく)上演がきちんと記述されているか
2)明確な視点が提示されているか
3)その劇評を読まなければ気づかなかったような発見があるか
最優秀賞や優秀賞に選ばれた作品は、自分が見たはずの舞台でも、新たな視点から、驚きをもって思い出させてくれるものでした。

今回、最優秀賞に選ばれた山田淳也さんが劇評の対象とした「アインシュタインの夢」は、今回の演劇祭のなかでも、捉えどころを見つけるのが一番難しい作品だったのではと思います(中国の作品は意図をあまりはっきり表明しない傾向があります)。この劇評は、舞台から「不可能に思える共時性をもたらすもの、私たちが同じ時と空間を共有できる根拠は、「愛」(精神の交流)にある」というメッセージを説得的に抽出したうえで、「演技や上演の根拠となる発見を、演劇=Theatreではない演劇を蓄積してきたアジアの演劇の中から発掘し、それを改めて蓄積していくことで新たな演劇圏をつくる」というより高次の目的から、「ふじのくに⇄せかい演劇祭」全体のなかでこの舞台を位置づけてくれました。

優秀賞に選ばれた河口雀零さんの【虚構世界ではなく可能世界としての幻想世界】は『天守物語』を取り上げています。『天守物語』は作品として「わかりにくい」ところはあまりないものの、新鮮な視点を見出すのはそれほど容易ではありません。この劇評では、一見全く異なる『人形の家』と比較して、「ある秩序内で暮らしていた者が、その秩序のほころびや理不尽さに気づくことで外部に開かれる」という共通項を見出しています。そして、「デウス・エクス・マキナ(機械仕掛けの神)」として現れて主人公達を救う桃六が「現在の思考枠組みでは到底たどり着けない〈革命〉」を可能にする存在として描かれ、それが鯉のぼりを模した衣裳と竜の「獅子頭」という舞台のヴィジュアルとも結びつけて論じられています。

もう一つの優秀賞後藤展維さんの「戯曲『ハムレット』とは何か」は、『ハムレット(どうしても!)』の一場面で、紹介された哲学者たちの解釈が『ハムレット』の最古の版を参照することで全て灰燼に帰するというところに焦点を当てたうえで、「私たち観客が舞台を見る側ではなく、舞台から見られる側に」なっていくという上演の構造から、私たちの「実社会こそがフィクションであり、[…]優先して批評されなければならない客体」であるという気づきにたどりつきます。

いずれも、具体的な上演を出発点として、非常にスリリングな解釈を提示していて、舞台作品を新たな角度から見つめなおすきっかけをいただきました。演劇祭や劇場のシーズンプログラム全体を視野に入れて論じてくださるような方がいらしたのも、とてもありがたかったです。

まだまだ先の見えない状況のなか、劇場に足を運び、時間をかけて観劇体験に思いをめぐらせ、共有してくださったみなさんに、改めて御礼申し上げます。またみなさんの劇評を拝読できるのを楽しみにしております!