2023年「秋から春のシーズン」、SPACでは『伊豆の踊子』『お艶の恋』『ばらの騎士』の公演を行いました。これら3作品に対して、全部で15本の劇評を送っていただきました。熱心に鑑賞した上で、劇評を書き、応募してくださったすべての皆さんに、まずはお礼を申し上げます。
応募いただいた劇評をずっと読んできましたが、平均的なレベルが上がってきているのを感じます。かつては素朴な感想を記しただけのものが何本もありましたが、今では、ほとんどの応募作が、批評的な意識をもって作品を分析し、解釈できています。
ここでは、最優秀作と優秀作に関して、評価のポイントをかんたんに書いておきます。
まず小田透さんによる『伊豆の踊子』の劇評。これが最優秀作品です。多田淳之介さんの演出のいくつもの工夫を非常に繊細に分析し、その意味を的確に、そして豊かに解釈している点がすばらしい。冒頭の「『The Dancing Girl of Izu』と呼ばれるべき舞台」という要約が、作品の雰囲気をよく言い当てています。伊豆の林道の映像を背景にした俳優たちの旅姿が、YouTuberの自撮り映像を連想させるなどという指摘はなるほどと思わせますし、弁士風の解説者と俳優の身体の反応が、宮城聰の「二人一役」と少し似ているといった指摘などもおもしろい。大音量のダンスミュージックには、ブレヒト的な異化作用をもっているという解釈なども、検討に値するものだと思いました。
二つある優秀作のうちのひとつは、寺尾眞紀さんの、やはり『伊豆の踊子』を論じた作品。寺尾さんの劇評は、芝居に描かれていることから、背後にある社会的現実を読み取っているところに特徴があります。この芝居は、主人公である学生と踊子の間のごく淡い恋の話ですが、この恋は、エリートの帝大生と下層の踊子たちとの間の階級格差が背景にしていて、そのことが、たとえば「上」の旅館と「下」の木賃宿等々のかたちで芝居の至る所に現れている。寺尾さんはこのことを正確に見抜き、踊子のありそうな将来――踊子自身はまだ自覚していない将来――を密かに想いながら哀しみを感じている。冷静な分析に基づく感情移入に私は好感をもちました。
もうひとつの優秀作は、吉野良祐さんによる『ばらの騎士』の劇評。これは、オクタヴィオンの「言葉ってすごいね」という台詞を端緒におきながら、言葉、とりわけ愛の言葉について考えた、非常に知的な批評になっています。元帥夫人との一夜を思いながら、言葉の力を讃嘆していたオクタヴィオンが、最後にゾフィーと結ばれたときには、一言も発しない。この最後の場面では愛の言葉はどこにもないのか、というとそうではない。オクタヴィオンが発すべき愛の言葉は、周囲の多数の他者たちの身体に分散され、空間化されたかたちで現れているのだという、吉野さんの鮮やかな解釈に感心いたしました。
January 18, 2025